風呂と食事と新たな戦い
前から朝風呂とかやってみたかったので実行している。単純に広い風呂が好き。これがなかなか気持ちよくて入ってよかったと思える。
「アジュ様、お背中お流しいたしますわ!」
「入らなきゃよかったー」
いつの間にか俺の背後にいるヒメノ。浴槽から引っ張りあげられ、洗い場の椅子に座らされる。
「ではまず前から洗いますわよ」
「背中どうした!? せめて背中を流すという名目は保て!」
「背中も許さないわ」
急に出てきたなイロハ。こいつらはいつも何処から出てくるんだよ。バスタオルをちゃんと巻いているところだけは成長してるな。褒めると調子にのりそうだから褒めないけど。
「イロハ様!? そうですのね、忍者を欺くことなど不可能なのですわね」
「さっさと出て行きなさい。アジュの背中は私が洗っておくわ」
「俺は一人で洗えるからいいよ」
とりあえず両方出て行って欲しい。風呂入って疲れなきゃいけないのは辛い。
「イロハ様。わたくしが背中を流します。断腸の思いでイロハ様に前を洗う権利を差し上げますわ」
「承ったわ」
「本人の許可もなく!?」
「それでは、お背中きれいきれいしますわね」
「アジュ、邪魔になるから腰のタオルを取ってもらえるかしら?」
「ダメに決まってんだろ!? 前って胸とか腹じゃないのかよ! 腰関係ないだろ?」
この状況でタオルとるのはイヤです。絶対見られるじゃないか。そもそも取らなくても前は洗えるだろ。
「私がアジュの股間を見るのに邪魔だから取ってと言っているのよ。洗うこととは関係ないわ」
「余計悪いわ!! 洗うことも許してねえよ!!」
「タオルを取って洗われるか。洗いながらタオルを取られるか。二つに一つですわ」
「結局一つだろうが!?」
「大丈夫よ。私達を信じて」
「今一番信用出来ないのがお前達だよ」
こいつらの躊躇の無さがすげえ怖い。何がそこまでさせるんだ。
「信じて。平均よりサイズが小さくても私は気にしないから」
「何の話をしている!?」
「その意見にはどちらかと言うと大賛成ですわ」
「恥じらえ。躊躇しろ。乙女心を捨てるな。清楚な子がいいです」
「きゃっ!? アジュ様ったら裸だなんてハレンチですわ!」
「うん、それは偶然鉢合わせした時に適用されるやつだね。完全に手遅れだよ」
「そうでしたの。でもわたくし、めげませんわ!」
もう笑うしかない。乾いた笑い出るわ。あと平均サイズは絶対あるわ。他人と比べたこと無いけど。
「あれだ、暴走するのが早過ぎるんだよ。はじめから背中を洗うだけって交渉なら、可能性はゼロじゃなかったのにさ」
「背中を洗う前提で股間を見せてくださいとお願いすれば叶ったと?」
「結婚を前提にお付き合いみたいに言われても困るわ」
「背中を洗うだけで終わるわ。アジュが本当に嫌ならそれもやめる」
「嫌がることをして嫌われては元も子もありませんわ」
この状況でよくそんなこと言えるなおい。朝っぱらから疲れるのも避けたいので頼んでもいいか。
「絶対に余計なことしないでくれ。朝から疲れるとか本当にしんどいからさ」
「約束するわ」
「お約束いたしますわ。誠心誠意ご奉仕いたします」
渋々だけど頼んだ。予想に反して普通に背中洗ってくれた。気を使うとかできるんじゃないか。
「さ、綺麗になりましたわ」
「本当に普通に終わったな。タオル取りに来るとか、胸で洗おうとするとか、ゆっくり湯船から立ち上がってギリギリまで見せてくるとかしないんだな」
「そういうのがお好みですの?」
「別に、リリアがや…………やってくるから気をつけろって言ってた」
「言ってないのでしょう? リリアとやったのね? リリアには許したのね?」
完全に余計なこと言っちまった。イロハの機嫌が悪くなっている。問い詰めるような口調だ。
「そういえば先日もこうしてリリア様と一緒にお背中お流し致しましたわね」
「そう……それは楽しそうね……ふふっ……」
イロハが壊れかけている。でもフォローの仕方がわからない。他の女と風呂はいったという事実に壊れかけている美少女へのフォローに慣れている人間なんていないはず。
「それも許可してないって。なんで勝手に入ってくるんだよ」
「お願いしても断るでしょう?」
「断るのわかってるならやめてくれ」
「で、リリアとなにをしたの?」
「普通に背中流してもらっただけ。俺にそれ以上何かする度胸なんて無いだろ」
ちょっとずるいけど俺のヘタレっぷりで納得してくれるだろう。付き合いがある程度深いからわかってくれるはず。
「そうね、でもそれは褒められたことではないわよね?」
「それはゴメン。悪かった。許してくれ」
積極的になるってのがキツイ。断られるだけならまだしも馬鹿にされるとお腹痛くなるに決まってる。
イロハに限って断らないだろうけど、やっぱ素直になるのは難しいというか。
「さっきから静かねヒメノ。貴女もアジュに言いたいことはないの?」
「あらすみません。考え事をしていたもので」
「考え事?」
「もしわたくしの子供が男の子でしたら、アリト・サカガミなんてどうかなと」
「苗字が俺と同じじゃねえか!?」
「ってなことがあってさ。なんか怖かったから逃げてきた。どうしたらいい?」
「私に聞かないでくださいよ……」
「ヨツバちゃんだけが頼りじゃ」
「何で私なんですかもう……」
リリアと一緒に逃げ出して、やってきたフードコートでヨツバを発見したので一緒に飯を食うことになった。
「家にいるのもアレだけど、一人で知らない場所に行くのはしんどいからな。適当にリリアとふらふらしていたら見つけたのがヨツバだからさ」
「つまりなんとなく見つけたからですね」
ズバリその通りさ。イロハとヒメノは置いてきた。シルフィはイロハと家事やってる。なのでリリアと一緒だ。
「お館様って結構無計画に動く人ですか?」
「いや、ネガティブなことばっかり考えて動きたくなくなって、最終的にふて寝する人だな」
「壮絶にダメ人間じゃないですか」
「ダメ人間ではない。これがアジュじゃ」
「フォローになってない気がします」
そりゃそうだ。こいつは俺のフォローなんてする気がない。やりたいことへの案内はしてくれるけど、ヘタレな部分は矯正しようとしてくる側だからなあ。
「美味いなこれ。たまーに来るかな」
今みんなで食っているのはチョリソーホットドッグ。辛さ普通のやつ。レタスでちょっとだけ中和できない辛さが中々癖になる一品だ。チョリソーの辛さとごっちゃにならないようにマスタードが付いてない、ケチャップのみで勝負という潔さも好き。
「もう少し辛いほうが好みじゃな」
「辛いの平気なクチか」
「わしが小さいからって辛いものがダメだと思っとるなおぬし」
「仕方ないじゃないか。ヨツバもそう思うだろ?」
「私に振らないでくださいよ!?」
あんまり迷惑かけても可哀想か。この辺の加減が難しそうなのでさっさと本題に入ろう。
「ヒメノの目的がわかんなくて不気味なんだよ。初対面の女が友好的な時点で薄気味悪いし」
「ちょっと同意しかねます」
「ゲルのお仲間である可能も捨てきれん」
「ゲルってシルフィ狙ってきた女の子でしたっけ? その子の仲間?」
「そいつは心外っすね」
一斉に声の聞こえた場所に目を向ける。そこには金髪赤目の女。背中の真っ黒な翼が怪しさ大爆発だ。
「ゲルの名前を聞いて参上! オオミカミ様の部下一号! やた子ちゃんっす!」
「おおみかみ?」
「あれ? ウチ人違いしてるっす? ぱっとしないモテなそうで、なんともあの方の好みっぽい男だというのに。アジュさんっすよね?」
「初対面でそこまでボロクソけなされる覚えはない!」
えらい失礼な奴出てきたな。制服は着てるし学園の生徒か。
「おおみかみが誰かわからん」
「ええー、ああもうまたノープランで行動してるっすね……部下にしわ寄せ来るっていつも言ってるのに……黒髪ぱっつんロングで胸のデカイ『ですわ』とかいう黙っていればお嬢様っぽい人っす」
「ヒメノじゃな」
「ヒメノ? ひめのひめの。ひのめ……ひめら……あまひめるの。ああ、ヒルメノでヒメノっすか」
なんだ今の呪文みたいなの。ヒメノって名前にたどり着くまで時間かかったな。やっぱ偽名か。
「まあいいっす。とりあえずウチと一緒に来て欲しいっす!」
「正直行きたくない」
「ウチと戦闘訓練して欲しいっす。護衛するべきかどうか判断したいっすから」
「いやです。昼飯食ってすぐ運動すると腹痛くなるし理由がない」
「護衛はいらんと伝えるのじゃ」
戦闘なんてしてたまるか。メリットゼロじゃないかこれ。
「これで帰ったら怒られるっす! ウチを胸くらいなら好きにしていいから一緒に来るっす!」
「んなことでかい声で言うんじゃない!」
「大丈夫っすよ。もうここは鏡の世界っす。ウチら以外なんてだーれもいないっすよ?」
いつのまにか周囲にいたはずの人が消えている。誰の声も聞こえない。
どうやら面倒なことになったみたいだな。
「ここはウチが作った鏡の中の世界。ここなら暴れてもオールオッケー! アジュさんとリリアさんの強さがわかれば一々護衛なんてしなくていいっすからね。自由な時間が増えるっす」
「私は何故巻き込まれたの……」
「あれ、あんた誰っすか? 呼んでないっすよ?」
「呼んでおいてそれですか!?」
「はいはい、戻っていいっすよー」
なにか言おうとしたヨツバが消える。セリフもなく消えるか……なんか可哀想だ。
「これで三人だけの世界っす! さあその力を見せるっすよ! 人間の可能性をこの鏡の世界に映し出せ!」
「やるしかないようじゃな」
「めんどくっさ……ちゃっちゃと片付けようか」
『ヒーロー!』
鎧を着こめばなんでもできるってな。いい加減こいつらの目的くらい吐かせてやるか。




