宝石
獣は爪が折れて一瞬怯んだが、すぐにその光る目でこちらを向き、睨み付けてくる。
戦うしかない。この力はいつまでも続くとは限らないし、1つ気になる事もあった。それに、このままだと陽介の身も危ない。まずは陽介にどいてもらおう。
「陽介、山を下りて、下で待ってて。すぐ戻る」
「でも・・・」
「いいから急いで!」
「・・・わかった。絶対に生きて帰ってこいよ」
「もちろん」
陽介に返事をした後、俺は両手を拳にならない程度に軽く曲げ、ファイティングポーズをとった。前に両親に教わったのだ。
体勢を整えたあと、獣と向かい合った。
先に動いたのは相手だった。真正面から殴りかかってくる。俺は両腕で攻撃を受け止めた。
丈夫さだけでなく、動体視力も強化されているようだ。かろうじて動きが見えた。
それにしても、速い。おそらくさっきまでは手を抜いていたのだろう。速さだけでなく、威力も段違いだった。
次の一撃が来る。また真正面からだ。
今度は連発だった。一発なら受けきれたが、さすがに何発も来ると対応できない。吹き飛ばされ、後ろに生えていた木に叩きつけられる。
一瞬息が止まり、その場に倒れてしまう。数分は動けそうにない。
幸い、連続で攻撃し続けた相手も息切れしている。少しは休めるようだ。
相手を警戒しつつ2分程休み、呼吸も整ってきた。やることは決まっている。リスクは少々高いが、やるしかない。
相手の息も整ってきたので、もう時間は無い。
間合いを詰めた後、右腕に意識を集中させ、殴りかかる素振りを見せると、相手はそれを防ごうとして、右腕を守りに回す。
でも、俺の狙いはそっちじゃない。
拳の軌道を変え、相手の右腕のあった地面をありったけの力で殴る。強い衝撃を受けた山は一瞬で粉々になり、残された俺達は重い方から、つまり獣から先に落ちて行く。
この時を待っていた。確信は無かったが、獣から落ちて行く気がしていたのだ。
上を取る形になった俺は、無防備な相手の体を殴り付けるだけだ。重力も見方してくれる。
もう一度右腕に意識を集中させ、残る力を振り絞り、拳を降り下ろす。ゲームセットだ。
「もらったぁぁぁぁぁぁああああああ!」
抵抗する術も無く渾身の一撃を食らった獣の体は弾け飛び、周囲に赤い雨が降り注ぐ。
「終わった・・・」
血の雨が止み、助かったという事を認識した途端に、とてつもない疲労感が僕を襲う。体の節々が痛い。特に右腕。少し休まないと立てそうにも無い。
地面に座って休んでいると、陽介がこちらに向かってきた。
「空、大丈夫か!?」
「大丈夫。あと2分休ませて」
「わかった」
獣の攻撃を受けた後でも2分でなんとかなったんだから、大丈夫だろう。
少し待っていると、だんだん体の痛みが引いてきた。
あることを確認しようと思い、立ち上がると、陽介が謝ってきた。
「ごめん、空。許して貰えるとは思ってないけど、謝らせて。本当にごめん。」
「いや、俺だって行こうって言ったんだし、気にすんなよ。俺も気にして無いから!」
それは、陽介を慰めようとしてかけた言葉ではなく、俺の本心だった。
「ありがとな、空。」
そう言って陽介は涙を拭うと、話題を変えた。
「でもさ、結局宝石なんて無かったよな」
「いや、あったけど?今から確認しようと思ったとこだったし」
「でも、山が崩れた時にも無かったぞ?」
「噂では、山にある、って事だったんでしょ?じゃあ、その山を崩しても出てこないって事は、山本体には無いって事」
「どういう事だ?」
「あの獣の目、やけに綺麗に光ってなかった?」
「まさか、あの獣の目!?」
「ビンゴ!」
血の跡を辿っていくと、すぐに原型を留めていない獣の頭が見つかった。
目玉は地面に転がっている。
「ほら!やっぱり宝石じゃん!」
「スゲー!むちゃくちゃ綺麗!」
「もう夜だし、俺の家に持ち帰って加工しよう!」
「だな!」
二人は急いで暗くなった森を出ていった。