九話 最初からボス
音を置き去りにして飛来する十の長剣を、アインは伏せて回避し、壁に突き刺さった内の一振りを抜く。
剣の切っ先を呆然とする青年に向ける。
「実力差がわかってないのはどっちだろうな?」
「くっ!」
青年はさらに指を鳴らすと今度は薄い金色の金属——アダマンタイトが創造される
それは青年の手の中で形を変え、鋭い穂先を持つ槍になる。
青年は腕を大きく引き絞り、音速を超える速度、亜光速にも届き得る速度で投擲する。
だが、勝利を信じて揺るがないその表情は歪むことになる。
「遅い」
無傷で立つアインの前の床には、アダマンタイトの粉末が積もっていた。
剣で槍を受け止めただけ。本来ミスリルよりも上位のアダマンタイトを砕くことは不可能だ。
剣が壊れること前提で、風魔法で超振動させ、その衝撃でアダマンタイトを粉砕したのだ。
流石に刃が折れた剣を放り、l代わりとなる剣を壁から新たに抜く。
それをアダマンタイトの粉末に触れさせると、地魔法でコーティングする。
試しにそれを地面に突き刺した剣に振るうと、綺麗な断面図が露わになる。
「斬れ味良すぎるな。斬った感触が全然無い」
そうしている間に、青年は新たに灰色の剣を創ると、それを慣れない様子で持つ。
「『我が求めるは世界の停滞。無限の魔力を喰らい、時の流れに杭を打ち込め』—————『時間の神!!』」
灰色の剣を中心に景色がセピア色に染まり、あらゆる時間の経過が停止する。
「あははははっ!何が『遅い』だよ!時間を停めればどんなに速くても無意味だっつーの!」
青年はひとしきり笑うと、剣をアインの首に添えて、思い切り振り抜いた。
だが、そこには僅かにでも残る手応えが存在しなかった。
灰色の剣に罅が入り、崩れていく。それにしたがって、世界が時を刻み始める。
「なっ……なにが、あ……ああああああぁぁぁぁぁああああああああ!!」
突如として剣がボロボロに崩れる。それを持つ右手に視線を向けると、そこには剣どころか、肘から先が消えていた。
断面からは血が溢れ出し、止まる気配がない。
青年は経験したことのないほど壮絶な痛みに転げまわりながらも、試験管を創造し、その中の万能薬を飲み干す。
すると、腕の断面が蠢き、徐々に元の姿を取り戻していく。
徐々に引いていく痛みに安堵し、青年はまた万能薬を創造をしようとするが、再生していた部分がごっそりとアインに切断されることで中断することになる。
顔を汗と鼻水でぐちゃぐちゃにする青年を見下ろし、アインは口を開く。
「先に手を出したのはそっちだ。ま、命は取らないでおいてやるよ」
『 亜空経路』を、異常に強化された魔物の巣窟に繋げ、青年を放り込む。
「与えられた力で粋がってる転移者ってところか。ま、無限の魔力を失ったなら、もう創造魔法も使えなくなるだろうけど」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『無限迷宮』のある東部の反対側の西部には、賭博場や競売場、娼館などが建ち並んでいた。
既に夜の帳が下りていて、昼時にはない賑わいで溢れている。
「王都なんて言うだけあって、何でも揃ってるな」
迷宮を出てから図書館へ行ったり、道行く人々から聞いてみただけでも、この王都には闘技場や学園、研究所。大商店、温泉やプールといった多種多様な施設の存在が判明した。
未だ猫状態のアウルを撫でつつ、少し足を速める。
先ほどから、何者かにつけられているのだ。
やがて目的の建物が見えてくると、その中に入る。
途端に、花の香りを感じる。貴族も出入りする施設だからか、整備が行き届いている。
ここは競売場と呼ばれるドーム型の建物で、文字通りオークションが開催される会場だ。
オークションの開始時刻まではあと一時間ほど。
『出品』と書かれたタグがかかっている部屋に入ると、正装姿の男が笑顔で迎えてくる。
こちらはローブで顔も隠しているうえに、かなりの低身長だ。それなのに一切不快感を出さない態度は正直驚いた。
「これはこれは、出品のご相談ですかな?」
「そう……そうです。今からでも間に合いますか?」
「ええ、もちろんですとも。さ、お掛け下さい」
「あぁ、どうも」
男とテーブルを挟んで対面する形で、勧められたソファーに腰をかける。
相当に高級なものらしく、柔らかくてすぐに寝れそうなソファーだ。
「申し遅れました。私、トリスト・エンカーレスと申します。当競売場では、出品者は偽名を名乗ることが義務づけられていますので、お気をつけください」
これは個人を特定され、強盗などに襲われるのを防ぐためだろう。三百年前でもこの制度は存在していた。当然これだけだと容姿から身元はすぐ割れるため、大半がローブで身を隠していたが。
「それでは……リエル、と名乗らせてもらいます。早速ですけど、これを出品したいんです」
ミスリルの剣を鞘に、柱の芯として使われていたアダマンタイトを剣に、それぞれ魔法で加工して創った長剣が三振り。といっても、魔法で加工したので、鍛冶で加工した時ほどの実用性はない。その代わりに装飾を多めに付け、貴族にでも儀礼用として売り出そうと考えている。
「ほう……これは見事な……」
トリストは眼鏡の形をした解析用の魔導具で鑑定していく。
「素晴らしい逸品ですな。鞘のミスリルの純度は95%。刀身のアダマンタイトに至っては99%。これだけのものだと、合わせて最低でも億越えの価値があるでしょうな」
あの迷宮主はそんなものをバンバン創造していたのか。あまりにコスパが悪い魔力の運用だ。
「初期価格は……それぞれ百万セル。落札価格は三億セルでお願いします」
「ええ、わかりました。是非、他のオークションにもご参加ください」
書類に適当なサインと、血印を押してから部屋を出て、オークション会場への扉へ足を進めた。
名前思いつかなかった。
今回だけ!今回だけだから!