全ての始まり
魔法が発見されてから百年。徐々に広まっていった魔法は、今や全人類の70%が使うことができる。
もちろん、現状、世界最大の国、カーライル王国にも魔法は広まっている。
そのカーライル王国の首都、レイスの外れの村に住む、落合 空の両親、落合 一也と落合 令は、特別優れている訳でもないごく普通の魔法使いであり、この国では《請負人》と呼ばれる職業に就いている。
請負人は、その名の通りに依頼を受けるだけでなく、国にとって重大な害になると思われる者を拘束し、治安維持部隊に渡したり、領土にはなっていても、まだ調査が行われていない洞窟を探索したりと、様々な働き方がある。
その請負人の中で落合夫婦がどれぐらい普通かというと、全請負人約三万人中、父、一也が8326位、母、令が10859位、ランクは上から、X, S, A, B, C となっている内、夫婦二人ともBランク、といった具合だ。
だが、空には何故か、他を圧倒するほどの能力があった。
その能力が出てきたのは、七歳の時。
「オッチー、遊ぼーぜー」
一番仲の良い友達、咲村 陽介の誘いに、空は「おっけー」と返す。今日は早めに学校が終わったし、時間には余裕があった。ちなみにオッチーとは、空の名字からとったあだ名である。
空と陽介は気が合うし、お互いの両親の職業が同じなので、わかりあえる事が多い。だから、空と陽介はいつも一緒にいる。
「どこであそぶの?」と聞くと、陽介はとんでもない答えを返してきた。
「森に決まってんだろ」
「は?森ってまさかあの森じゃないよな?」
「そのまさかだよ。」
「あの獣がうじゃうじゃいる森?」
「もちろん!」
「アホか!死ぬわ!」
いつもはおとなしい空だが、この時ばかりは大声を出してしまった。
森にはいつも獣がうじゃうじゃいて、村の大人にも近寄るなとうるさいほど言われてきた。
昔、その森に入って行ったBランクの剣士五人の団体が、一人を残して全滅してしまった程だ。そんな所に入るだなんて、正気ではできない。しかも、入ろうとしても塀がめぐらされていて、唯一の扉は固く閉ざされている。一体陽介は何を考えているんだろうか。
「実はな、村長が鍵を落とした時に、鍵職人に頼んで合鍵を作ってもらったんだ。もちろんその後で鍵は返したから気づいてないはずだぜ?」
「いやお前なにしてんだよ!」
「まあ気にすんな。こっからが重要なんだよ。それで、その鍵を開けて、毎日肉を放り込んでたら、水曜日だけ肉を食べる音がしないんだ。何週間も続けたが、決まって水曜日だけは静かなんだよ。つまり、水曜日はあいつらが眠ってるってこと。今日は何曜日だ?」
「水曜日だけど・・・」
「そういうことだ。そんじゃ、森に眠る宝石取って、俺らの思い出にしよう!」
そういえば、森に大量の宝石が眠っているという話は聞いた事がある。陽介は嘘はつかない性格だし、水曜日に獣が眠るという話も本当だろう。そして、『二人の思い出』というのも魅力的だった。
しばらく考えて出した答えは・・・
「わかった。一応ナイフと食べ物も持ってくる。」
イエスだった。
いつもは大人しくしている空だが、たまには羽目を外してみたくなるものだ。それに、将来は両親と同じく請負人になるつもりなので、今のうちにどんなものか体験しておきたかったのである。
話しているうちに、空の家が見えてきた。
「そんじゃ、家にかえってすぐに森に集合な。」
「了解。森に集合な。」
それだけ話してすぐに家に入った。空の家から陽介の家までは歩いて二分もかからない。それだけ近ければ森に着くのはほとんど同時だろう。
両親は今日も依頼が来ているようだった。家には誰もいない。
冷蔵庫を開けると、「今日は家に帰れないと思う。温めて食べて。」と書かれた紙の下に、二つおにぎりがあった。それを暖めつつ、急いでもう二つおにぎりを作る。それと台所にあったナイフ二本を鞄にいれ、急いで家を出る。
走って森まで行くと、既にそこには陽介が立っていた。息も整っているので、かなり前にここに着いていたのだろう。それだけ早いという事は・・・
「お前、何も持ってきてないだろ」
「あ、食べ物とナイフ忘れた」
「全部じゃねえか!なんで鞄だけ持ってんだ!」
「雰囲気?(笑)」
「これっぽっちも笑えねーよ!死ぬ気か!」
「まあ落ち着け。お前の事だしどうせ二人分持ってきてんだろ?」
・・・なんかものすごいパシリに使われた気がするが、実際、空は陽介が忘れるだろうと思って食料も二人分用意したし、ナイフも二本持って来ている。怒っていても仕方がない。空は陽介におにぎり二つとナイフを渡した。
「さっすがオッチー!ありがとな!」
「次遊ぶ時には持ってこいよ」
「ああ、気をつけるよ。そろそろ行こうぜ。鍵だけはポケットに入ってるからな。」
「そうだな。」
そして、ガチャリ、という音をたて、扉が開き、二人は中に進んで行く。
そこに何が潜んでいるのかも知らずに。