魔王様は村の娘に出会ったようです(2)
――村の少女は必死に走っていた。
必死に走らないといけない理由は簡単で明白だ。
少女の後ろから猛獣が追いかけてきているからである。
「な、なんで血染め熊が………こんなところにっ!」
後ろから迫る脅威に、
少女は必死に細い腕を振って走る。
血染め熊、別名ブラッディベアーと言う魔物は、
普通なら、こんな辺境の村には出ない危険な魔物だ。
熟練の冒険者が複数で掛からないと倒せないと言われている。
そんなものに追われているのだ、少女はなりふり構わず全力で走る。
凶悪な魔物に追われ、息を切らせながら、走る少女。
しかし、前方からも異質なモノが近づいていた。
「おーい!! 人間よ!!!
何をそんなに急いでいるのだっ!!!」
満面の笑顔を浮かべて、こちらへ向かって走ってくる長身の男。
高速で手を左右に振りながら、全力疾走で駆け抜けてくる男の姿に
少女は小さく、ひっ! と悲鳴を上げた。
しかし、すぐに後方と前方のどちらの方が危険なのかを判断した少女は、
前方から迫りくる不審な男に声を掛ける。
「とととと、止まってくださーい!!!
私の後ろに血染め熊が迫ってきてます!!!
危ないです!!! 止まってくださいっ!!!」
高速で近づいてくる男は、その言葉を聞くと
納得したような顔をして立ち止まった。
「ふむ………なるほど
すべての人間が強いとは思わなかったが
どうやら、弱い人間は本当に弱いのだな」
ぶつぶつと男は一人で自問自答する。
「まぁ、これも運命の女神の導きであろう
なぁに、いずれは我のものとなる人間だ。
……………民は大切に扱わんとな」
一人ニヤニヤと男は笑う。
自分が大声で危険だと告げても
まったく逃げようとしない男の様子に、少女は苛立ったように再び声を掛けた。
「早く、逃げてください!!!
すぐに血染め熊が迫ってきますよ!!!
そこに居ると危ないですよっ!!!」
その声を聴いて、男はきょとんと首をかしげる
「何を言っている、人間。危ないのはお前だろうが」
「………………えっ?」
少女が疑問を覚えるのと同時だった。
木々が生える脇の小道からバキバキと枝を押しのけへし折り、
少女を食べようと血染め熊が、真横から飛び出してきたのだ。
「………………………あっ」
あぁ、私は死んだ、と少女は思った。
血染め熊の身体は成人男性よりも二回りも大きい。
なによりも恐ろしいのはその瞬発力だ。
その巨体は全身がバネの様にしなり、爆発的な跳躍を見せる。
対峙した瞬間、喉を描き切られた冒険者は星の数居る。
やりたいことはまだまだたくさんあったのにな………。
数秒にも満たない時間の中、少女の頭の中には様々な思いが巡り
そして………確かにしっかりと声が聞こえた。
「大丈夫だ。我が来たのだ。安心しておれ」
少女の顔を横目で覗き、言葉を紡ぐ男の声が聞こえたのだ。
男が右手を宙に持っていくと、人差し指の先から炎が舞った。
「今は、3つしか使えないが
この程度の魔物なら"3つで十分か"」
続いて、男の中指と薬指の先から黄金色の炎が舞う。
男が、火の灯った指を軽く振ると、
それぞれの炎は瞬時に宙に複雑な模様の線を描いていく
そして瞬く間に交わった炎の線は魔方陣を作り上げた。
そして、男の口から呪文が解き放たれた。
「三重詠唱:火炎×火炎×火炎」
「焼き尽くせ、『メギドの炎』」
男がパチンッと指を鳴らし
光り輝く魔方陣から、青い炎が湧き出ると、
天をも焦がさんとばかりに、燃え盛る灼熱の渦は、
血染め熊の体を包み込んだ。
灼熱の渦は瞬時に肉を焦がしていき。
血染め熊が雄たけびをあげる間もなかった。
一瞬で黒焦げの炭となった物体がごろりと地面に横たわる。
――気が付けば、追ってきた魔物は居なくなり
少女は男の胸に抱き抱えられていた。
「………………あっ、あ、あの………」
「………ふむ、怪我はないか人間よ
無理はするな、人間はか弱く、一人で居ると死ぬ生物だと聞いている
遠慮はせずに、我にしがみ付いていると良い」
少女と男の顔は近い、
よくよく見れば、男の顔は細部まで整っており
肌はきめ細かく、彫刻のように磨き抜かれていた。
気が付けば、少女の口は勝手に喋っていた
「………あの、ぜひ、私の村でご馳走させてください」