ダンジョン科の課題
「まただよ……」
また俺のベッドにイロハがいる。夜中に起きた時はいなかった。つまり深夜から早朝に潜り込んでいる? 流石忍者だ。隠密性にかけて右に出るものはいない。できればその能力は戦闘時に発揮して欲しい。
「待ちなさい。またこっそり出ていこうとしたわね」
「するに決まってるだろうが」
「こんな物まで渡しておいて、何もしないなんて」
そう言ったイロハの左手の薬指には……指輪?
なんとなく俺の腕輪と似てるな。
「なんだそれ?」
「貴方じゃないの? 貴方の腕輪と似たデザインよ」
「俺が女に指輪送るような男だと思うか?」
「それもそうね。じゃあこれはなんなのかしら? 朝起きたら勝手に装着されていたわ」
「わからないことはリリアに聞けばいい。それでダメならまた考えればいい」
これがこの世界での大原則だ。自分で調べるのは最後の手段、奥の手だな。
「そうね、それじゃあ撫でなさい」
「意味がわかりません」
「とりあえずしっぽの撫で方から説明するわ」
「話し聞いて下さいますか?」
ちょうど俺の膝の上に尻尾が来るように寝転がるイロハ。
「付け根から先に向けて撫でなさい」
「俺にそんなことができるとでも?」
「できるまで……どかないわ!」
キリッとした顔で言われた。なんでこんなことで真顔なんだ。
「目的のために手段は選ばない。それが忍者よ」
「忍者に謝っとけ」
「たまにはメンバーを労いなさい」
白くてもふもふしているしっぽに、とりあえず触ってみる。おお、ふさふさしてる。触り心地がいい。元々動物は好きだし、悪い気はしない。
「血が通ってるな」
「偽物だと思っていたの?」
「俺のいた場所にはしっぽがあったり、羽生えてたり、耳尖ってるやつがいなかったんだよ」
「珍しいところに住んでいたのね」
なるほどこっちじゃ珍しいのか。ちなみに羽といっても白いやつや悪魔の羽、龍っぽいやつから妖精みたいな半透明のやつまで多彩だ。大半が収納か消すことができるらしく、制服姿で見分けるのは難しかったりする。
「手を往復させない」
しっぽで手を叩かれる。往復させるのはダメらしい。
「往復されるとゾワゾワして毛並みが崩れるからダメよ」
「はいはい。こうか?」
「ふぅ……悪く無いわ……んっ……もう少しゆっくり撫でなさい。空いてる手は頭を撫でるの」
昔親戚の家にいた犬を思い出す。そいつもゆっくり撫でてやると嬉しそうだった。
動物は撫でられるのが好きなんだろうか。
撫でられているイロハの耳がピクピク動いている。いかん、これ面白い。
「じゃあ次は髪を櫛で……」
「そこまでだー!!」
ドアをバーンと開けてシルフィ登場。
「全然降りてこないから呼びに来てみれば何やってるのさ!!」
そうかもう朝飯の時間か。俺達の部屋は全員二階にある。リビングも風呂も全部一階だ。トイレは一階と二階で二つ。風呂も七、八人で入れる広さで明らかに共同生活を目的とした設計だ。
「ただ撫でられていただけよ。何もおかしいことはないわ」
「異議あり! 撫でられる必要が無いと思います!」
「必要? 関係ないわ。これは私の個人的な情欲を満たすための行為よ」
初耳ですけど? え、これなんか特別な意味のある行為だったりすんの?
「なお悪いよ! 朝から何やってるのさ!」
「朝でなければいいのね?」
「そういう問題じゃないよ! 朝ごはんの支度してる時に撫でてもらうのはズルいと思います!」
「貴女も昨日さんざん遊んだでしょう? 今日は私の番よ。昨日何をしていたのか知っているのよ」
「むうぅ……尾行してたの?」
おいおいアレ見られてたのか? 知り合いに見られるとかどんな地獄よ。
「私が尾行したらシルフィは気付くでしょう? フウマ忍軍にやらせたわ」
「ふうまのひとかわいそう」
「大丈夫よ。忍者は任務に私情を挟まないわ。与えられた任務を確実に遂行するだけ」
「余計かわいそうだろ! 私情で動かすなよそんな人達を」
「優しいのね。ちなみに尾行していたのはヨツバよ」
ヨツバ苦労してるなあ……ほんとごめん。
「やめてやれ、職権乱用だぞ」
「問題無いわ。フウマの将来に関わることよ」
「とにかくご飯だよ。早くしないと冷めるよ」
「そりゃいかんな。せっかく作ってくれたんだから熱い内に食おう」
作ってもらった飯を無駄にしない。こっち来てから飯がうまいもんで楽しみの一つなんだ。
「仕方ないわね。今行くわ」
「はい、じゃあみんなで行くよー。リリアが待ってるからね」
そして、飯食いながらリリアがチラシを見せてくる。
「なんだこれ……ダンジョン科からのお知らせ? なんだよダンジョン科って」
「ダンジョンを探険したり、造ったりする科じゃな。冒険家やダンジョンマスター志望者の集まる科じゃ」
相変わらず何でもありだなこの学園。この前アイドル科のライブチラシ貰ったし。いったいいくつの科があるんだろうな。
「ダンジョン科からのお知らせ。高等部一年生で、Dランク以下のギルドに所属しているものが対象。制作された初心者向け擬似ダンジョンをクリアすると、単位三を差し上げます。だってさ」
「最低人数三人から、最大で六人までで、初心者をパーティーに入れること……Dランクまで受けられるのはテストモニターも兼ねているのね」
多少高レベルの人間が無茶をしてもいいようになっているようだ。
「うむ、アジュにもダンジョンを体験させるいいチャンスじゃ」
「初心者向けか。大丈夫かこれ」
正直興味はある。四人で行けば安全だろうし……やってみるか。
「うし、行くか」
「はーいけってーい!」
「では準備して早速行くのじゃ」
さてどうなることやら。この世界に来た頃よりちょっとは体力ついてるといいな。レベルも上がってるしなんとかなりそうな気がしてきたぞ。
「大丈夫よ。何かあっても私が守るわ」
「わたしもいるよ! サポートは任せて!」
「心配なら鎧の上からローブ着とけばいいのじゃ」
「それじゃ、今日の仕事はダンジョンクリアだ」
ダンジョンってやっぱり薄暗い洞窟とか進むんだろうか。ま、初心者向けが用意されているなら使わない手はない。ちょっとでも慣れておこう。
そして指定された場所にやってきた。ホールのような場所に受付がある。まだ受付時間じゃないみたいだ。それでも結構人がいる。
「あちゃー出遅れたかな?」
「六人一組として、今のところ十組くらいかしら」
「FからDギルドって多いのか?」
「そうでもないわ。一番ギルド数が多いのはCで次がDランク。一ギルド内の人数が多いのはBね」
新規ギルドの壁がDランクになることらしい。Bのギルドはとにかく精鋭もメンバーも多い。Aはその中でも素質のあるやつしか続かないっぽい。まあ例外はあるらしいけど。
並んでいる俺達に簡単な取説を配ってくれる係の人。
「特殊ルールか。初心者が全滅したらその時点で強制的に帰還魔法が発動しますだと」
「初心者育成のためじゃ。当然といえば当然じゃな」
「ダンジョンは全部で五階。召喚科の生徒に雑魚モンスターを召喚させている場所があるため実戦と変わりなし」
「その代わりに回復ポイントとかギブアップできる場所があるみたいだねー」
その他にも、一度クリアしたら付き添いでも再度の入場は不可。
どんなに魔物を狩ってもクリアできなければゼロ単位とか、色々書いてある。
「これって俺が倒れたらアウトか?」
「一番の初心者がおぬしじゃからのう」
「慎重に行っていいわよ。二階からはチェックポイントがあって、そこから始めることもできるわ」
「マジで初心者向けなのね。よーしやる気出てきたぜ」
「うんうん、頑張ってね」
ここで自信をつければ俺も頑張れるかもしれない。今までの人生で成功してこなかった分を取り戻せるように。応援してくれる人がいるうちはやってみよう。




