魔王様は庶民の味を楽しむようです(1)
「というわけで、食事を馳走してもらえることになったぞ」
メイドのリーゼが遅れて合流したとき、
魔王ジークはなぜか、人間の少女を抱き抱えて、
なぜか、得意げな顔をして立ち尽くしていた。
「しかし、勇者の様な強さを持った奴は少ないと思っていたが
あの程度の魔物を追い払えない人間も居るのだな
これが噂に聞く、か弱い人間というやつかリーゼよ?」
「………はい。色々と聞きたいことがありますが
まずは、その抱えている少女を地面に降ろしましょうか
話はそれからにしましょう」
「なにっ! この人間を離せと言うか!!
か弱い人間は一人でじっとしていると死んでしまうと言うではないか
一つ一つは弱くもそれは国を成すための大切な礎だ!
リーゼ、思慮深いお前の言葉とは思えんぞ!」
そう言うと、魔王ジークは少女を抱える力を
ぎゅっと少し強める。
少女の頬がまた少し赤く染まった。
リーゼは偏頭痛がしてきた頭を抱えて、
頭の悪い子供に一つ一つ丁寧に教えるように言葉を紡いだ
「良いですか、ジーク様。
か弱い人間は一人で居たら死ぬ、というのは間違いです。
そして、そうやって人間の女性を抱えるのは、
人間界に置いてはタブーとされています」
リーゼはいいから、早く降ろせと手で素振りをする。
魔王は驚きの表情を浮かべるとすぐに少女を手放した
「これは、人間の少女よ、すまないことをした
まだ、人間界のルールには疎くてな。許してくれ」
「いえ、私は大丈夫ですから………」
解放された少女は夢を見るように、ぼー、としていたが。
突然、我に返ると慌てて言葉を紡いだ
「で、では、村にご案内しますね!
そちらの女性の方はお付きの方ですね?
村にお越しになってください、お二人とも歓迎します!!」
笑顔で道案内をする少女に、
これまた、笑顔でその後を付いていく魔王を見ながら、
リーゼはキリキリ痛み出した頭を抱えながら、付いて行った。
――◇◇◇◇◇――
魔王とメイドと村の少女は無事村に着いた。
村の家は木材で出来ており、質素ではあったが、
路頭に迷っている人間は見当たらず、環境の良さが伺えた。
魔王が興味深そうに、村の様子を見ていると、
村に住んでいると思われる中年の男性が駆けてきた。
男は魔王達の前まで駆けてくると、
慌てた様子で荒い息をしながら言った。
「お、おぉ、ローザちゃん無事だったか!!
山菜積みに行って、まだ帰ってきてないから、
村のみんなで探しに行こうとしてたところだよ」
道案内をしてくれた少女の名前はローザと言うらしい、
ローザは、汗を拭う男に説明する。
「山菜を取っている最中、血染め熊に襲われて………」
ローザの言葉にぎょっ、と驚く男。
辺境の村では血染め熊は恐るべき脅威なのだ。
青い顔した男の様子に慌ててローザが言葉を続ける。
「でも、大丈夫です!
襲われているところをこの方達に助けて頂きました!
魔法で血染め熊を退治して下さったんです!!」
青い顔をした男はさらに驚愕の表情を浮かべると
恐ろしいものを見るように、魔王ジークの顔を見た。
「あ、あの血染め熊を魔法で………?
あ、あんたは高名な冒険者さんかい?」
「いや、通りすがりのただの魔王だ」
「………はっ???」
「だから、通りすがりのただのッ……うぐっ!」
リーゼは思いっきり魔王の脇腹に、
常人では見えない速度で肘打ちを打つと。
そのまま、何事もなかったようにペコリとお辞儀をした。
「私達は、魔王と勇者の戦いで落ちぶれた家の者でございます
よろしければ、温かい寝床と食料を恵んでくだされば助かるのですが
よろしいでしょうか?」
「あ、あぁ、それは良いが………」
突然、悶絶しはじめた魔王の様子をチラリと心配そうに見ながら、
男性はローザに向けて言った。
「ローザ、お前の家に泊めてやってくれるかね?
私は食事の準備をしよう」
「はい、分かりましたっ!
では、お二人方、付いてきてください!」
脇腹をさすりながら歩く魔王とリーゼはそのまま部屋に案内された。
少女の案内で一泊を借りることになった部屋で、
ローザが立ち去るや否や、
リーゼが魔王に向けて言葉の指導をしたのは無理からぬことである。
"人間らしく"振る舞う道は、まだ、果てしなく遠かった。