模擬戦闘、開始
観客席で空と陽介が話していると、受験者とAランクの請負人が出てくる。観客席からは下で戦っている所が見える設計になっているので、何が起こっているのか分かりやすい。
出てきた受験者は少しおどおどし、反対に請負人は堂々としていた。さすがはAランクだ。風格が違う。
お互い所定の位置に着き、試合開始のベルが鳴った瞬間。
受験者は蹴り飛ばされ、場外に出た後壁に激突した。腕の骨は粉々だろう。どんなに相手が弱くても、容赦はしないという事らしい。
そして請負人は、相手を気遣う様子もなく控え室に入っていく。どうやら、一回一回交代するようだ。
二人目、三人目、四人目と、どんどん倒されて行き、柚希の番が回ってきた。
柚希は、相手との力の差をよく理解していた。まず勝つ事は出きない。
ならば、やることは決まっている。合格のために、自分の力を精一杯出しきるだけだ。
試合開始と同時に、相手に殴りかかる。柚希は自分でもなかなか速く、良い一撃だと思った。
そんな一撃も、小指で簡単に受け止められた。
「他の受験生に比べれば良い方ですが、そんなものですか。殺意が足りてませんね。本当なら吹き飛ばしている所ですが、あなたは良い目をしています。その目に免じて、時間をあげましょう。降参するための、ね」
あからさまな挑発だ。とても腹が立つが、どうやらもう一発殴らせてくれるようだ。
「なめないで下さい!」
柚希の二発目の殴りが相手に当たる。その一撃は見えない程に速く、辺りに爆音を響かせた。
「やったか!?」
観客である受験者全員がそう思った。
だが。
「少しはマシになりましたが、まだまだですね」
全身全霊の殴りを余裕で避けられた後、柚希は蹴り飛ばされ、他の受験者と同じように壁に激突した。
圧倒的な強さだ。柚希が住んでいる町では、柚希はいつだって速さでは負けなかった。大人にも驚かれた程だ。
そんな柚希でも、Aランクには勝てない。
いや、勝ち負けの前に、勝負にもなっていなかった・・・
だが。うまく行けば。あの人なら。
空なら、勝てるんじゃないだろうか。
頑張れ、空。
それが、朦朧とする意識の中で最後に柚希が考えた事だった。