第2幕 『居た人の話』
この物語は声劇台本の形をしております。
通常の小説とは異なりますのでご注意ください。
【登場人物】
輿水律子♀
演劇部4年 演劇部のムードメーカー&トラブルメーカー
井口祐司♂
演劇部3年(4回生) 部のまとめ役だが可愛い女の子に目が無い
藤岡菜月♀
演劇部3年 周囲に振り回される心配性で苦労性な部長
藍田なぎさ♀
演劇部3年 無愛想でクールなツッコミ役
黒田拓海♂
演劇部新入部員 お淑やかなゴスロリ少女に女装するが中身は意地っ張り
渡辺麻友子♀
演劇部新入部員 何かと大騒ぎする天然美少女
篠宮杏子♀
サークル自治会副会長 自治会長の大内を補佐する切れ者
須崎航 ♂
荒大理学部4年 人当たりの良い好青年 輿水律子の恋人
ナレーション・ト書き
第2幕 『居た人の話』
ナレ「東京の北のはずれ、赤羽。この町に荒川大学はある。
5月の連休も過ぎると大学は新学期気分も終わり、本格的に講義やサークル活動が始まる。
この時期は1年のうちで、最もキャンパスに人が溢れ活気がある時期だ。
演劇部も新入部員2名が加わり、新たなスタートを切った。
発声練習、長距離走、筋トレと続く初心者メニューに追われ、
部活が終わる頃にはクタクタになっている1年生。
そしてそれを尻目に、黙々と稽古をこなしていく上級生。
だが、そんな彼らもまた、それぞれに悩みを抱えているのであった」
第1場【大学体育館】
【演劇部のメンバーが二人ずつペアになり、基礎トレをしている】
菜月「じゃあ、腹筋50回2セット。いくよー!」
一同「はいっ!」
麻友「は、はひっ」
菜月「1!2!3!4!5!…」
なぎ「…21、22、23… はい、あと27回」
麻友「ふっ…くっ…はっ…」
なぎ「24…25」
麻友「もう…無理…です…はぁはぁ」
なぎ「…そう。じゃあ、ウチがやるから。脚、抑えてくれる?」
麻友「は、はいっ…」
菜月「じゃあ、休憩いれまーす!10分後に再開ね」
井口「うぅ、きっちぃー!ダメっ!もうダメだ、俺…」
律子「やっぱ、体力落ちてるなぁ 基礎トレやるとはっきり分かるわ…」
なぎ「まぁ、律子さんは就活やってるし。仕方ないんじゃないですか?」
律子「就活は…まぁ、そうなんだけどさ。 でもやっぱ悔しいじゃん?」
菜月「いや、就活を理由にする前に、律姉はタバコやめなさい!」
律子「あっ!サーセン!」
なぎ「ホント、やめた方が良いですよ」
律子「なぎさだって、ちょっと前まで吸ってたじゃんかー!裏切り者め!」
なぎ「ふふん、やめたもん勝ちです」
律子「くっそー!Tシャツからブラ透けてるくせに…」
なぎ「え?マジですか?」
律子「ほほぉ、今日は黒か…エロいねぇ」
なぎ「えっ!ちょっ!透けてる?」
律子「うっそーん!引っ掛かったぁ」
なぎ「うっわぁ…律子さん、やりましたね?」
【律子・なぎさ、顔を見合わせて笑う】
菜月「なぎさ、渡辺さんは?」
なぎ「さぁ?」
菜月「さぁ…って」
拓海「渡辺、向こうでひっくり返ってますよ」
律子「麻友子ちゃんは、もうちょい体力つけないと厳しいなぁ」
なぎ「もうちょいじゃなくて、だいぶですよ。
今のペースじゃ、来年になっても舞台上げれませんね」
菜月「なぎさぁ…」
井口「今日は腹筋何回行った?」
なぎ「25回です」
律子「おぉ!入部した時の10倍じゃん!!」
なぎ「ノルマの4分の1ですけどね。それに声出しも全然出来てないし。
入部してひと月が経つのに、何も上達してませんよ」
律子「相変わらず、なぎさは厳しいね。嫌われちゃうよ」
なぎ「私は事実を言ってるだけです」
律子「けどさぁ、そこを面倒見るのも、先輩の仕事じゃないの?」
なぎ「本人の問題ですよ、やる気は」
菜月「そうだけどぉ…」
なぎ「みんな、知ってるじゃないですか?
やる気の無い人に周りが合わせたら、どうなるかって…」
一同「……」
井口「さぁ、再開しよう!戻って!」
第2場【演劇部倉庫】
【井口・拓海・麻友子が倉庫前の廊下に立っている】
拓海「何で倉庫の掃除なんかしなきゃなんないんすか?」
井口「これから公演に向けて、色々と準備が始まるだろ?
そしたら荷物を出し入れするし小道具も探したりするし、何かと倉庫を使うわけ。
普段は適当に投げ込んでるから、その前に掃除するのがウチの伝統なんだよ」
拓海「だからって何でボクら3人だけなんすか?」
麻友「あの、藤岡先輩と輿水先輩と藍田先輩は?」
井口「菜月は客演を頼む大学と稽古日程の打ち合わせ。輿水は就活で企業説明会。
なぎさは後から来るよ」
麻友「あっ、そうなんですか」
拓海「藍田さん来ても4人かぁ」
井口「文句は言わない!それに基礎トレやってるより、よっぽど掃除の方が良いよなぁ?」
麻友「はい、あっ…いや、その」
井口「まぁ、基礎トレは毎日頑張ってれば、誰でも出来るようになるからさ。
ただアレがこなせないと役を振れないから、なるべく早くにクリアしような」
麻友「うぅ…頑張ります…」
【井口、倉庫の扉を開ける】
井口「さ、始めるよ」
麻友「うわぁ…」
拓海「汚ねぇ!」
井口「だから、俺らが片付けるんだろ?」
拓海「あ、そっすね」
麻友「そうでした」
井口「まずは床に転がってるもん廊下に出しちゃって!その後に棚の整理やるから」
拓海「はーい」
麻友「わかりました」
拓海「ちょっ!重っ!これ何すか?この箱、何が入ってんすか?」
麻友「うひゃああああ!!虫!虫!虫!でたあああ!!!」
井口「はいはいはい。黒田は、いちいち中身気にしない。
麻友子ちゃんは、虫くらいでビビってないの」
拓海「えー!だって底が抜けかけてんすよー!」
麻友「井口先輩!虫ですよ!虫!!」
井口「ともかくダンボールは右の棚!書類や台本は左のラック!はい、やるっ!!」
麻友「すごい!これ、全部台本ですか?」
井口「奥のほうは、もう何十年も前のだけどね」
麻友「何冊ぐらいあるんだろ?」
井口「んー…1年に3公演やったとして…150とか、そのくらい?」
麻友「へぇー!あ、これ最近貼ったっぽい付箋ついてる。あ、ここも。こっちも!
えっ?これ、全部誰かが…」
井口「おい、麻友子ちゃん!いちいち見とれてたら終わらんぞ」
麻友「す、すいません!」
【片付けを再開した麻友子だが、すぐに1冊の冊子に気付き手を止める】
麻友「あの、井口先輩」
井口「ん?どーした?」
麻友「この照明・音響マニュアルって、どこに仕舞いますか?」
井口「照明・音響マニュアル?何だそれ?そんなのあったっけ」
なぎ「それはね、由佳が作ったんですよ」
【なぎさが倉庫の入り口に立っている】
井口「由佳が…?」
拓海「あ、藍田さん!!」
なぎ「そっちの台本に付箋貼ったのも由佳の仕事。
気になる台詞回しとか、参考になりそうな表現なんかにチェック入れてたの。
表のダンボールの中身も、由佳が書いてた台本」
井口「へぇ…台本は知ってたけどマニュアルって。あいつそんなことやってたんだ」
なぎ「1年生のために、何かマニュアルがあったほうが良いだろうって。
自分が未経験で入部したから、そこら辺は特に気にしてましたよ」
井口「確かにマニュアルあった方が、覚えやすいし教えやすいもんなぁ。
俺も最初、演劇用語がサッパリ分からなくて先輩に怒鳴られてたし」
なぎ「部室に来れなくなってから倉庫にパソコン持ち込んで、毎日地道に作ってたんですよ」
麻友「あの、由佳さんって…」
拓海「休部してるって言ってた2年の人すか?」
井口「そう、こないだの歓迎会の時に、ちょっと話しただろ」
拓海「その人が休部してる理由って、何があったんすか?」
井口「えっと…まぁ、色々とあって。その、個人的な事情?」
なぎ「個人的な事情って…なんでそうやって隠すんですか?
あれはそんなじゃないし、そんな風に隠したら由佳が可哀想じゃないですか!」
井口「落ち着けよ、なぎさ。今ここで、わざわざ1年に明かすことでもないだろ?
いまあるのは、由佳が休部してるって事実だけだ。それ以外は終わらせただろ?
なのにそれを蒸し返して、関係ない1年に教えて、何になるってんだ?」
なぎ「それはそうですけど…私は由佳に早く復帰して欲しいんですよ!!」
井口「その気持ちは分かるけどよ。でも、ここでそれを言えば、由佳は早くに戻ってくんのか?」
なぎ「……。ちょっと頭、冷やしてきます」
麻友「藍田先輩…」
井口「さぁ、俺らは掃除の続きをしようか」
拓海「あの、大丈夫なんすか、藍田さん?」
井口「平気だよ。ちょっと時間が経てば、いつものあいつに戻ってるさ」
拓海「そんなもんすか?」
井口「今頃、なに熱くなって、あんなキャラじゃないこと叫んだんだろうって、
トイレの個室で凹んでるかもしれないぜ」
麻友「え?」
拓海「まさか…」
井口「まぁ、俺の妄想だけどね」
拓海「で、ですよね」
井口「よし、掃除再開!さっさとやらねーと、今夜は帰れなくなるぞ!」
麻友「は、はいっ!」
拓海「うっす!」
第3場【演劇部部室】
【なぎさが部室の扉の鍵を開けて中に入ると、ソファで井口が爆睡している】
【立ったまま井口を見下ろしていると、気付いて目を覚ます】
井口「ん…おぅ、なぎさ」
なぎ「お疲れ様です」
井口「いま何時?」
なぎ「昼休みです。また2限サボりましたね?」
井口「いやぁ、明け方まで演出考えててさ。
2時間くらい寝ようと思ったんだけど、だいぶ寝ちゃったみたいだな」
なぎ「ノート、見せませんよ」
井口「えっ、それは勘弁してください!」
【なぎさ、椅子を出してきて座る】
なぎ「お昼、食べて良いですか?」
井口「どうぞ」
なぎ「じゃ、失礼します」
井口「あれ、今日は手作り弁当じゃねーの?」
なぎ「んぐっ! あの、部会の日は…」
井口「ふーん」
なぎ「なんですか?」
井口「いや、別に。 つーか腹減った」
なぎ「あげませんからね」
井口「別にくれって言ってねーよ。輿水に電話して買ってきてもらう」
なぎ「律子さん、今日は面接だから休みって、先週言ってましたよ」
井口「あ、そっか。しっかたねーな、自分で買いに行くか」
【拓海・麻友子が部室に入ってくる】
拓海「おつぁーさーでーす」
麻友「お疲れ様でーす」
井口「おぅ、お疲れさーん」
なぎ「お疲れ様」
麻友「あー!藍田先輩もオニギリ!麻友子とお揃いですねー」
なぎ「へぇ、そう」
麻友「あ、えっと…あの、井口先輩お昼は…」
井口「俺は今から購買まで買いに行くトコ」
拓海「ボクも行って良いっすか?」
井口「良いよ」
麻友「え?あ、その…麻友子も一緒に…」
拓海「渡辺、さっき昼飯買ってたじゃん」
麻友「いや、そう…なんですけど」
井口「じゃあ、一緒に行くか?アイスでも買ってやるよ」
麻友「ホントですか?麻友子、ハーゲンダッチ食べたいですっ!」
井口「黒田も買ってやろうか?」
拓海「べ、別にボクはアイスとかそういうの、あまり興味無いっすけど。
でも、まぁ、今日は暑いし、その食べたい気分かもなぁ」
井口「へいへい。なぎさは、アイス?」
なぎ「別に要りません」
井口「じゃあ3人で行くか」
【菜月が部室に入ってくる】
菜月「お疲れ様でーす」
麻友「あ、藤岡先輩、お疲れ様です!」
拓海「おつぁーさーでーす」
井口「菜月、アイス要る?今から買ってくるけど」
菜月「え!アイス?要る、要る!
私ね、雪見まんじゅう!あ、でもピコも良いなぁ!イチゴ味まだ売ってるかなぁ
あれ、そもそもピコって購買で売ってたっけ?」
井口「じゃあ、菜月も一緒に来い。なぎさ、悪いけど留守番してて」
菜月「やばーい!アイス久し振りでメッチャ嬉しい!」
麻友「麻友子もハーゲンダッチ食べるの久し振りですぅ!」
拓海「やっぱりアイスはモナキングっすよ!」
井口「ほれ、さっさと買いに行くぞ」
なぎ「井口さん」
井口「なに?」
なぎ「ブラックチョコバー買ってきて下さい」
第4場【大学内の購買部】
拓海「うっげー!レジめっちゃ並んでるっすよ!さすが昼休み!」
麻友「もうちょっと遅くに来れば良かったですか?」
井口「でもそれじゃ部会始まっちゃうだろ?」
麻友「あ、そうでした」
菜月「アイスが溶けたら、あたし、絶対に許さない」
麻友「藤岡先輩の目が怖いです…」
井口「さすがにそこまで並ばんだろ。 ん?あれ?」
麻友「どーしましたですか?」
井口「いや、いま外に輿水っぽいのが歩いてて…」
拓海「えっ?輿水さんっすか?」
菜月「律姉、今日休みだよ」
井口「あ、うん。俺もさっき聞いたけど」
拓海「人違いじゃないっすか?」
井口「んー…かなぁ?」
菜月「祐兄!レジ空いたよ!早くっ!!」
井口「お、おう…」
【菜月がレジ袋にアイスを詰めている】
菜月「さぁ、帰ろう!早く帰ろう!アイス溶けないうちに!! あれ、祐兄は?」
拓海「井口さん、教授っぽい人と向こうで話し込んでるっすよ」
菜月「またか…」
拓海「さっきから捕まりまくりっすね」
麻友「良いなぁ、モテモテですぅ」
菜月「別にモテては無いんじゃない?」
拓海「でも歩いてると、色んな人に声掛けられてっすよ。
教授も、事務員も、女子も、男子も、野良猫も…」
麻友「大学中に知り合いの人が居る感じですね」
菜月「まぁ、交友関係が広いって言うか、怪しい人脈は大学で一番かもなぁ」
麻友「あ、怪しいんですかっ!」
拓海「マジっすか!」
井口「いや、別に怪しくないんだけど…」
菜月「あっ、やっと戻ってきた」
麻友「井口先輩、格好良いですね!」
拓海「ひょっとしてヤバい組織にもコネ持ってるんすか?」
菜月「ダメだよ2人とも。祐兄の真似して深入りすると、怖い目にあうからね」
井口「いや、だからそういう関係じゃないってのに」
菜月「さぁ、どうだか?周囲に迷惑掛けるようなことはしないでよね」
井口「迷惑なんて掛けたかよ。むしろ役立つことの方が、多い気がするんだが…」
【井口・菜月・拓海・麻友子が歩いていると、傍らに篠宮が立っている】
篠宮「井口さん」
井口「よぉ、篠宮」
拓海「まただっ!」
麻友「あ、こないだの執行部の先輩」
菜月「あー!もう!アイス溶ける!」
井口「悪い、先に行ってて」
篠宮「今日はコレ渡すだけですから」
井口「あ、例のあれ?」
篠宮「はい」
井口「ありがとな」
篠宮「いえ、別に」
【篠宮 井口に書類の入ったクリアファイルを渡して立ち去る】
拓海「なんすかそれ?」
麻友「もしかしてラブレターですか!?」
拓海「ばっかだな!クリアファイルに挟んだラブレターがあるかよ!」
麻友「むー…じゃあ、秘密の書類とか?」
菜月「大方サボった授業のプリントでしょ?」
井口「まぁ、そんなもんだよ。篠宮に頼んでおいたの」
菜月「ちゃんと講義受けないと、また留年するよー」
麻友「また大学にお友達増えちゃいますよー」
拓海「ひょっとして、ボクと卒業が一緒になるんじゃないっすか?」
菜月「あのね、頼むから私より後に卒業するとか止めてよね!演劇部の恥だから!」
井口「えっ!恥って…演劇部の恥ってそこまで言う?」
第5場【居酒屋「袋小路」】
【律子・井口が並んでカウンターに座っている】
井口「急に呼び出して悪かったな」
律子「あ、いや全然。最近あまり飲んでなかったし」
井口「就活、どうよ?」
律子「あー…うん、まぁボチボチ」
井口「ボチボチ説明会行って、ボチボチ書類送って、ボチボチ面接受けて…」
律子「そうそう」
井口「んで、ボチボチサボる…みたいな?」
律子「ん?」
井口「今日も?ボチボチサボり?」
律子「あー、やっぱり見られてたか」
井口「別にサボったって部会くらい来れば良いのに」
律子「いや、やっぱ後ろめたいんだって」
井口「まぁ、菜月とか結構色々と気にして騒ぐからな」
律子「そうね」
【井口 黙ってビールを飲む】
井口「あんまり上手くいってないの?」
律子「上手くいってないっつーか…」
井口「迷ってる?」
律子「まぁ、迷ってるって言えば迷ってるかな」
井口「この会社で良いのかって?」
律子「んー、いや、それ以前の所で」
井口「それ以前?あぁ、就活すること自体に?」
律子「そう言うこと」
井口「そう言うことって、あっさり言うねぇ」
【律子 手酌で日本酒を注ぐ】
律子「やっぱさ、10年も続けてきた訳じゃん?」
井口「芝居?」
律子「そう。中学の時からさ、ひたすら上手くなりたい、面白い芝居したいってやってきてさ…」
井口「そうね」
律子「毎日毎日、ホント飽きもせず稽古してさ。台本読んで基礎トレして立ち稽古してさ。
もう当たり前に、5キロ走とか腹筋100回とかしてる訳じゃん?」
井口「腹筋割れてるもんな」
律子「何で知ってんだよ?」
井口「前に酔った時、自慢げに触らせてくれたし」
律子「そうだっけ?」
井口「そうだよ」
律子「まぁ、それは置いといて。
じゃあ、就職するから今日で辞めますってさ」
井口「簡単に割り切れないか」
律子「だって、やりきった訳でも、楽しくなくなった訳でも、諦めろって言われた訳でも無いんだよ」
井口「才能無いから諦めろって言われる方がマシ?」
律子「そう言われる方が、よっぽど楽だよ」
井口「確かになぁ」
律子「そりゃ、あたしだって分かってるよ。大学卒業してさ、働きながらやれるもんでもないって」
井口「他の趣味ならともかく、芝居ってのはなぁ」
律子「そうなんだよね。どうしたって片手間じゃやれないんだよ」
井口「週末だけの愛好会とかもあるけど、輿水のレベルだとそこじゃ持て余すだろうし」
律子「まぁ、そこそこ上手いからな」
井口「部活レベルじゃ上手いけど、プロとしてやるには足りてない」
律子「分かってる」
井口「でもさ、結局プロで食っていけないなら、どっかで諦めるしか無いんじゃねーの?」
律子「今の実力で頭打ちだって言うなら、サクっと諦めるよ。
けど、今だって上手くなってるし、まだ上手くなれるって実感もあるし」
井口「プロとして食っていけるトコまで?」
律子「そんなの誰にも分からないだろ?
でも、少なくともそっちの方向に近付いていけるのは確かじゃん?」
井口「確かにね。食っていけるいけないって、壁はあると思うけど」
律子「その壁が、途方も無く離れた位置にあるとも思えないんだよ」
井口「それで辞めるってのは、確かに気持ちの折り合いは難しいね」
律子「ここで辞めるって、自分の可能性を自分で捨てちゃってないかって思うのよ」
井口「そこまで言うならさ、卒業しても続けるって選択肢は無い訳?」
律子「あるよ。だから就活しながら迷ってんじゃん」
井口「あぁ、そっか」
律子「続けてみるのもありかも知れない。けど、じゃあ今度はドコで諦めるんだって」
井口「やるだけやって、才能無いって自覚したら…かな?」
律子「芝居って、それが難しいと思わない?
やるだけやって…のやるだけってドコなんだ?って」
井口「思うね。
スポーツみたく、年齢による身体の劣えでパフォーマンスが落ちるならともかく、
芝居は経験積めば積むだけやれる事って多くなるし」
律子「だろ?
だからこそさ、それでズルズルいっちゃうなら、今が辞めるチャンスなのかな…とも思う訳」
井口「少なくとも1つの区切りではあるね」
律子「結局さ、今のあたしは諦める理由を探してるのよ」
井口「そう見えるね」
律子「そんな状態で、あたしが諦められると思う?全力で就活出来ると思う?」
井口「これっぽっちも思わないな」
律子「もちろん就活は続ける。
続けてるうちに理由が見つかるかも知れないし、新卒で就活できるのも今だけだし」
井口「うん。辞める理由も辞めない理由も、見つかるかも知れないもんな」
律子「そうだね。 だからさ、みんなには言わないでくれない?」
井口「輿水が格好悪く悩んでるって?」
律子「別に格好悪くねーよ!あたしが格好悪かった時とかあるかよ?」
井口「意外と見てる気がするんだけどなぁ」
律子「井口はビールの飲みすぎで糖尿病だな」
井口「失明しかけてるって?」
律子「そう!!」
井口「輿水の肝臓よりは、元気な気がするんだけど」
律子「黙れ!デブ!!」
井口「なんだとチビ!!」
律子「あぁ?やんのか、こら?」
井口「やってやろうじゃねーか!腕出せ!腕!!」
律子「ほぉ、腕相撲勝負か!律子様の上腕二等筋なめんなよ!」
井口「俺が輿水に負けるとでも?負けたらココの飲み代、払ってやるよ!」
律子「言ったな、井口!男に二言は認めねーぞ!」
第6場【律子自宅】
【律子・井口が扉を開けて入ってくる】
律子「ただいまー!いやぁ、今夜の酒も美味かった!」
井口「お邪魔しまーす!
そりゃ奢らせた上に荷物まで持たせて帰ってくれば、さぞかし美味い酒だろうよ」
律子「はぁ?何か文句でもある?」
井口「あのさ、腕相撲の途中で、弁慶の泣き所を蹴飛ばすのは卑怯だと思わないか?」
律子「いや、全然!」
井口「あぁ、そうですか… それにしても相変わらず汚ねー部屋だな」
律子「あたしのモンだけじゃないし。半分はワタルのだよ」
井口「そりゃ同棲してるんだから、半分はアイツのだろ」
律子「ちょっと着替えてくるから、そっち座ってて」
井口「冷蔵庫からテキトーに飲み物もらうよ」
律子「どうぞー」
井口「お、よく冷えてる冷えてる。
つーか、いきなり部屋に上がり込む俺も俺だけど、上げる輿水も輿水だよな…」
【井口 ビールを飲みながら部屋を見渡す】
井口「おーい、輿水さーん!ブラジャー干しっぱですよー」
律子「なにー?」
井口「ブラジャー!あとパンツもー!」
律子「あー!取り込んどいてー!」
井口「はいっ?取り込んどいて?」
律子「もうちょいで行くからヨロシクー!」
井口「マジかよ…」
【律子が着替えて部屋に戻ると、井口が洗濯物を畳んでいる】
律子「え?井口、マジでやってくれてんの?」
井口「はっ?輿水が取り込めって言ったんだろ?」
律子「いや、言ったけどさ。まさかホントに取り込んでるとは。
て言うか、意外と手馴れてるな」
井口「ウチは両親共働きだったからね。そこそこ家事スキルはあるのよ」
律子「でもさ」
井口「なに?」
律子「女物の下着、手際よく畳む男って、何か気持ち悪いんですけど…」
井口「はぁ?お前がやれって言ったんだろうが!」
律子「あたしの下着見てドキドキしないの?」
井口「全くしない」
律子「え?即答?」
井口「あのな、まだお前がワタルと付き合う前、酔い潰れてココに転がり込んでた頃から、
どんだけ世話したと思ってるんだよ?」
律子「あ、その節はお世話になりました」
井口「泣きながら電話掛けてきたっきり音沙汰無くて、
赤羽中探し回ってやっと見つけりゃ荒川泳いで渡ろうとするし、
担いで連れてきたら背中にゲロ吐くし、
酔った勢いでモノぶん投げて部屋の窓ガラス割るし、
裸でベランダ出て大声で叫びだすし…」
律子「あの頃は荒れてたからねぇ」
井口「失恋の痛みを引きずってね」
律子「それ以上言うなら帰れ」
井口「まぁ、あの頃はあの頃で楽しかったよな」
律子「ほとんど毎晩3人で飲んでたしねぇ」
井口「たいてい輿水が押しかけて来たんだけどな」
律子「井口はワタルと同棲してたんだもんね」
井口「終電逃した時や、家飲みの流れで泊まってただけだ!」
律子「週の半分は泊まってた気がするけど?」
井口「それでも、せめて居候と言え!」
律子「今も泊まりに来れば良いのに」
井口「あのな、同棲カップルの部屋に、どのツラ下げて泊まりに来るんだよ」
律子「え?あたしは別に気にしないけど。ワタルもしないだろうし」
井口「俺が気にするの!」
【律子がコーヒーの入ったマグカップを2つ持って来る】
律子「ほい、コーヒー」
井口「サンキュー」
律子「で、外じゃ話せない内容の話って何?彼女でも出来た?」
井口「残念ながら出来てない。
話は、これ」
【律子、井口からクリアファイルを受け取り、中の書類に目を通す】
律子「確かにコレは、おいそれと外じゃ話せないね。部室でって訳にもいかないし」
井口「だろ?ドコで誰が聞いてるとも限らないし。
1年はもちろん、菜月やなぎさにも聞かせたくないからな」
律子「うんうん。
へぇ・・・篠宮、なかなか良い仕事するじゃん」
井口「優秀なスパイだろ」
律子「動機が不純すぎるけどね」
井口「言ってやるなよ」
【航が帰ってくる】
航 「ただいまー」
律子「おかえりー」
井口「おかえり。邪魔してるよ」
航 「おぉ、祐司じゃん!久し振りだな。お前、ちょっとは遊びに来いよ」
律子「ほらね」
井口「はいはい、たまには顔出すよ」
航 「あのな、ココは未だに、お前の家でもあるんだからな。なぁ、律子」
律子「井口のパンツ、ちゃんと置いてあるよ」
井口「わははは!ありがとうございます!」
航 「よし、今夜は久し振りに3人で家飲みすっか?」
律子「えー!この時間からかよ!あたし明日も説明会なんだけど!」
井口「良いねぇ!じゃあ、コンビニまで酒買いに行ってくるわ!」
律子「おい、井口!」
井口「良いじゃん良いじゃん!」
航 「そうそう、細かいこと気にすんなって!」
律子「こら、航!調子のんな!!」
井口「あ、ついでに麻雀やるか?」
航 「それでも良いな。誰か呼べる?」
井口「ウチの部の後輩で良いなら呼ぶよ」
航 「あぁ、前に一緒にやった、エラい強いねーちゃん?」
井口「そうそう!」
律子「おい、なぎさまで巻き込むんかい!」
井口「なんか輿水、菜月っぽいぞ…」
航 「いつものノリの良さが無いとか、がっかりだなぁ」
律子「くっそ!お前ら言ったな!!
やるよ!やってやるよ!!酒でも麻雀でも何でも持って来いってんだ!!」
ナレ「この後、初めは参加を渋っていたなぎさだったが、
井口の電話攻勢に負けて不承不承参加する。
明け方まで続いた麻雀は、井口と律子の『泣きの半荘』も聞き入れられず、
なぎさの一人勝ちで幕を閉じた。
なぎさは3人から巻き上げたタバコを笑顔で抱えて家に帰り、
ワタルは早々にベッドに潜り込む。
井口は講義の時間までコーヒーを飲みに出掛け、
輿水はリビングのソファで寝落ち爆睡…
その結果、説明会に遅刻する羽目になったのだった。
さぁ、次回の荒大演劇部は…」
井口「えー、荒大演劇部3年、でも4回生の井口祐司です。
最近4回生って響きに慣れてきてしまった自分がいます。
まぁ、キャラが立ってて良いと思うんだ。大学でもちょっとした有名人扱いだし。
本日は『走れ!荒大演劇部 第2幕 居た人の話』をご覧頂き、大変ありがとうございます。
相変わらず騒々しい面々ですが、少しずつ気になる謎が見えてきましたね。
これが今後、演劇部にどんな影響をもたらすのか、楽しみにしてもらえればと思います。
さて、前回と今回、劇中に出てきました女性陣の下着ですが、
アレって衣装や小道具だと思います?それとも私物だと思います?
まぁ、それを明かすと身の危険に繋がるので、ここでは内緒にしておきますね。
って時点で答えはバレてるか…まぁ、色と形は皆さんの想像にお任せします。
それでは次回、『走れ!荒大演劇部 第3幕 転んだ人の話』で、またお会いしましょう。
アディオース!!」
第2幕 了