第四話 掴んだバイクを投げ飛ばす15の夜
山田修一です。シュラとか呼ばないでクダサイ。
なんだか良く分からないことに巻き込まれているようです。
いや、去年の実家の大爆発で、自分の身体がなんだか良く分からないことになっていたらしいので、巻き込まれていたことに最近気が付いたっていう感じでしょうか。
一週間程、黒ギャルサンタコス女こと佐々木陽子一味のアジトに引きこもっていましたが、学校に復帰しました。
「おはよう山田君。今日から登校なのね。よかったわ。叔父さまに、今度ゆっくりお話しさせて欲しいって伝えてもらえるかしら」
校門の前で会った年増女の担任が話しかけてきます。休んでいる間、叔父を装ったライトが電話であれこれ適当なことを担任に言っていたらしいのですが、未婚年増の担任はあのイケメンボイスにメロメロみたいです。
「はいはい、伝えておきますよー」
俺の気の無い返事に、担任は満面の笑みを浮かべて手を振りながら去っていきました。
両親は海外赴任中です。残された俺は、実在する叔父の世話になっていることになっているのですが、実質放し飼い状態です。
まあ、叔父さんも忙しいしね。
そんなこんなで、仮住まいだったマンションも、やつらがいろいろと工作した結果、夜逃げのように脱出して、別の住まいに移転となりました。
やばいかも知れないとかいう、なんだかふわっとした理由でしたが、そもそも一年程度でそれほど家財道具が増えていたわけでもなく、まあ、簡単なものでした。
下駄箱を開けると、ラブレターがドサドサと雪崩を打ってあふれだしました。
予想はしていましたが、一週間分なので、ずいぶんと溜まっていたようです。
今時ラブレターかとお思いでしょうが、校内でのスマホ携帯使用禁止学校なので、行きつく先で昔ながらのラブレターとなっている感じです。
そう、もうお気づきでしょうが、俺は結構イケメンでなかなかのモテ男です。
自分で言うのもなんですが、ハンサムというよりはカワイイ系です。
小さい頃は、両親が買ってきた海外の少女の民族衣装とか色々着せられては、写真に撮られていました。
そんな黒歴史も、実家の爆発で焼失しているので、ここのところは結果オーライって感じです。
そんななので、女子とつるむことが多かったのですが、小学校も高学年ともなると、男子から妬まれる要因となってきて、中学に入った瞬間いじめの対象となりました。
と、いっても一瞬ですけどね。
もうすぐ中学生かと意識し始めたあたりで、そんな兆候には気が付いていたので、少し素行のよろしくない先輩たちとつるみ始めていたのです。
処世術というやつです。
当時はナイスアイディアだと思っていたのですけどね。
まあ、暴れまわりましたよ。先輩の影に隠れてですけど。
それほど腕が立つ喧嘩屋ってわけでもないですしね。
それでも根っからの不良よりは知恵が回るので、不良グループ間抗争とかには、なにかと重宝されていたと思います。
乱闘になってしまえば、知略もなにもあったものでは無いのですけどね。
所詮、子供の喧嘩ですし。
俺の必殺技は自転車投げです。
喧嘩になりそうになったら、まず逃げます。
そのまま逃げきれればそれにこしたことは無いのですが、大体追いつかれます。
追いつかれるのは織り込み済みなので、あらかじめ逃げる方向は検討をつけてあります。
だいたいは駅前あたりを予定しておきます。
そして、そろそろいいかなと思った辺りで、そこらへんに放置してある自転車を掴んでぶん投げます。
路地とかに誘い込むと2~3人にまとめてダメージを与えられるのでお勧めです。
放置自転車をドロー!
追跡者にダイレクトアタック!
です。
ほぼ無制限ドロー状態なので、無敵です。
そんな荒れた中学生活を満喫していました。
その時に名乗っていたのが修羅です。黒歴史です。忘れてクダサイ。
かなり粋がっていました。すびばぜん。
なんだかんだで、なめられないようにと気を張っていたのでしょうね。
実家の爆発で入院していたときに、それがプツリと途切れたわけです。
入院と言っても、軽傷だったので、経過観察入院というやつですね。
寝ていなきゃならないわけでもないので、小児病棟をうろうろしていたのですよ。
同年代の子をからかったり、因縁つけたりね。
まだまだ悪ガキでした。
ベッドの上で受験勉強しているような子も居ました。
同学年の子です。
暇つぶしでからかっているうちに、仲良くなっていて、良くしゃべるようになりました。
話していて驚いたのは、彼がいくら勉強しようとも、成績を上げようとも、そして合格したとしても、その高校に通える見通しは全く立たないということでした。
「暇だからね」
彼はそう言って、そんなことは気にも留めないように装っていましたが、やはり志望校に合格し、通いたかったのだと思います。
気が付くと、彼の暇つぶしに付き合っている自分がいました。
自分でも意外だったのは、勉強が全く苦痛ではなかったということです。
いや、中学入学から全く勉強していませんでしたからね。間違いなくアホです。
アホだったからこそかもしれません。成績に悩まされることも無くアホを貫いてきたためか、勉強に対するアレルギーが皆無でした。
むしろ知らなかった知識を吸収することが楽しいくらいでした。
改めて思い返すと、その時の知識の吸収速度は異常だったと思います。
ライトは爆発時に俺の身体に混入した、ナノドローンの演算能力がサポートしていたのではないかと推論していました。
だとしたら、根本的にアホの俺をサポートしていたナノドローンは、ずいぶんと苦労していたのかもしれません。
病院の彼の教え方も良かったのだと思います。
彼が目標としていた高校は、東大や京大に進学するのが当たり前のような、超絶エリート校でした。
俺の受験内容とは別次元です。
そんな低レベルの俺に教えることに「わかっていたつもりになっていた知識の棚卸になるから」と、気にも留めていませんでした。
もし彼が将来教師にでもなったとしたら、優秀な生徒をたくさん輩出することでしょう。
結局、俺自身は中程度より若干良いくらいの公立高校に合格できました。
一夜漬けといってもよいぐらいの短期間で、まともに受験ができたこと自体が奇跡的です。
そんな学力だったにも関わらず、そこそこまともな高校に合格してしまったわけです。
当時は、俺もやればできるとか有頂天になっていましたが、改めて思い返すとライトの推論が正しいと考えたほうが自然かも知れません。
でも、高校の授業には油断しているとすぐにおいて行かれそうな感じになるので、根本的に頭が良くなっているとかいう物では無さそうです。
とはいえ、当然周りの見る目も変わりますよ。親や担任は喜んでいました。
逆に今までつるんでいた先輩連中とは疎遠になりました。
まあ、後輩の中には進学を意識し始めた者も現れたようなので、あの愚連隊も少し変わっていくのかもしれません。
俺はそんなこと、全く考えていませんでしたからね。
たいしたものです。
それが彼らにとって良いことなのか悪いことなのかわかりません。
それぞれの人生ですし、その人生が終わってしまわない限り、結果としてどうだったかなんかわかりませんしね。そして、その結果を判断するのも本人ですから。
でもね、自分の進む道の選択肢を増やせることは良いことだと思うのです。
まあ、俺自身、今後どうしようかとかは、未だ考えていないのですけどね。
教室につくと、机の上に大量に貼られている付箋をはがしてまとめ、カバンに放り込みます。
SNSのIDとかが書かれている女子からのメッセージです。
どうせ後で捨てるのですが、貼った本人が見ているかも知れない状況でごみ箱に放り込むのも何なので、一応大切にカバンに収めてみせます。
まあ、家のごみ箱に捨てるのですが。
俺もなかなか気遣いができるようになりましたね。
「おう!久しぶりだな!」
毎朝のそんな儀式めいたお札はがしが終わったのを待っていたかのように、前の席の田口が振り返ります。
「おはよう。後でノート貸してもらっていいかな」
一週間の授業の遅れは結構厳しいのです。
「スキャンしてあるから、メールで送っておいてやるよ」
親切というよりは、そうゆうデジタル技術を駆使してみせるのが好きなだけな感じの田口です。
本当はノートも直接タブレットにとりたいみたいですが、携帯スマホ使用禁止の学校では、当然ながらタブレットも使用禁止なのでした。
それについていつもブツブツと不平を口にしている田口です。
一応ITの授業もあるのですが、田口としては実務で使えなきゃ意味ねーだろってな感じらしいです。
そんな俺らのやりとりを女子たちがチラチラと伺っている視線を感じます。
この、努めて気が付かない素振りが意外とつらいのですよ。
いえいえ、女嫌いってわけではありません。
実を言うと、入学してすぐいきなり告られました。
いや、三年程、硬派でバイオレンスな日々を送っていましたからね。なかなかカワイイ女の子でしたし、断る理由なんてないでしょう。
いやもう、一か月も持ちませんでしたよ。
いえ、結構ラブラブになりそうな予感でした。
彼女が謎の不登校からの、自主退学です。
つき合い始めたばかりとはいえ、彼女ですから、心配して自宅訪問させてもらったりとかしましたけどね。
面会拒否です。
何があったか薄々感づいていましたが。
どれだけ強烈だったのでしょうかね。
女子の嫉妬怖ええー。
そんな感じなので、平和な学園生活をエンジョイするために、女子とは距離を置いています。
(そんな感じなのですよ。女子様たち!)
視線が合わないように、教室をぐるりと見渡します。
(貴女たちの保身の為でもあるのですよ!)
実際問題として、高校に入ってから授業が異様に楽しいというのもあります。
中学時代は、そもそもまともに授業に出ていなかったので、苦痛とか退屈だとか、楽しいとか感じること自体無かったわけなのですけど。
かといって、あの時授業をまともに受けていたら、楽しいと感じたかというと、かなり怪しいかと思います。
やはり、病院の彼と過ごした時間が重要だったのだと思います。
入院しなければ出会わなかっただろう彼。外で出会ったとしても、関わることは無かったでしょうね。
趣味嗜好が全く異なるにも関わらず、受験という共通の話題を中心に学びあい、語り合った時間は重要だったと思います。
ああ、彼ですか。
未だ入院していますよ。
通信制の高校にしたみたいです。院内学級がサポート校になっているらしいので、それなりに充実しているとは言っていました。
普通高校に普通に通える俺としては、彼のできない経験話をお見舞いに持っていくのが楽しみでもあるのです。
ええ、今でも付き合いはありますよ。
彼から聞く院内面白話なんかもなかなか興味深いですしね。
「起立!」
ざわついている教室に日直の声が響きました。
担任が入ってきたようです。
「礼!」
「着席!」
ガタガタと鳴る椅子の音が鎮まるのを待って、担任が口を開きました。
「はい、今日は女子のみなさんお待ちかねの人が帰ってきました。良かったですね」
俺の方を見てニッと笑う担任。
その視線を追うように、教室全員の視線が集中するのを感じて、全体に向けて軽く会釈をしました。
「はい、男子もお待ちかねでしたね。予告通り本日より3か月程ですが、短期留学で超美人の女子が来ます」
沸き立つ男子生徒たち。
ドアが開き、廊下で待っていた副担任と件の留学生が入室してくる。
「初めまして、○×国から参りました。レフト・ニュンフスといいます。」
お上品にペコリと頭を下げる美少女。見慣れた容姿より二回りほど大きいが、中身はあのレフトだ。
(うーん、キャラまで変えてきたか……)
○
その瞬間、教室は静寂に包まれた。
誰も彼もがレフトから目を離せなくなっていた。
見惚れる――とかいう生易しいものでは無い。
視線を侵され。思考を犯されていた。
それは静かなパニックだった。
誰もが自身が目撃しているそれを処理しきれずに混乱していた。
星雫姫が棺桶みたいな箱を搬入してきたときは何事かと思ったが、開けてびっくりのレフト女子高生バージョンだそうだ。
「サイズに比例して重くなっているから、小学生バージョンみたいに飛んだり跳ねたりは難しいと思うわよ」
横たわる人形の頭を膝にのせ、乗り込むぬいぐるみレフトに注意事項を伝えている姿は、ひん死の娘を介抱する母親のようだったが、人形の頭が開いているせいで地獄絵図の様相を呈していた。
街を出歩くのに、小学生バージョンだとなにかと危ないからとは言うものの、だとしたらもう少し地味目の容姿に造形したほうが良かったのではないかと思う。
それはあまりにも人目を引く美しい少女人形で、
人目を引き過ぎる美少女だった。
無関心を許さない美しさで、
関心をわしづかみにする美だった。
並みの美を蹂躙する美の暴力であり、
凡人の美意識を食い荒らす美貌の猛獣だった。
美しすぎると指摘すると、星雫姫は「当然のことだ」と言い放つ。
「私は芸術家よ。ロボット工学者ではないわ。美しい物しか求めない、美しいものしか作れない。そんな業を背負った人種なのよ。最高の比率、最高のバランス、最高の光、最高の影。ありとあらゆる角度から、ありとあらゆる視線から、何よりも優れた、誰もが息をのむ、そんな美の探究者よ。そんな私の心血を注いだ人形がレフトちゃんのおかげで、動くなんて!なんということでしょう!なんということでしょう!」
くるくると回り踊る星雫姫の様子に、レフトの性格は確実にこの人の影響を受けた物なのだと確信した。
教室中の誰もが、それを一瞬美しいと認識する間もなく沈黙した。
過剰な辛さが痛みしか感じないように、それは美しいと感じる間もなくその先へと突き抜け、どう理解したら良いか分からない混乱を招いていた。
まさかこれほどまでとは思っていなかった。
やれやれと思う。
「『良い子』が特定できないのは、従来の見聞だけで蓄積された人間社会データに根本的な欠落があるためだ」――とは、ライトとレフトで構成されるタンデムAIシステム『おしゃべり魔女』の推論だった。
欠落を埋めるべく、フィールドワークによる直接的なデータ収集が必要との決定の元、今回の短期留学を装った潜入作戦が実施されたわけだが、もはや台無しとしか言いようがない。
担任と副担任は、レフトを正視しないよう目を反らしている。
他の生徒たちもいずれなんらかの方法で対処することだろう。
しかし、これでまともなデータが取れるとは到底思えなかった。
担任に促されるまま、空き席へと移動を始めるレフトを教室中の視線が追っていた。
胸、あまり盛ってないな、と思う。
「少女とも少年ともつかない、子供とも大人ともつかない、境界の狭間に美は存在する」――とは、星雫姫の弁。
まあ、言っている通りの見事な造形だとは思う。
やはり芸術家の仕事故のやり過ぎ感は否めないが。
こうして一人の芸術家が作り上げた美術品が、当たり前のように日常に紛れ込むと、そもそもその日常の当たり前さ加減が怪しく思えてくるほどだ。
それでも俺は……、俺たちは、この現実離れした美しさを持つ人形がもし学校になんらかの影響を与えたとしても、それは俺が一人の女の子と付き合った時に起こったコミュニティの動揺をせいぜい大げさにした程度のものになるだろうと、懸念しながらも楽観視していたのだ。
神のごとき御業で、人形という器に美を凝縮した星雫姫という一人の人形師の奇跡は、日常と混ざり合うには余りにも常軌を逸していた。
だから、学校を中心としたその地域のコミュニティに広範囲にわたって、あれほどの影響を与えることは必然だったのだろうと、振り返って総括できるのは、
もう少し後になってからのことになる。