魔王様は村の娘に出会ったようです(1)
荒れた山道を男と女性の二人組が歩いていた。
男の方は漆黒のマントに身を包み、肩までかかるほどの黒髪は、
相当な癖っ毛の様でツンツンと至る所に跳ね返り、
眼光の鋭さと相まって野性味溢れた獣のように感じられる。
しかし、男の顔は子供のように輝いており、見た目と比例して幼い空気を身にまとっていた。
もう一人の女の方は、これまた漆黒のドレスに、
フリルがこれでもかと付いた黒色のスカートを着ていた。
さながら、その姿は、どこかのパーティー会場にでも行くような服装であったが、本人はその服装を着慣れているのか、まったく気にした素振りはない。
二人組の男性と女性は何を隠そう
魔王ジークとメイドのリーゼである。
あれやこれや、色々なことが重なり
魔王とメイドは旅をすることになったのだ。
旅の目的は人間たちの暮らしを見て回ることである。
そして、ゆくゆくは散り散りになった、魔界の民を探し回り国をまた作ることだ。
二人が廃墟の屋敷を飛び出して数日、
人間が住む場所を探している間、
職業メイドのリーゼベルことリーゼは魔王に、
人間の世界でのマナーを教えていた。
「いいですか?
まずは、殺さない、恨まない、怒らないですよ?」
「分かっておる、分かっておる」
「それから、道中、魔王という単語を話してはいけません
人間を下手に刺激しないためです、分かりますね?」
「分かっておる、分かっておる」
「あと、それから………………」
「分かっておる、分かって………おぉ!
リーゼ! あれはなんだ!」
魔王ジークが目の前の景色を指さす
そこには夜の帳が落ちてなお、光り輝く村の集落があった。
「ふむ、あれが人間たちが暮らす集落のようですね
ずいぶん小さいですが………」
「ほほぅ、魔界の建造物とは違うのだな
石造りではないし、屋根が灰色でもない、おもしろいものだ」
魔王は嬉々として目を輝かせる。
その様子を見てリーゼはこの道中、
何度目か分からない、ため息を付いた。
魔王ジークとリーゼは魔族である。
人間は、羽付き、角付き、尻尾付き、で魔族と見分けろ! と言うが
例にもれず、魔王の頭にはくるりと巻かれた立派な角が、
リーゼには黒い翼と尻尾が付いていた。
しかし、今の魔王には角がなく、リーゼも同様に羽も尻尾も見当たらない。これは無くなったりポロリと取れたわけではなく、偽装の魔術で誤魔化し、人の目からは見えなくしており、早々簡単には見破られないよう工夫がされていた。
傍から見れば、二人の姿はまごうことなき人間の姿である。
(普通に大人しくしていたら
見破られることは滅多にないのですけどね………)
と、一人リーゼは思うのだが
魔王の姿を見ていると"大人しく"はしてくれなさそうである。
先のことを思うと、また一つ、勝手にため息が出てくるリーゼであった。
「いいですか、ジーク様。
くれぐれも怪しまれるような行動はやめて………」
「おぉ! リーゼ!
人間がこちらに走って向かってきているぞ!!
我らも向かうとしよう!!!」
リーゼが止めようとするよりも、魔王が駆け出す方が早かった。
漆黒のマントが風にはためき、魔王の姿は小さくなっていく。
やり場のなくなった手を掲げながら、
リーゼは既にキリキリ痛み出した胃を押さえると、
すでに家に帰りたくなってきた気分を抑えながら、
また一つ勝手に出てきた、ため息を吐くと、魔王の後を追った。