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揺律機巧サンタクラウド  作者: AYU*
1/7

第一話 季節外れのサンタクロース

 蒸しあがりそうな暑さの部屋。

 夢うつつの中、カラカラカラと網戸を開ける音が遠くから聞こえたような気がした。

 キシリと床が軋む音。

 はっきりと、人の気配を感じた。

 ぼやけた視界の端に、赤い人影が陽炎のように揺らめく。

(これって……サンタ……?)


「メリークリスマスじゃねーよ!夏だよ!真夏だよ!」

 フローリングの冷たさにゆだねていた上半身を起こして全力で突っ込んだ。

 一気に目が覚めた。

 潮っ気の飽和したやわらかい空気を切り裂くように、人差し指をビシッと突きつける。

「あの……、まだ何も言ってないのですけど……」

「そこじゃねーよ!お前の見た目がメリークリスマスだってんだよ!」

 と、再度突っ込んだ所で、「ボー」と、間延びした音が、開け放たれた窓から割り込んできた。

「台無しだよ!空気読めよ、汽笛!」

 間髪入れず、窓の外に向かって叫ぶ。汽笛のボケのおかげで、一瞬よぎった“こいつ誰だ?”が吹っ飛んだ。

 そもそも暑さと寝ボケのせいで思考能力が停止状態だったのだ。

 まあ、よく見ると、サンタの体裁は残しているものの、上はヘソ出しの半袖だし、下はミニスカだったりするので、見た目で暑苦しいという不快感はないが……。

「って、女かよ!」

 なんかもう季節感ガン無視で真夜中に現れたサンタコス女は、警戒するのを忘れる程、突っ込みどころ満載だった。

「女が夜中にそんなエロい恰好で、男の部屋に窓から侵入ってくるとか痴女かよ!」

 時計に目をやると、ちょうど0時を回ったところだった。ゲームの途中で暑さにうだった挙句、寝落ちしてしまっていたようだ。

 蛍光灯の灯りの下で大きな白い袋をかついで佇む、サンタのような衣装の女の姿は、不審人物そのものだったが、ここまで突っ込み続けていると、完全に麻痺状態。むしろ突っ込むことに快感を覚え始めていた。

「って、黒ギャルかよ!せめて冬っぽく青白い顔色してろよ!サマー感満載じゃねーか!」

 単に日に焼けて黒いというよりは、日サロで丁寧に焼き上げたようなきれいな小麦色の肌をしており、どぎつくはないが、軽くそれ系のメイクもしているようだった。

「くそ暑くてだるいのに、何だよコレ。誰だよお前」

 真夜中の侵入者に何者かと問える程度の思考能力は回復してきたようだ。

「サンタです」

「見りゃわかるよ!サンタ以外の何者でもねーよ!いや、サンタ以外の何かって答えられたら、逆に戸惑うよ!じゃなくて、サンタの恰好をしているあんたは何者なんだよ」

「いえ、見たままのご理解でよろしいかと」

「しゃべり方丁寧かよ!そんな見かけなんだからギャル語で話せよ!真面目かよ!」

「クラス委員ですし」

「あああああ、もうワケわかんねーよ!学生かよ!そのなりで学生かよ!なんで、真面目なクラス委員長がそんなカッコで不法侵入してんだよ!」

(化粧のせいか大人びて見えていたけど同世代ぐらいか……女子高生?)

 と、ここでやっと俺は……。

「あ、ここ5階だ……」

 ベランダからの登場が尋常ではないことに気が付いた。

 そして、窓の外に浮遊して空中待機している2頭のトナカイに繋がれたソリを見とめた。

「え……浮いてる……。え、サンタ……え……」

「そうです。私が牡牛を屠るミトラス神、太陽神ミトラにして最後のサンタクロース。佐々木陽子です」

「うわ、たいそうな口上語り始めたかと思ったら名前普通……」

「そうゆう貴方は山田修一君で間違いないでしょうか。ハンドル名『シュラ』。仏教八部衆の一人、戦闘神阿修羅を語源とする……」

「やめてやめて!そのハンドルもう使ってないから!若気の至りだから!」

 気恥ずかしさに頭を掻きむしり、両耳をふさいでワーワーと喚き悶え狂う。

「っていうか、不法侵入しておいて、ここで初めて本人確認かよ!他人だったらどうすんだよ!」

「貴方もごくありふれた名前ですね」

 サンタ女は口元を手で軽く隠すとプププと笑った。

「普通の人間だよ!普通の名前で上等だよ!むしろ普通の名前でありがとうございますご両親だよ!」

「うん。シュラさんで間違いなさそうですね」

「だから、その呼び方ヤメテぇ~」

「おう、話はついたか?」

 窓の外で空中待機していたトナカイがぬっと顔を突き出す。

 そのトナカイの頭部は透明で、戦闘機の風防のような形状をしていた。

「ロボかよ!トナカイ、ロボかよ!見た目はともかく、サンタだのなんだの言ってて、なんてメルヘンとか思っていたら、ここに来てトナカイ、ロボかよ!」

 と、その風防がゆっくりと開き、中から二頭身程のトナカイのぬいぐるみが現れた。

「今しゃべったのお前かよ!なんでそんな愛らしい姿で、低音のイケメンボイスなんだよ!っていうか、ロボの中から生きたぬいぐるみかよ!もうワケわかんねーよ!どっちだよ!メルヘンなのかよ!」

 いい加減、喉が痛くなってきた。

「私は赤鼻のトナカイ」

「見りゃわかるよ!いや、リアル造形のトナカイロボから出で来たのと、その申し訳程度のトナカイ要素のツノでわかるよ!鼻も赤いしな!ツノ無かったらテディベアと区別つかないけどな!」

 喉が痛くなっても、こいつらは突っ込むのを止めさせるつもりは無いようだ。

「固有名称はライトだ。右のトナカイのパイロットを担当している」

「右だからライトかよ。安易だなおい!で、そのサンタとお連れのトナカイが俺になんの用なんだよ」

 サンタコス女が、持っていた白い袋を軽く持ち上げる。中には何も入っていないように思えた。

「プレゼントを返してもらいに来ました」

「いやいやいやいや、ここはプレゼントを渡すところだろ!何だよ返せって!だいたいそんなメルヘンだか超科学だかわかんねーサンタから不思議なプレゼントとか貰った覚えねーし!普通のゲームとかおもちゃだよ!おもちゃ屋で売っているような物しか貰ったことねーよ!そもそもくれたのウチの親だよ!」

 そういや、サンタが親だと知ったのは幾つぐらいの頃だろう。サンタが存在しないと理解したのはいつだろう。特にそれに関して子供心にショックを受けたという記憶はない。ウチの親達はうまい具合にサンタ離れを成功させたということなのだろう。

「いえ、シュラ君に直接渡した物ではなくて、かなり前の世代から伝わっていると思うのですが……」

「だからその呼び方!……もういいデス……」

 若干涙目になりながらも、諦めた。

「1945年……」

 ロボトナカイのコックピットから、ぬいぐるみトナカイが、その操縦席のモニタに映る文字を読み上げる。

「……データベースには、この年に山田家の長男に渡されたとの記録が残っておる」

「あ……」

 思い当たるものがあった。家の仏壇にあったロウソク。消えないロウソク。減らないロウソク。

「でも確かあれは……」

「お家の場所は確認させていただきました。今は駐車場になっているようですね」

 そう、実家は焼失した。ガス爆発で吹っ飛んだ。その日は俺だけが部屋に居て、気がつけは病院のベッドの上だった。奇跡的に軽傷。

「その程度で、あれは破壊されないでしょうね」

「ああ、持ち去られたか……いや、奴らがあれを入手した様子はないな。そこまでしたんだ、そもそも破壊目的だったのだろう……だがあれは、未だあるはずだ」

「そうね。家が無かったから調べてなかったけど、あの辺の地中か中空か……」

 サンタコス女がちらりとこちらを見る。

「……一戸建てが全壊する爆発だったのに軽傷で済んだ?……ライト」

「了解。試してみよう」

 ロボトナカイの鼻の部分が赤く発光したかと思うと、そこから伸びた赤い光の線が、俺の頭のてっぺんから順に走査を始めた。

「コネクション カクリツ」

「パスワード ニンショウ」

「テストコマンド ソウシュツ」

「コマンド タイケイ ノ ゴカンセイ 八〇パーセント」

「ステータス リスト ジュシン」

 ロボトナカイからの機械的な報告。

 それのモニタに流れる詳細情報を読んでいたぬいぐるみトナカイが

「シュラ君。君、一度ミンチになってるよ」

 と、イケメンボイスの痺れるような低音でそう告げた。



「あのロウソクがどんな物であったか、から話す必要がありそうだな」

 ロボから降り立ったぬいぐるみトナカイが、ただただポカンとしている俺を見上げ、ポテポテと歩き回りながら語り始めた。


――かつて、一代で莫大な資産を築き上げた男がいた。

 一線を退いた後も男は『有り余る私財を何に使おう』と考えた。

 彼には資産を残す身寄りが一人も居なかった。

 男は考えた末、その資産のほぼ全てを費やして、サンタクロースを発明した。


「サンタクロースを発明した?」


――そう。それはまさに発明だった。

 高度二千キロメートルの衛星軌道から、地上の個人の脳波をスキャンして、良い子を探し出す医学軌道衛星。

 見つけた良い子を監視してその希望を観測する、虫を摸した小型ロボット。

 希望の品物を高品質で製造する無人全自動工場。

 クリスマス当日に確実にプレゼントを届ける無人配送センター。

 重力制御により無音で戸口配送を実現するロボトナカイが引くソリ。そしてサンタクロース役のアンドロイドだ。

 さらに、これらを統合管理する人工知能。

 良い子に、良い子が求めている素敵な贈り物を的確に効率良く配達するシステム。これら統合システムこそが、彼の発明したサンタクロースだった。


「メルヘンの要素、一個もねーな」


――男は、システムが完成したのを確認したと同時に、満足したような表情でその寿命を終えた。

 最初のクリスマスを待たずに……。


「それはいつ頃の話なんスかね。サンタが現れたなんて話、聞いたことがないンだけど」

「システムは作動しなかった。いや、プレゼント配達フェイズまで進まなかったというべきか」

「?」

「良い子が見つからなかったのだよ」

「子供なんか大概良い子だろ」

「どのような子が良い子なのか、我々には分からなかったのだ」

「はい?」

「我々は未だ世界を解析しつづけている。この世界にとって良い子とは何か。システムは稼働中だ。システムは考え続けている。探し続けている」

「やっていることは大げさだけど、やろうとしていたことは、そんな難しいことかねぇ」

「サンタの起源の頃に比べると、今の時代は複雑過ぎるのだ。このシステムを作り上げた男は、シンプルな世界のシンプルな善行を想定していた。だが、実際にシステムが稼働してみると、そのシステム統合AI『おしゃべり魔女』はこの世界の複雑さの前に、そのシンプルな課題を解決することができなかったのだ」

「そんなもんスかねぇ」

「そんなものですよ」

 トナカイが語るに任せていたサンタ女が、肩にそっと手を乗せてきてそう言った。

「しかしこの部屋は暑いですね。少し涼しくしてよろしいかしら?」

 答える間もなく、サンタ女が窓の外のトナカイが引くソリの方へ手のひらをかざす。

「暑いわ。お願い」

 ソリに積んでいた袋――サンタ女が持っていた袋とは違って中身が満載風の――が、ひとりでに開き、中から白い煙が流れ出してきた。それは窓枠いっぱいに広がると、無数の小さな穴の開いた白い壁へと変化して、窓枠をぴったりとふさいだ。そして、その穴から冷風が吹き出し始めた。

「簡単な熱交換器を設置させてもらいました」

 急激に汗が引いてゆく。同時に、目の前で発生した信じられない現象に別の汗がにじみだすのを感じた。

「これが、私たちが実現したサンタの力の一端です」

 こちらの動揺を知ってか知らずか、サンタ女はドヤ顔で片目をキランと輝かせた。


――話を戻そう。

 プレゼントを渡す対象を見失っているさなか、我々は男に残された記録の中に奇妙なデータを発見した。

 顧客リストとタグ付けされた、プレゼントの配布記録だ。

 我々にプレゼントの配達実績はない、だが、既にプレゼントを配った記録が残っている。

 この記録は何だ。

 1945年。

 日本は戦争の真っ只中だ。

 こんな時代に我々は存在しない。我々どころか、我々を構築したあの男さえ産まれていない。

 ありえない記録。

 ……の、筈だった。

 その記録を解析するうちに我々は知った。

 男はサンタクロースを発明したのではなく、発見し、発掘し、再構築したのだと。

 我々が駆使する技術は、今の時代でも十分オーバーテクノロジーだ。我々もそれは理解している。だが不可能な技術ではない。潤沢な資金と研究者がいれば、数十年もあれば実現可能だろう。

 だが、あの時代では完全にオカルトだ。魔法の類いだ。

 誰が、どうやって。

 そして確信したのだ。男が接触し、この技術を伝承した者。

 オリジナルのサンタクロースの存在に……。


「オリジナルサンタって、こいつがサンタじゃねーのかよ」

 サンタ女を指さす。

「彼女はただのバイトだよ」

 うん。確かにただのサンタコスの黒ギャルだ。

「最初の自己紹介はなんなんだよ!」

「間違いなく私はサンタです。バイトですけどね」

「彼女のことは後程改めて説明しよう」


――オリジナルのサンタクロースが、君の曽祖父?……曽々祖父?……に、プレゼントしたものが、減らないロウソクだった。

 時代は戦時下。夜間に電灯を使うことは制限されていた。もっとも、電力の供給そのものが不安定だったこともある。

 彼は、夜間の勉学の為に制限なく使える灯りを欲した。

 それに答えてプレゼントされたのが、減らないロウソクだった。

 我々はオリジナルサンタクロースがもたらした技術のほぼ全てを継承しているようだが、この技術は未だ実現できていない。

 先ほど彼女がエアコンを構成して見せたが、これは微細な機械――マイクロドローンの群体によるものだ。

 これは目的に合わせて微細な機械群が結合し、目的のオブジェを構成する為の素材に擬態する。一時的な利用であれば、再度マイクロドローン群として散開することもできるし、結合したまま機能を停止させて安定したオブジェとして固定してしまうこともできる。

 生きた粘土のような物と思ってもらえればイメージできるだろうか。

 これは消耗品だ。

 故障もするし破損もする。

 このエアコンのように一時的なオブジェ構成であっても散開した時点で、何割かは機能不全を起こし、自律活動できなくなる個体が出る。それは砂のように部屋の床に落ちて残るだろう。

 これが機能停止して再活性化ができなかった、マイクロドローンの死骸だ。

 減った分は補充しなければならない。

 我々の生産プラントは常にマイクロドローンを作り続けている。

 消耗品なのだ。

 だが、君の家に伝わってきた減らないロウソクは違う。

 オリジナルサンタクロースのマイクロドローンはロウソクを忠実に摸したオブジェを構成した。そのまま機能停止し、擬態固定してしまえば、最後に燃え尽きるまでそれがロウソクによく似た別の何かだと疑われることもなく、消耗し、消滅していただろう。

 しかし“減らない”という原則の元に構成されたロウソクは、減らないために構成要素であるマイクロドローン自身を自家生産し、損耗分を補充し続ける必要があった。

 我々が理解している限り、マイクロドローンにそんな能力はない。

 そもそも、自家生産するための、その原料はどこから調達している?

 生産する為のエネルギーも必要だ。

 それはどこから得られる?

 ロウソクに擬態させるだけなら我々にもできる。

 だが、減らないロウソクを作る方法など想像もつかない。

 1945年の当時の人にとって我々の技術はオカルトだが、その当時オリジナルサンタクロースによって実現された技術は、我々にとってオカルトとしか思えないものだ。

 我々は当時オリジナルサンタクロースによるプレゼントの幾つかを入手し、分析しているが、それらを構成しているマイクロドローンの全ては機能停止し、固定化された物だった。

 機能停止ししている為、具体的な検証もできないままで、分かったことといえば、それが我々の使っているマイクロドローンと似て非なるものだということだけだった。

 現存するなら、活性化状態で固定化されていないと思われる減らないロウソクのマイクロドローンに期待していたのだが……。


「どうやらそれは今、君の体の大半を構成する為に使われているようだ」

「え?」

「君の家で爆発があったとき、その場にあった減らないロウソクを構成する活性状態のマイクロドローンの群体は、強制的にその結合を解かれたと思われる――――今、君の体は、その半分以上がマイクロドローンで構成されている」

「え、俺の体がなに?」

「君の体を走査した結果だ。そのガス爆発で焼失した家と一緒に、君の体もそのほとんどが吹き飛ぶはずだった。いや、実際吹き飛んでバラバラになったのだろう。だがマイクロドローンが君の断片をかき集め繋ぎ留め、不足分を構成した。いや、割合的には、マイクロドローン群に君が取り込まれたと言ったほうが良いだろう。今の君はそのような体になっている」



 爆発は、無音だった。

 窓枠を覆い、エアコンを構成していた白い壁が大爆発を起こしたように弾けた。

 轟音を伴ってしかるべき大爆発に思えた。だが、音はしなかった。

 世界から音が消えたような、そんな不自然な爆発だった。

「コウゲキ ヲ ウケマシタ。ボウエイ ジッコウ カイシ」

 ロボトナカイが報告する。爆音が未だ鳴り響いていてもおかしくない状況。世界から音が消えたわけではなく、やはり爆音がしない爆発だったようだ。

「一三ドローングン ゼンメツ シマシタ」

「タイショウ イガイ ノ ヒガイ アリマセン」

「セキュリティ レベル ヲ P1 ニ イコウ シマス」

 すっかり冷えていた部屋にねっとりとした熱風が流れ込む。

「シュラ君!来て!」

 サンタ女が切迫した表情で、山田修一の手を引く。

「エアコンは一時的な利用のつもりだったので、セキュリティをかけていませんでした。そこを狙われたようです」

 焦った表情のサンタ女が、エアコンが爆発した理由を早口に説明する。

「オフライン機器だったので油断していました。流用した既製品の制御基盤にファームウェアのオンラインアップデート機能が存在していたみたいで、そこから侵入されたようです」

 終始状況を把握しきれずに居た彼は、その中での新たな異常事態に戸惑ったまま、サンタコス女――佐々木陽子――に促されるまま、窓の外のサンタのソリに押し込まれた。

 ソリに積まれたたくさんのプレゼント袋の中に埋まる。

「衛星監視を遮蔽してください!」

 陽子が叫ぶと、修一を取り巻く袋が次々と口を開き、その中から白い煙が次々と流れ出し、霞のように周囲を薄く広く覆った。

 霞が、瞬間、濃く白く濁る。一瞬で霞が霧に変わった。外気が一気に下がる。

「周囲の擬装を維持したまま海上へ!」

 切迫した陽子の声とは裏腹に、サンタのソリはシャンシャンと鈴の音を鳴らしながら、ゆっくりと空を走り出した。


「ゆっくりかよ!」

「そのままですか。突っ込みに工夫が見られませんね」

 背筋をスッと伸ばし、トナカイの手綱を操りながら、前方をまっすぐ見つめたままの陽子が言う。

「他に言いようがねぇよ!……!って、ダメ出しかよ!」

「高速で移動すると、擬装が追いつきませんので」

 シャンシャンとソリは進む。

「擬装ってこれのことかぁ?」

 手をグルグル回してみる。周囲に漂う霧は、霧以外の何物でもないように思えた。

「先ほど破壊された熱交換器と同じです。幸い高温多湿の熱帯夜ですから、結露ができやすくて助かります」

「マイクロドローンとやらがこの霧なんじゃないの?」

「マイクロドローンは追随してきていますが、霧自体はマイクロドローンの熱交換でできた結露なのですよ。私たちは霧――雲――の中に紛れて擬装しながら敵の監視を欺き、逃走中です」

「敵って?」

「それがわからないのです。敵からの積極的な攻撃はほとんどありませんし。私たちが何か行動を起こさない限りは、ですが。攻撃というより嫌がらせに近いかもしれません。ただ、君の家の爆発……あれは、私たちの関知しないところで起こりました」

 いつの間にか、霧の向こうに薄ぼんやりと流れていた街並みが消えた。

「海上に出たようです。潜ります」

「潜るって……」


 ソリに積まれた袋の口が次々と開き、周囲から集まった煙が吸い込まれてゆく。

 袋に戻らなかった煙が帯状に集合する。

 暴風に翻弄される包帯のように、空中で白い帯が不規則に舞い踊る。

 その先頭が加速し、連なる帯が引かれ……。

 帯の先頭が身をよじるように急旋回、連なる帯がそれに続いて捻じれていく……。

 シャンシャンと海上を走るソリを白い帯が旋回しながら包み込む。

 繭?葉巻?先端は鋭く、ドリルのようだ。

 それはゆっくりと加速を始め、やがて高速回転を始めた。

「潜航!」

 海面にドリルの先端が触れる。

 触れた先端から渦が広がっていく。

 渦の中に溶けるように、ドリルが、繭が、ソリが海中へと没していった。



 高速回転するドリル繭を内側から眺めていると目が回りそうになってきたので、視線を反らした。

 ソリの荷台は御者席の前にある。つまり、荷物の袋と一緒に荷台に放り込まれた俺の後ろに、陽子が鎮座していた。

「なぁ、なんか勢いでついてきちゃったけど、俺も逃げる必要あったの?」

「むしろシュラ君を逃がす必要があったのですよ。まあ、オリジナルサンタのマイクロドローンの行方が、既に向こうに知られているとは思えませんけど、いずれはバレていたでしょう」

 手のひらを見つめ……、握って、開いてみる。

「自分が一度バラけたとか実感ないけどなぁ」

「緊急回避的に簡易的に繋ぎ合わせたのでしょうけど、オリジナルの性能は想像を絶しますね」

「?」

「シュラ君の家が爆発してからどのくらい経ちます?」

「去年の今頃……もうちょっと前か。一年弱かな」

「それからずっと生体部分の生命維持をしつつ、自身も自己増殖しながら新陳代謝をし続けているのですよ。巣箱もなしに、です」

「巣箱?」

「これです」

 陽子がソリに山積みされた袋を指さす。

「箱じゃねーよ!袋だよ!」

「この袋一つ一つが、マイクロドローンの群れの巣箱……」

「スルーかよ!」

「……それぞれに、二個体ずつ統括コアが入っています。嬢王蜂のようなものだとご理解ください」

「昆虫みたいだな」

「そうですね。そしてそれはそれぞれの巣箱で修復が可能です」

「修復?」

「修復のみ、です。修復不能で損耗した分はベースキャンプにあるプラントでの生産物を補充するしかありません。そう、マイクロドローンによる構成物付近に袋が付随している状態だったとしても、袋から補充できるのは残存個体のみ。減っていく一方です。だからこそ、オリジナルの性能は驚嘆すべきものなのです」

「空飛ぶソリで十分驚嘆モノだけどなぁ」

「現在の応用科学的にはちょっと難しいかもしれませんね。基礎科学的には不可能ではないです」

 何か難しい話になってきたなと思ったけど、それを語っているのがサンタコスの黒ギャルだったことを思い出したら、なんだかみじめな気持ちになってきた。あ、でもこいつクラス委員長とか言ってたっけ……。

「統括コアは修理設備ではありません。無数のマイクロドローンの群体を制御統括するための頭脳です。修理も統括コアが行うわけではなく、統括コアの制御の元にマイクロドローン同士で行わせるものです。消えないロウソクを構成していた活性化したままのマイクロドローン……そして今のシュラ君を構成するそれには、統括コアに相当する専用の頭脳が存在しません」

「それはかなり不思議なことなんだろうね」

「全体をどのように統括しているのかさっぱりわかりませんね。いずれにしろ調査すれば何らかの仕組みは解明できるでしょうし、我々のシステムのアップグレードも可能かもしれません」

「俺の体を調べるってこと?解剖とか?」

「シュラ君のマイクロドローンとの交信が可能であることは先ほど確認できましたから、そんな必要はありませんよ。安心してください。ただ、緊急に構成されたのは間違いなさそうなので、可能であれば調整させてください。シュラ君の意志でコントロールできるようになるかもしれませんよ」

「コントロールって?」

「我々のマイクロドローンにとっての統合コアをシュラ君自身が代行している可能性が高いと思います。やはり頭脳なしで無数のマイクロドローンが秩序だって制御できているのは不自然ですし。理屈がわかればコントロールも可能です。私たちのマイクロドローンの巣箱に該当するものが、シュラ君自身なのかもしれません」

 白い袋になった自分が、サンタコスの黒ギャルに担がれている様子を想像すると、またみじめな気持ちになってきた。

「今、どこに向かっているんだっけ」

「我々のベースキャンプです。設備が整っていますので、一度そちらで落ち着きましょう」

「遠いの?」

「かなり高速で移動中ですけど、水中ですからね。それなりに時間はかかります。飛んでいけばすぐですけど、探索域を絞り込んで監視精度あげていると思われますので……。もうしばらくおまちください」

 ロボトナカイのコクピットからぬいぐるみトナカイがモソモソと這い出してきた。

「到着まで、彼女の話をしよう」

「出たなイケメンボイス」

「そろそろライトと呼んでもらえるとありがたいのだが……まあ、おいおい慣れていただければ良い」

「りょーかい」


――我々のシステムが本番稼働したのは、およそ二年程前だ。

 我々はクリスマスに向けて早速プレゼント配達先になりうる良い子の探索を始めた。

 だがその結果は先ほど話した通りだ。

 最初のクリスマスには間に合わなかった。

 何が間違っていたのか。何を探せば良いのか。

 我々は良い子探索中に蓄積した全ての子供の願いを洗いなおした。

 そして、特異な一人の人物を再発見した。

 佐々木陽子。彼女だ。


「こいつが良い子だったっての?」

「そうではない。我々は未だに、良い子というものが何かわからない」

「じゃあこいつが、なんだっていうのさ」

「彼女だけだったのだよ。サンタにプレゼントを求めたのではなく、サンタそのものになりたいと願ったのは」

「は?」

「私はつい最近までサンタクロースを信じていました」

 陽子が口を開く。


――おかしいですか?そうですね。そうかもしれません。

 両親が徹底していたのですよ。一年に一度、娘にいかに説得力を持ってクリスマスを迎えさせるかということにね。

 家に暖炉があったのですよ。床暖房もエアコンもあるのに。今から思うと、それもサンタクロースに説得力を持たせるためだったのかもしれません。

 今となっては、真実はわかりませんが。

 二年前、その両親は外国で死にました。

 途上国のインフラ整備に努めていたといいます。

 他国の貧困を解消するための事業です。

 私は、両親の仕事が誇りでした。

 皆に感謝される素晴らしい仕事だと思っていました。

 実際、多くの人々に感謝されていたことは間違いありません。

 家には様々な言語で記された、たくさんの感謝状が飾られていました。

 両親は彼らにとってのサンタクロースだと思いました。

 様々な人種の大勢の人々と一緒に写った笑顔の写真がたくさん飾ってありました。

 その笑顔は両親にとっての素敵な贈り物だと思いました。

 だけど父は、母は、その国のテロリストに殺されたのです。

 万人の感謝を得られるものでは無かったのかもしれません。ですが、恨まれる程のことだったのでしょうか。

 殺される程のことだったのでしょうか。

 両親が死んだその年のクリスマスから、私のところにサンタクロースは来なくなりました。

 心の底から願ったプレゼントを……両親を届けてはくれませんでした。

 しばらくして私は、それが……サンタクロースが、両親だったことを知りました。

 サンタクロースなど、存在しなかったことを知りました。

 しかし、だからこそ、それは間違いだと思いました。

 だから、故に、サンタクロースは存在すべきだと思いました。

 両親はあの国でサンタクロースとは認められなかった。

 でも父が、母がしてきたことが間違いだったとは思えない。

 間違いだった筈がない。

 私は彼らに聞きたい。両親を殺した彼らに問いただしたい。

 あなた方が欲していたものは何だったのか。

 そして届けたい。彼らに、彼らの満足できるプレゼントを。

 誰もから笑顔で受け取ってもらえるプレゼントを届けたい。

 そんな、サンタクロースになりたい。

 と。

 すみません。ちょっと熱くなってしまっているようです。ごめんなさい。

 ライト……後お願い。


――完全に行き詰っていた我々は、彼女を発見したことに驚喜した。

 もはや我々の存在意義に関わる状況だった。

 単純な話の筈だった。

 良い子を探し、良い子の求めるプレゼントを配る。

 その為に、現時点での最高技術をはるかに上回るオーバーテクノロジーを用いる。

 有り余る力を行使する。

 だが、その力を持て余していた。

 そもそも、使いどころが全く見えない状況だった。

 しかし、我々の他に、サンタクロースでありたいと願うものがいたのだ。

 我々は飛びついた。

 彼女に協力を求めた。

 もちろん、二つの頭脳の対話によるタンデム・ディープラーニングによって思考するAI。我々『おしゃべり魔女』が結論を出せない物に、人間の頭脳が一つ加わった程度で、性急に物事が進展するとは思っていない。

 ただ、停滞した状況をなんとか是正したいという判断だった。

 そんな中、我々は、我々に敵対する勢力の存在に気が付いた。

 敵対するといっても、直接攻撃してくるというようなものではない。そもそも、敵は当初我々の存在に気が付いていなかった。

 彼らの攻撃対象は、サンタクロースの存在そのものだった。

 サンタクロースをおとぎ話の類いに貶めるための策略だった。

 かつて実在する奇跡として、世界中に認識されていたそれは、今では年末のイベントの一つとしてしか認識されていない。

 だが、かつて、それは確かに存在したのだ。

 我々を構築した男が、その奇跡を引き継いだはるか昔から、サンタクロースは存在し、活動をしていた。

 1945年。

 オリジナルサンタクロースの活動が記録された最後の年だ。

 山田修一君。君の先祖に、減らないロウソクが届けられた年だ。


 いつの間にかソリの周りに展開していたドリル繭は消滅しており、ソリは断崖を駆け上っていた。

「もう少しで到着します」

 陽子は未だ興奮状態で、顔が上気していように思えたが、そもそもガングロなのでよくわからなかった。



「おっかえりー!」

 とんでもない美少女が吹っ飛んできた。

 ピンク色の長い髪をたなびかせ、ピンク色のフリフリしたドレスの長いスカートをたくし上げながら、その少女は駆けよってくる。

 腰までの髪が、まるで重さが無いかのように、ふわふわと舞う。

「ライトぉ~。ライトライトライト!」

 ロボトナカイの首に飛びつき、抱きついた。

 そのコックピットがゆっくりと開き――

「相変わらずレフトは騒がしいな」

――ぬいぐるみトナカイが、やれやれといった風で顔を出す。

「キャー!久しぶり!キャーライトだライトだぁ~」

 ぬいぐるみトナカイを抱きしめると、ぴょんぴょんと跳ね回る。

 それは、少女がただ、ぬいぐるみを抱いてはしゃいでいるだけの風景にしか見えなかった。

「あ、陽子もお帰り」

 ぶんぶんと手を振る。

「およ?見たことない男の子。誰?」

 見上げるようにチラリとこちらを見て、すぐに陽子に視線を向ける。一瞬あった視線は、見たことのない銀色の瞳だった。

「ただいまレフト。ちょっと長く空けちゃったね。ごめんね。彼は今回の成果。ライトのレプリケーションが終わったら、情報共有してもらって」

「やた!ライト行こ!」

 パタパタと駆けていく。

「レプリケーションが終わった後だぞ……」

 少女にかっさらわれた、ぬいぐるみの低音イケメンボイスが遠ざかっていった。

「あれってもしかして……」

「はい。あれはタンデムAI『おしゃべり魔女』を構成する2つの思考ユニットの片翼『レフト』。そのヒューマノイドインターフェイス端末としての擬体です」

 ぬいぐるみトナカイに相棒がいることは薄々感づいていたが、同じようなぬいぐるみのトナカイがもう一体いるものかと思っていた。

「に、しても、形、違いすぎね」

 そう言うと、陽子と口元だけでフフと笑った。

「私も着替えてきますね」

「え?着替えるの?その衣装ってぶそう戦闘形態みたいな物で、こう、パーっと、変身!みたいな感じで解除できるとか、そんなのじゃないの?」

「ただの服ですよ」

「ただの服かよ!って、コトは好き好んで着てるのかよ!」

 本当にただのサンタコスだったようだ。



 その部屋は、大部分を巨大な二組のコンピュータによって占拠されていた。

 コンピュータ群の隙間を縫うように無秩序に置かれたスチール棚。その中に乱雑に収められた書類の束やパンチカード、マークシートや紙テープが、その棚から零れ落ちて床に散乱しており、機械的な秩序をそれらが蹂躙しているようだった。

「ごめんなさいね。散らかってて。データ変換がなかなか進まなくて、整理もままならない状況なのです」

 現れたのは、白いセーラー服に着替えた陽子だった。

 こうして見ると、黒ギャルというよりは、健康的に日に焼けているだけの普通の女子高生に見える。

 真っ赤なサンタ帽の印象しかなくて気が付かなかったが、ショートカットが似合う運動会系にも思えた。

「水泳部の部長なのです」

「文武両道かよ!」

 黒ギャルサンタコス女が、クラス委員長で水泳部の部長という完璧超人かと思うとクラクラしてきた。

「おまたせぇー」

 キンキンと響くレフトの声。

 彼女とともに現れ、彼女がぶら下がっている腕の主は、白髪の老紳士だった。

「ライトの今日までのレポート、インポートすりゅう」

 そういうと、レフトはその老紳士の唇に吸い付いた。

「あの……あの気立てのいい老紳士って……」

 離れた二人の口と口の間に、白いケーブルが渡っていた。

「ライトのヒューマノイドインターフェイス端末ですよ」

「ああ……って、もしかしてレフトもぬいぐるみ形態あるの?」

 会話に気が付いたレフトがライトに抱き着いたままこちらを向く。ケーブルがパスタをすするように、スルリと口の中に吸い込まれる。そしてニッと歯を見せて笑った。

「あるよー」

 ライトから離れて、こちらに対峙したレフトの額に横一文字に黒い線が浮き上がる。その線から光がこぼれる。

 額が割れて、頭の上半分が後ろに倒れこむと、そこに収まっていたピンク色のぬいぐるみトナカイが、両手を広げて

「ヤッホー」

と、叫んだ。


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