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離れて気づく感情

 平和だなぁ。実に平和で平穏である。


「えっ、本当? 紫穂ちゃん、皆守先輩にフラれたの?」

「らしいよー。学年中で噂になってるもん」


 ヒソヒソ話の声デカイなー。本人に聞こえちゃってますけど? もっとちゃんとヒソりなよ。

 あんまり話したことのないクラスメイトたちが、遠巻きに私の噂に花を咲かせている。もう慣れたし、別になんとも思わない。何も知らない人たちが噂を頼りに憶測を広げてるだけだもん。


「なー、本当は何があったんだよ?」

「こういう手合いが一番厄介だよ」

「え? なに? 聞き逃した」

「なんでもない」


 たっくんは噂をネタに遊ぶタイプじゃなく、本人である私に面と向かって真実を聞いてきた。なんて面倒な……。


「みんなさ、中川が髪切ったのと、皆守先輩がうちのクラスに顔見せなくなったのが同時だから、どうしても結び付けたいんだよ」

「へぇ、そうなんだー」


 まぁ、無関係じゃないからね。

 私の頭は今、2年ぶりのショートカット。あの一件でばっさりいってしまったので、こうするしかなかった。

 別に髪の長さ自体はもう気にしてないんだけど、長かった髪を突然切ったことで不要な噂を生んでしまったらしい。


 ――皆守先輩にフラれたショックで、中川紫穂は髪を切った。


 んなわけない。フラれるも何も、私別に皆守先輩のこと好きじゃないし……。


「……ふぅ」

「そうそう、あとそれも」

「んー、何?」

「ため息吐くようになったよ、中川」

「えー、たまたまじゃない?」

「いいや、先輩が来なくなってからだ」

「なんでそんな断言出来るわけ?」


 そう聞くと、どうしてかな、たっくんは胸を張って得意気になった。


「先輩が顔見せなくなった先週の金曜日で20回。休み明けの月曜日18回。で、今日は今ので3回目だ」

「ひとのため息数えてんなよ。気持ちわるぅ」

「珍しいんだって。俺、中川がため息吐いてんの今まで見たことなかったもん。……中川ってさ、ダルそうにしてるけど感情と行動に矛盾ないだろ?」


 んん? 後半、なんの話だ?


「まー……確かにやりたくないことはやらないし、やりたいことはやるからねー」

「だからだと思うんだけど、2年間同じクラスだったのにため息を見た記憶ないんだよな」


 んー、私ってそんなにため息吐かないのかな? 自分じゃよく分からないや。


「あともう一つ!」

「な……なんだ、危ないな」


 ズビシィッ、と人差し指を眉間に突きつけられた。……目に入るかと思ったじゃん。


「眉間にしわ」

「は?」

「だからさ、眉間にしわがあんの。それもため息と一緒で金曜から」


 眉間に手を当てると、確かに眉が寄っている。


「そんな風に様子が変わるほどのことがあったんだろ? 一体なにが……あ、噂をすれば……」


 ポケットからスマホを取り出したたっくんは画面を確認するとそんなことを言った。


「皆守先輩?」


 皆守先輩、と言葉にするのが久しぶりで、なんか変。ついこの前まで普通に呼んでたのに、数日空いただけで言い方を忘れてしまったみたいだ。


「……」

「たっくん……?」


 画面に目を落としたまま、たっくんはなにも言わない。その顔が険しくて、なんとなく嫌な予感がした。


「皆守先輩が……」

「なに?」

「事故にあって、今病院だって……」

「え……」


 事故? 病院……?


「せ、先輩が……」


 嘘だよね……。

 情けなく声を震わせる私の肩に、たっくんはぽんと手を置いた。


「正門側の坂道上ったとこにある総合病院に搬送されたらしい。走ればすぐだ、一緒に行こう」


 私が頷くより早く、たっくんは私の手を引いて走り出した。




 切羽詰まった坂道ダッシュを余儀なくされ、病院が見えてきた頃には汗だくだった。

 ちなみに今私は一人で走っている。たっくんが財布忘れたと言って、いったん学校に引き返したからだ。

 部外者の私が一人で皆守先輩のところに訪ねて行くのは少し気まずいけど、それよりも先輩の容体が心配でしょうがない。

 事故って言ってた。どんな規模の事故で、先輩の怪我の程度は? まさか命に関わるなんてこと…………やだ! そんなの絶対嫌だ!

 汗か涙か分からない雫で顔を濡らしたまま、病院の中に駆け込んだ。

 涙で視界がボヤけていたのが悪かったらしい。ドアのすぐ向こうに人がいたのに気付けなくて、思いきりぶつかってしまった。


「……っと、大丈夫?」


 相手の人に支えられて転ぶのをこらえられた。


「だ、大丈夫です。すみません」


 泣いているのを見られないように顔を下げてしまったから、たぶんすごく感じ悪い人になったな。


「本当にすみません」


 もう一度大きく頭を下げてから中へと踏み出そうとした私の耳に、信じられない声が飛び込んできた。


「紫穂ちゃん?」


 えっ? 知り合い?


「は……?」


 首を巡らせ、瞬きを一つしてしずくを落とし、目の前にいる人物を凝視する。


「み、な、かみせん……ぱい……?」


 どうして? まぼろし? えっ、でも皆守先輩にしか見えないんだけど……。


「なんで、先輩が……?」

「それはこっちの台詞だ。怪我でもしたのか?」

「……っ先輩の、馬鹿!」


 ムカつく。心配して飛んできたのに、なんでこんなに元気なんだ!

 無事を確認したくて、勢いのまま先輩に抱き着いた。


「は? お、おい……」


 焦った声が上から降ってきたけど、気にしてやんない。


「すっごく、心配したんですよ……」

「な、なにをだ?」

「先輩が事故にあったって聞いて」

「はぁっ? 俺が事故っ? 誰がそんなこと言ったんだ?」

「誰って……たっくんが」


 ちょっと待って。なにかおかしい。先輩が元気なのは良かったけど、先輩自分が事故にあったって聞いて驚いたよね。


「先輩、事故にあって病院に運ばれたんですよね?」


 だからここにいるんだろうし。


「なんだその話。微妙に違う。俺が事故にあったんじゃなく、ハイスピードで曲がってきた自転車に驚いたご老人が転んで、その付き添いとして病院に来たんだ。相手の自転車はさっさとどっかに行きやがったし……一番近くで目撃したのが俺だったから、状況説明も兼ねてな」

「は? ……えっとー、じゃあ先輩は……」

「俺は無傷だ」

「ですよねー」


 当事者じゃないっぽいし。


「あ、ちょっといいか?」


 たっくん同様、皆守先輩もポケットにスマホを入れる派らしい。スマホを手にした先輩は、私に当たらないように少し横を向いていじり始めた。……って、私いつまで抱きついてるのっ?


「すみませェんっ!」


 うわ、抱きついてたのも恥ずかしいし、声裏返ったのも恥ずかしい!


「いや別にまったく構わないんだが」

「なんで心なし残念そうなんですかっ?」

「ははっ。動揺する紫穂ちゃんなんて珍しい。いいもの見れた!」

「くっ……」


 心配に始まり、走ったり泣いたりしたからな。平常心を失うのも当然というもの。けどもう安心したし、息も整ったから自分を見失ったりなんかしないけどね。


「……紫穂ちゃん、新井田に一杯食わされたな」

「たっくんからの連絡だったんですか?」

「ほら」


 スマホの画面に映し出されるメッセージ。そこには――。


 <中川病院に送るんで、仲直りしてくださいね>


 ほほう。これは、謀られたと言っていいようだ。ムカつく~、余計な気を回しやがって~!


「あとでどつく」

「感謝しないとな」


 私と皆守先輩は同時に正反対のことを言った。


「は……なに言ってるんですか?」

「紫穂ちゃんは確かにいい気分じゃなかったろうが、俺は……嬉しかった。俺の心配してあんなに慌ててくれるなんて思ってなかったからな」

「……」

「あら? 反撃がくるかと思ったんだけど」


 なにも言えない。だって思ってしまったから。


「めちゃくちゃ心配しました」


 気が狂うくらい心配した。心臓が破裂するくらい走った。他のなにも考えることができないくらい脳内が先輩で埋め尽くされた。

 こんな厄介な症状、知りたくなかったのに……。


「先輩にはいつも元気でいて欲しいと思ってるだなんて、自分じゃ気付けませんでした。不覚にも、こうしてたっくんがけしかけてくれたおかげで気付けたんです」


 先輩への気持ちを認めたら、心にあった重しがスッと消えた。

 あぁ、そうだ。たっくんが言ったことは正しい。私は先輩を失って気が滅入っていたんだ。


「私、やっぱり皆守先輩の友達やめたくありません。また泣くことになっても、それでも先輩を傍で見ていたいんです」


 一瞬目を見開いた先輩はすぐに淡く優しく微笑んだ。


「ヤバいな、すっげぇ嬉しい。俺も紫穂ちゃんが泣いても離したくなくなっちまった。……実はさ、会わなくなった数日で俺、後悔したんだ。なんでこんなに一緒にいたいのに、関係ない第三者のせいで離れなきゃいけないんだ、もっと違う選択肢もあったんじゃないか、って」


 力強く腕を引かれて、そのまま先輩の胸に顔をうずめることになった。抵抗しようなんて気にはならない。自分の心変りが面白くて、自然とにやけてしまう。


「もう離してやれねーから」

「離れろって言われても離れませんよ」


 結構自分本位な自覚があるからね。これは脅しなんかじゃない。絶対離れてなんかやらないんだから。

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