メイドさんがやってきた
いつも通りの平和な朝。今日は誰もベッドにいない。ゆったりと流れる時間の中で、俺は昨日のことを思い出す。リリアは喜んでくれた。俺が気の利いたセリフも言えずに渡した指輪を喜んでくれた。
そこで疑問が浮かび上がる。
「なんで俺なんだ?」
シルフィとイロハはまあわかる。こじつけオブこじつけで自分を納得させることができる。
二人はこっちに来てからの俺しか知らない。鎧を着た強い俺を知っている。
だから強い男が、自分を助けてくれた男が好きになるってんならわからんでもない。
「……わからん」
リリアは俺をこの世界に連れてきた張本人だ……と思う。
つまり元の何も出来ない俺を知っているはずだ。なのにあいつは俺を選んだ。
「…………はぁ」
そら溜息もでるさ。俺はあいつの好意に応えられていない。俺を好きな理由がわからない。
女でいい思いをしたことがないからな。俺自身が納得できていないと手放しでは喜べない。
「アジュ、起きてる? 朝ごはんができているみたいよ」
イロハの声だ。普通にノックしたりできるんだなあいつ。
「今行くよ」
今はいつもと同じ平和な日常を楽しもう。
「初めまして。フルムーン姉妹専属メイドのミナです」
いつもと同じ日常はどっか行きました。
朝飯食って一休みしているところに来たお客さんはメイドさんでした。
ロングスカートのメイド服で、耳とがってるからエルフさんだろう。
「久し振りだねミナ。元気そうでよかったよ」
「シルフィ様もお元気そうで何よりです」
優しそうだ。見るものを和ませる笑顔からしていい人なんじゃないかな。
基本ショートヘアーで、左右で一部分だけ長く伸ばした髪を縛っている。この髪型の名前がわからん。
もみあげの手前だったり、後ろ髪が少量だけ伸ばされて纏まっていたりするやつだ。
「どうか末永くよろしくお願いします」
とにかく緑の髪が綺麗な人だ。胸もシルフィには負けるが十分巨乳の部類だろう。
とりあえず全員自己紹介を終える。
「姉様はいいの?」
「ええ、シルフィ様と一緒に暮らす男とはどんな方なのか調べて来いと」
俺を見ている。値踏みするように上から下まで見られている。
「シルフィ。俺のこと話したっていうかなんか連絡取ってるのか?」
「あはは……手紙に書いちゃった。イロハと楽しく暮らしてますって連絡はしてたんだけど……大切な人が増えましたってその……アジュとリリアのことも書いちゃいました」
バツが悪そうにしているシルフィ。うっかり書いちゃったっぽいので怒らないでおこう。
「うっかり書いたらメイドさんが来たわけか」
「お姫様というのも大変じゃのう」
「ミナももうちょい砕けたしゃべり方でいいよー。ここでは怒られないから」
「そうですか? それは助かります」
シルフィは堅苦しいの嫌いそうだしな。俺も礼儀作法とか曖昧なんで崩してくれると助かる。
「それで、シルフィ様のどこが気に入られたのですか?」
「……はい?」
「シルフィ様のどこが好きになったか、具体的にお願いします」
この質問は何か試されているのだろうか。そもそも好きって言ってないわ。
「高等部一年という女の子と女性の中間でありながら、どちらの魅力も備わっている究極にして至高の存在であるシルフィ様のどこにムラっときたのかということです。さあさあ」
「えぇ……」
「ミナさんはこういう人よ。前に会った時はもっとはっちゃけていたわ」
「流石に初対面の方にあそこまではっちゃけませんよ」
このメイドさんもちょっと変わってるタイプか。どうはっちゃけるのか非常に不安だ。
「で、どこが好きになったんですか?」
「シルフィ、なんとかしてくれ」
「ごめんわたしも聞きたい」
まずい、シルフィは向こう側だ。だがまだイロハとリリアがいる。
「イロハ、出番だ!」
「こういうときくらいヘタレないで言いなさい」
「リリア!」
「これも修行じゃ。さっさと話すがよい」
味方がいない。何処が好きとか言われてもまず好きってのがどういうことかよくわかんねえ。
嫌いじゃないけど明確に好きで恋愛的にどうこうとかわからん。
「では質問を変えましょう。どこまで手を出しました?」
「一切出してないです」
「そんなバカな。シルフィ様と一緒に暮らしていて。手を出さないと?」
「ふっふっふ。本当に一切出してませんよ! キスもまだですとも!」
「事実だけど、そこはかとなくイラッとするわね」
「胸を張ることではないのじゃ」
「この場合は手を出して欲しいよね」
みんなの視線が痛い。これでも結構我慢してるんだよ。ちゃんとムードとかあって、お互いに好きだと確信できて、ちゃんといい思い出になるようにだね、俺も気を遣ったりとかしててだな。
「ではまたまた質問を変えましょうか」
「またですか……シルフィに関してやましいことはありません」
「ご安心を。次で最後です。よろしいですね?」
「ん、まあ……あと一つくらいならいいですよ。お答えします」
これで終わらせておこう。長くなると俺が不利だ。ちなみに短くても不利だ。
「一切手を出されていないヘタ……こほん。著しく甲斐性のない方だということは理解しました」
「ボロクソ言われてるな俺」
「これを気に自分を見つめなおすのじゃ」
「もう少しお互いを受け入れてもいいと思うわよ」
まあ最初に比べれば進歩してると思うし、思いたい。
マイナス思考を撃ち切るため、気分を変えてミナさんが入れてくれたお茶を飲む。
美味いな……いつも飲んでる市販のお茶だよなこれ……メイドさんて凄い。
「では、高等部一年男子でありながら手を出さず、絶世の美少女三人と同居という奇跡を体験しておいて……性欲の処理はどうされているのです?」
「ぶっふううぅぅ!?」
全力でお茶吹いた。くっそ変なとこ入った。むせるじゃないかちくしょう。
「大丈夫ですか? 落ち着いてください」
ミナさんが優しく背中をさすってくれる。元凶は貴女です。
「落ち着けるわけ無いでしょうが……何聞いてるんですか!?」
「高等部男子といえば性欲の権化。歩く男性器です。処理もなさらず暮らしているとはとても……」
「男子への認識がおかしいです!!」
「で、どうされているのですか?」
「結構グイグイきますね!?」
笑顔を絶やさず俺の性処理事情を根掘り葉掘り聞いてくるミナさん。
絶対に答えないぞこんなん。俺の生活終わるだろ。
「ここは答えるべきよ。絶対に答えるべき。なんでも答えると言ったのは貴方でしょうアジュ?」
「うむ、これは絶対に聞いておかねばならぬ。誰をイメージしてどんなプレイを想定しているか詳しく話すのじゃ」
「具体的過ぎるだろ!?」
いきいきしているリリアとイロハ。お前らは本当にアレだなおい。
「これは今後の生活に大きく関わる問題です」
「そうですね。今後の生活で気まずくなることうけあいですね。何聞いてくれてるんですか本当に」
さっきからシルフィが赤くなってうつむいたままだ。やはりピュア枠のシルフィにはきつい話なんだろう。ちょっとフォローいれてやろう。
「ほら、シルフィが困ってますし真っ赤です。やめてあげましょうよ」
「シルフィ。ここは聞いておきたいわよね?」
「やめろ誘導するな。嫌なら嫌って言っていいぞシルフィ」
「や、いやっていうかよくわんなくてその……だから……」
もじもじしながら上目遣いで話し始めるシルフィさん。顔がかつてないほど赤い。
「あのさ、わたし……その……男の人はどうするのか知らないんだけど……しょ、処理しないと……つらい……の?」
いかん破壊力抜群だ。なにこの可愛い生き物は。こみ上げてくるものを処理できなくなりそうだ。
「流石ですシルフィ様。私が男性なら確実に押し倒しています」
「…………これが天然の威力……圧倒的じゃな」
「これは……私も路線変更を考えるべきかしら」
俺の返事待ちのシルフィに言葉が出てこない。どう言うのが正解なのよ。
とりあえずイロハは手遅れだからピュア枠は無理です。
「なるほど、これは想像以上に難儀な方ですね。いいでしょう。これから一緒に住む間に必ずやシルフィ様に最適な男性へと導いて差し上げます」
「一緒に住む?」
「はい、しばらくこちらに滞在させていただきます。しっぽりと」
正直三人以外を住まわせるのは抵抗がある。けどシルフィの関係者か。まあ美人さんだし……はっちゃけてるけど悪い人じゃないんだろうし。
「メイドさん滞在させていいもんなのか?」
「雇ったりすれば問題無いわ。メイド付きで入学する子もいるし」
「ここは入学金がお高めの学園じゃ。そういう連中も多いのじゃ」
「メイド科と執事科もあるよー」
問題ないのか。まあお茶美味しかったし、メイドがいる生活とか一度は夢に見るもんだし。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願い致します」
メイドがいる優雅な生活。ゆったり流れる時間の中でティータイムとかしてみるか。
ボケから解放された騒がしさのない静かな時間を満喫してみよう。
「ちなみに、ですが。どうしても我慢できないのでしたら私がご奉仕いたしますよ?」
「ご奉仕?」
「メイドの夜のご奉仕。ご興味は?」
「いや、そりゃ……」
「ミナー? 何のお話をしてるのかなー?」
「シルフィ様から鬼気迫るオーラが……!? いつの間にこのような力を……」
やっぱ騒がしい生活になりそうだ。




