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もう一度

作者: 神崎理央

■説明

即興小説においてシステムの問題により投稿できないため、こちらに投稿。

お題:凛とした電撃

必須要素:芥川賞

制限時間:一時間

2016/03/13 神崎理央

盛者必衰の理をあらわす。

いや、自分は盛者であったかも分からない。

ぼんやりとした心持ちでタバコに火をつける。

どこの物とも知れない安い紙巻きタバコ。まるで今の自分を表しているようだった。

ふぅっと紫煙を吐き出すと、煙は紙と本が散乱した机の上を覆い、やがて消えた。


芥川賞。

日本でその名を知らぬものはいないであろう、文壇への登竜門。私は25歳にしてそれをくぐった。

マスコミはこぞって囃し立て、編集者たちはなんとかパイプを作ろうと接触してきた。

若かった私はこれからの未来に胸をときめかせた。

ヒット作を連発する自分。あらゆる連載に忙殺される自分。きっとそんな未来が待っているのだろうとばかり思っていた。

そして15年の月日が経った。私の手元には何一つとして形を成した物がない。

当初は物珍しさから騒いでいた世間もすぐに静まり、私の作品を出しても売れないと分かった出版社はそろりそろりと私から離れた。

そして私自身も何も書けなくなってしまった。

書きたいかどうかも、分からない。

ただこれしか出来ない。それだけのことだった。

ぼうっと感傷に浸っていると、ぱさりと灰が机の上に落ちた。もう何年も掃除していない。

私はため息をつくと、小さな出版社から依頼されたライトノベル作品の構想を描き出した。

まだ仕事があるだけマシなのだろうと自分を説得しながら、ペン先が紙の上を走り出した。


「すみません、担当の前田が入院しまして」

電話口で編集長は棒読みでそう言った。棒読みといってもわざとではない。弱小出版社なりに働き続けて疲労困憊しているのだ。

「そうですか。では代わりの人が?」

「ええ。ただ新人なので…先生の方はよろしいですか?」

新人という言葉より、先生という言葉が心にささった。

「大丈夫です。そもそもこの原稿が通るかどうかも分からないのでしょう?」

「恐縮です」

棒読みの中に微かな謝罪の意があった。

その新人とミーティングする予定を立てて、話を適当に切り上げる。

新人は、私が芥川賞を獲ったということを知っているだろうか。それとも知らされただろうか。

文豪になれなかった憐れな作家という目でまた見られるのだろうか。


「先生はライトノベルを書くべきなんです!」

件の新人は女性だった。この春、新卒で入社したらしい。喫茶店で落ち合い、一番安いブレンドを頼むと彼女は開口一番にそう言った。

「どういう意味かな?」

「今のライトノベルはあまりにも軟弱です!とりあえず可愛い女の子を出す。エロさを出す。主人公を最強イケメンにしておく。これで一本出来上がりです!」

きちんと切り揃えられた前髪を揺らしながら、彼女は熱弁する。

世の中のライトノベル作家が目をひんむいて怒鳴りそうな言い分だと思った。

「君の言い分が正しいかどうかはさておき、それで売れているのなら問題はないのではないかな?」

どんな物であれ、売れれば勝ちだ。例え高尚な内容だろうが、低俗だろうが、美しかろうが醜かろうが、売れなければ社会に出回る価値はない。

「じゃあそんなインスタント麺のようなシロモノを読んで育った10代たちはこれからどうなるんです?」

質問を質問で返された挙げ句、論点をズラそうとしてきた。ついでに製麺メーカーも敵に回している。

「それとこれとは話が別さ。君たちの仕事は売れる本を出すことだろう?」

そこまで言って、口をつぐむ。自分の人柄なのかどうも高圧的だ。

しかし彼女も負けじと口を開く。

「私、ライトノベルが嫌いなんです」

なるほど、と先を読んで理解した。

嫌いな部署に配属され、こんなハズではと悩み、いや私がこの業界を変えてやると一転奮起した。その手始めにライトノベルに縁のない作家に書かせ、業界の常識を外れたなどと言って売り出そうとして、

「でも同じくらい大好きなんです」

思考の歯車が急停止した。

「…どういうこと?」

「嫌いで好きです。そして好きで嫌いです」

「いや、だからそれがどういうこと?」

「言葉にするのは難しいんですが…」

そりゃあそうだろう。

「だってカッコいいし、キレイだし、サクッと読めるし、何より面白いじゃないですか」

難しいことを表現しようとすると言語レベルは後退するのだなと私は別のことを考えた。

「でもどこか安易だし、変に媚びすぎてるし、物によっては作者の世の中に対する不平不満がぶちまけられてて…そう、必然性がないんです!」

思考の歯車がまた止まる。しかし先のように乱暴に急停止したのではない。恐ろしく静かにそして激しく止まった。まるで雷にでも打たれたかのように。

「…私、先生の作品を読みました」

あれのことを言っているのだろう。

「先生の作品、いえ先生の書く文章には何故と理由があります」

「…昔の作品さ」

そう、昔なのだ。全ては必然という糸で繋がっている。若き日の私はそう信じて作品を書き続けた。

だがそうして生まれた私の作品は「重い」「頭が痛くなる」と言われ、ある評論家には、

「養殖ダイヤモンドって言われたこと…引きずってるんですか?」

「…まぁね」

新人の女の子はまっすぐにこちらを見つめてきた。

まっすぐに、ただまっすぐに。そして口を開く。


部屋に帰ってきて、机に向かう。ペンを手に取る。

まずはウォームアップで簡単なショートストーリーを書く。

『私は先生の作品が好きです。先生に書いてほしいんです』

愚かしい程に直球だと思った。もしかして世辞なのではないかとも思った。

だが、彼女の目はずぅっと私を見つめていた。

それまでの熱っぽさはどこへやら、彼女は凛とした雰囲気をまとった。

もう一度書いてみようか。そう思った。

ぼんやりと頭の中に、ありもしないお伽噺の輪郭が浮かぶ。まだだ。もっとだ。もっとしっかり、強く、しなやかに輪郭を浮かび上がらせる。

一度手放したものを、手繰り寄せる。

ただ書くことが楽しかった、あの日々で握りしめていたものを、もう一度。強く。握りしめる。


〈了〉

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