リリアと水の迷宮
「どうです? お客様。水魔法と幻影魔術を使った水の迷宮ですよ」
呼び込みの女が声をかけてくる。帽子で顔が見えないけど、ここの係員かな。
「青だから安心安全ですよ」
ポイント的には確かに青だ。水の迷宮を抜け切ったら石が貰えるらしい。
「腹ごなしに歩くのもいいか」
「そちらの赤い腕輪の方のみです。二人一組なのでパートナーをお選びください」
「……なに?」
虹色腕輪のやつが石全部取っちまうと、最悪試験合格者が数人という事態になる。とかなんとか言われた。ちょっと胡散臭い。他の場所にそんなルールは聞いたことがない。
「そうか、ちょっといいか?」
相談タイム。必ず入り口にいて、俺達の後を追わず、二時間以上出てこなかったら人を呼ぶようにこっそり話しておく。
「わかった、リリア行ってきていいよ」
「そうね、あーんのお礼よ」
シルフィとイロハを残すことになった。
リリアは解説に必要だし妥当かもしれない。
「行ってくるのじゃ」
「なるべく早く帰ってくるよ」
「いつまでも待っているわ」
「いってらっしゃーい!」
入ってみればガラスの壁の内外に水が流れている。
流れ方も上から下へ、下から上へと様々だ。
室内が暖かいのは温水だからだろう。
「水の迷路ね……洒落たもん作るじゃねえか」
「うむ、綺麗じゃな」
右手を壁伝いに歩いていると流れの弱い場所がある。
手を突っ込んでみるとそこにはガラスがない。
先はちょっとした小部屋になっていて、空箱があった。
おそらく石が入っていたんだろう。
「はずれか」
「ま、こういうこともあるのじゃ」
リリアと二人で歩く。なんだか二人でゆっくりするのは久しぶりな気がする。
こいつといるとなぜか落ち着く。ボケられると落ち着かなくなるけど、無駄に気を使わなくていいから楽でいい。
「……悪くないな」
「ほう、こういう雰囲気が好きなのじゃな」
「ん? ああ、そうだな。気に入ったよ」
「なーんか別のこと考えとったな?」
「いつもみたく、何考えてたか当ててみな」
お前と一緒も悪く無い、落ち着くよ。とか言えるわけねえだろ。
俺どんなイケメンキャラなのさ。
顔面偏差値七十以下の言っていいセリフじゃねえぞ。
「悪いことではないのう。食事はさっきとったから違う。では……」
「正解は水が飛び出る装置とか凄いなーってことだよ」
「考えている途中で言うでないわ。まあそういうことにしておいてやるのじゃ」
どうせほぼ正解にたどり着いているんだろう。凄いと思っているのも事実だ。
元の世界でこういう施設に行ったことがないから、比べられないけど。
ここも俺にとっちゃ凄い場所だ。
「水くらいわしの扇子からでも出せるわい。ほーれぴゅーっと」
閉じた扇子からちょろちょろ水が出ている。
相変わらずどうやってんのかわかんねえな。
「はいはい水芸すごいすごい」
「むうぅ、お湯も出るのじゃ」
水から湯気が出ている。地味に冒険のときに便利だな。
この迷宮じゃ何の意味もないけども。
「そして石油」
「石油!?」
「からの醤油!」
「うわ醤油くっせえ! 何出してんだよ!」
「からのオリーブオイルどばー」
「こっちむけんな!?」
危うくオリーブオイルまみれになるところだった。
「油はやめろ!!」
「油まみれになってぬるぬるのアジュ」
「どこに需要が!? 気持ち悪いわ!」
「確かに油は気持ち悪いのう。体にも悪そうじゃ。あっローションとかどうじゃ? ローションでぬるぬるのアジュはイロハに需要があるじゃろ」
「その需要は供給したくないです」
なにか大切なものを無くしそう。主に童貞とか。
「んーいまいちじゃな。ローションまでが長すぎてちょい滑ったのじゃ。ローションだけにネタも滑ったのじゃ」
「それがもう滑ってるわ」
「何が出たら面白いかのう? いっそコーヒー出しまーす。とか言って缶コーヒー出したらどうじゃろ?」
「あー缶で出すのちょっと面白いな。缶で出すなや! とかツッコむわけだ」
「しかも今だけお得な20%減量とか書いてあるのじゃ」
「ぶふうぅ! 減ってんだ! くくくっ……いいわ。俺けっこうツボかもしれん」
「ふむ、では中身がアップルティーとかどうじゃ?」
「それちょっと蛇足」
しょうもない会話は続く。こういう会話がだらだらできるのは、俺にとって貴重な体験なので続けている。歩きながらするにはこの程度の会話でちょうどいい。
「まずこの世界にアップルティーとコーヒーってあるのか?」
「バッチリあるのじゃ。むしろラテアートなんかは、こちらの世界のほうが五十年早くブームになっておる」
「わーお、俺のいた世界おっくれってるー」
なんか自分の手をくんくん嗅いでいるリリア。何やってんだ?
「手がちょっと醤油臭いのじゃ……」
「えぇ……アホか……」
がっくり肩を落としてしょぼくれている。小さい体が更に縮こまっていた。
「いいからその辺の水で洗え」
「とほほ……この辺の綺麗な水で洗うのじゃ」
虹色のでかい水壁で洗うリリア。綺麗なもんを醤油臭くしないでやれよ。
「ん? この先が通路になっておる。巧妙に幻影魔法で隠されておる」
「なに? 行ってみるか?」
「うむ、ごーごー!」
中は一本道で、外と変わらずガラスの壁に水が流れている。
「なんだかね……これ係員の通路じゃねえの?」
「ふーむ妙じゃな。お、扉があるのじゃ」
扉を開けた先にはだだっ広い空間と、一人立っている女。
学園指定の水着じゃない。真っ黒の首から足まで全身を覆うピッチリとしたボディースーツのような服だ。
水色のショートカットでアホ毛がぴょこんと伸びている。
瞳の色も同じく水色。
「侵入者、発見」
「おい、あいつの足元……」
「あれは勇者科の生徒じゃな」
水色女の足元にはスクール水着で倒れている女が四人。
明らかにおかしい。女がこちらに一歩踏み出す。
「そこで止まれ。俺達は迷路の順路だと思ってここに来ただけだ」
「怪しいものではないのじゃ。そこに倒れている者はどうしたのじゃ?」
「学園指定の水着、および魔力量から勇者科と仮定」
もう一歩踏み出す女。話を聞いていないのか、聞こえていないのか。
もう一度声を大きくして言ってみる。
「そこで止まれ! 俺達は怪しい物じゃない! そこからもう一歩踏み出せば敵とみなす! 話がしたいだけだ! 俺達に攻撃させるんじゃない!!」
「調査対象と断定。捕獲開始」
女の右腕からでっかい刃が現れる。隠し武器か、ロングソードくらいの長さで、腕から生えているような曲刀にも見える。そんなもん見せられたうえに一歩踏み出してきたんだからもういいだろ。
『ミラージュ』
『ヒーロー!』
「しゃおらあぁ!!」
ミラージュキーで俺の姿を学園指定の水着に見せ、鎧を着ていることを隠してから、光速で女に接近し、顔に回し蹴りをしっかりめり込ませる。
猛スピードで後ろの壁に突っ込み、ガラスと水がはじけ飛ぶ。
「おおう、ヘタすれば大怪我じゃろ」
「安心しろ。鎧着て蹴るまでに理解した。蹴り飛ばして確信した。あいつ人間じゃない」
そして女が俺に幸運を運んでくることはない。
リリア達は女とか超越した、不思議な存在になってきているので除外。
「なぬ? まーたやっかいごとか……」
奥からゆっくりと歩いてくる女。普通に歩けている時点でおかしい。
手加減はしたが、そこそこ動けなくなる程度の力で蹴ったはず。
「捕獲続行。射撃開始」
女の左腕がバクンと開く。
本来骨があるべき場所から、黒い筒みたいなものが見える。
「なんだあれ?」
「発射」
筒が回りだし、魔弾がどんどん飛んで来る。
鎧着ているので、右手を一振りして全弾吹き飛ばす。
「うーわなんじゃそら」
「体を魔導力で強化して、最適な動きができるよう、人体改造されておるのじゃな。おぬしのいた世界でいうところのサイボーグじゃ」
「おいおいとんでもねえもん出てきたな」
「無論、サイボーグとは違うものじゃ。あくまでたとえ話じゃ」
「なんでもいいや。ぶっ飛ばせば同じよ。捕まれリリア」
『エリアル』
リリアを連れて空中へ離脱。ついでに倒れている女達も上空に。
「さって、この姿で打つのは初めてか。弱くよわーく撃たないとな……サンダースマッシャー!!」
片手でかるーく撃ち出す電撃。水場の敵が電撃に弱いのはお約束だ。
「損傷率40% 水龍による防御行動へ移行 修復開始」
痺れてブルブルしながらそんなことを言い出す女。
リアクションうっすいな。つまらん。
「周囲の水を使って龍を作っておるのじゃな。そこそこの魔法じゃ」
「修復ってのはなにをやってんだ?」
電撃をそこら中に散らして消し、水球の中に入る女。
目を閉じてふよふよ浮かんでいる。
「回復魔法をあの球の中に充満させて循環しておるのじゃな。体の中も外も回復しておる。それより水の龍が来るのじゃ」
地上に降りた俺達に龍の形をした水が襲いかかる。
「問題ないさ。今の俺は水だろうが重力だろうが時間だろうがぶん殴ってぶっ壊せる」
「もうちょい工夫せんか。創意工夫は大事じゃぞ」
「ふむ、あれ攻撃魔法なんだよな? んじゃこれだ」
『リフレクション』
リフレクションキーで大きな鏡を作る。
別に鏡である必要はないが、今回はなんとなく鏡だ。
「ほーれこっちだ。いらっしゃーい」
手招きが伝わっているのかいないのか、龍は真っ直ぐ突っ込んでくる。
鏡に当てて反射すればこっちのもの。謎の女に向けてお返ししよう。
「はい、行ってらっしゃい。ご主人様とじゃれてきな」
流石に予想外だったのか、女が目を見開いてこちらを見る。
だが遅い。見事に龍は主人と激突して球を割る。
女はまたもや後ろに吹っ飛ぶ結果となった。
「うむ、鍵は色々使っていくと様々な状況に対応できる。精進あるのみじゃ」
「さて女よ。名前くらい聞かせな。墓標に名前が刻めねえぞ」
よろよろこちらに歩いてくる女に聞いてみる。簡単に名乗るかな。
「スケグル」
名乗ってくれた。どっかで聞いたな。
確かヒメノが言ってたヴァルキリーか。つまり敵の可能性大っと。
「名乗り返さんのも礼儀に反するのう。ミリア・リューンじゃ」
「ザジ・サカシタだ」
ナチュラルに偽名である。逃げられた時に備えている。
逃がすつもりはないけどな。
「ついでに目的も話してくれると嬉しいんだけどな。もしかしたら協力してやるかもしれないぜ」
大嘘だけどな。聞き出せることは聞いておこう。
「戦闘系学科の成長率と能力の調査」
「単独犯か?」
「肯定。個人的に下された任務を遂行中」
「聞けばなんでも答えるのかこいつ?」
「試してみるのじゃ。スケグルちゃんは処女かのう?」
「何聞いてんだよ!?」
「大切じゃろ? 活かすか殺すかのターニングポイントじゃろ?」
「残念。敵は殺す」
絶対にろくなことしないからな。人外だし、ためらいもない。
「否定。寵愛を賜った回数 八十六回」
「チッ、使い古しか」
「わしら以外はドン引きするから、もうちょい処女厨は隠すのじゃ」
「お前しかいないから隠してないんだよ」
「はいはい、そんなんじゃから童貞なんじゃ。まあ勝手に脱童貞されても困るから、わしらには都合がよいのじゃが」
「ザジ・サカシタは童貞。記憶完了」
「んなこと記憶すんなや!!」
「スケグルちゃん。誰の命令でここにおる?」
「回答権限なし」
話せないことはこうなるっぽい。基準が一切わからん。目的って喋っていいのかね。立ったまま無表情で答えるから、表情から本当かどうかを読み取ることができん。
「攻撃再開」
はい、目からビーム出してきたよ。はたき落としておこう。
「まーだ聞きたいことがあるんだけどな」
「捕獲続行」
今度は目と口からビームだ。左腕のガトリングガンっぽい武器もフル使用。
「聞く耳もたんというわけじゃな」
「しゃーねえ終わらすか」
「じゃな。雷の斬撃魔法発射じゃー」
リリアの飛ばす電気を纏った斬撃が、ガトリングガンを左腕ごとスライスしていく。やはり血が出ない。
「近接戦闘に移行」
スケグルの右腕と両かかと、両膝から刃がにょきっと生えてきた。
それ普段どうしまってるんだよ。
『ソード』
「迎え撃ちましょう」
俺の剣と鍔迫り合いなどできはしない。スパスパ刃を切り落とす。
「迎撃不可能と判断。自爆装置を……」
「させるかよ! 終わりだ、膜なし! サンダースマッシャー!!」
蹴り上げて、首と上半身と下半身に三分割し、サンダースマッシャーで消し飛ばす。迷宮の天井も一緒に吹っ飛んじゃったけど仕方ないね。試験は耐久テストも兼ねてるって言ってたしセーフよセーフ。
「ふう……めんっどくっせえなあもう」
「まったくじゃ。しかし収穫はあったのじゃ。ほれ」
鎧を解除していると、リリアが何かを投げ渡してくる。これは試験の石か。
「部屋の隅に落ちておった。戦利品としてもらっておくのじゃ」
「ナーイス。おっ、虹色になったぜ」
「これで後は遊び放題じゃな」
上空に上げっぱなしだった女達を降ろし、水の届かない安全な場所に寝かせる。風邪引かないようにリリアが体を拭いて毛布をかけてやった。
「どうする? 犯人は消しちまったし、説明めんどいぞ」
「アトラクション失敗と勘違いしてくれることを願って、しらばっくれるとかどうじゃ?」
一応回復魔法はかけておいたし『アトラクション失敗です。引き続き迷宮をお楽しみください』という書き置きを残して去ることにした。
「出たら学園長かヒメノに報告だな」
「うむ、楽しい時間に水をさしおってヴァルキリーめ……」
「なーに報告したらまた遊べばいいさ。もしくはオープンしてから来ればいい」
「じゃな。その時はちゃんとシルフィとイロハも呼ぶのじゃ」
「わかってるよ」
長時間いると二人が心配するか。
俺達はほんの少しだけ早足で迷宮を回るのだった。




