シルフィのいちゃらぶドリンク大作戦
唐突にお館様になってしまったその日の昼。俺はシルフィとケーキ屋にいた。
毎回俺に気を使うのはやめろ、と言ったら女の子が来るような洒落たカフェに連れてこられた。
一生来ないタイプの店だ。変に緊張してしまう。
「やっぱりこういう店はダメ?」
「いや、ダメじゃないさ。シルフィの好きにしていいって言ったしな」
「むうーじゃあなんで渋い顔なのさ?」
「メニューがよくわからん。ケーキって語尾に付いてないやつはもうどんな食い物かも知らん」
ミルフィーユとマカロンはわかる。ケーキの名前もわかるけど、それ以外は無理。
よく考えたら異世界だし。俺の知らない食い物が多かったらお手上げだ。
「そっか、男の人ってあんまりこういうとこ来ないもんね」
「そうだな。どうせならオススメあったらそれ食おうか」
一週間くらい同居して、こいつの味覚に関しては信頼している。
料理もできるし、肉も好きという俺と好みが結構かぶっているシルフィなら、任せても大丈夫だろう。
「そっか。じゃあ何頼もっかなー。これはっ!?」
「どうした? なんか好きなもんでもあったか?」
シルフィが超悩んでいる。メニューをじっと見たまま動かない。
「よ、よし。やってやる。このままイロハに取られたくない。わたしだってできる!」
「おーい、わっけわからんよー」
なぜ今イロハの名前が出る? 女の思考回路はわからん。そして店員を呼ぶシルフィ。
「このチーズケーキと……その、これを一つ」
「どれだ? 何頼んでる?」
「いいいいいいの! 出てくるまで見ないの!」
なに頼んだんだ? 店員のお姉さんが微笑ましいものを見るような笑顔なんだけど。
「わかったよ、聞かなきゃいいんだろ。で、なんで急に二人で昼飯なんだ?」
昼前にシルフィが起きてきて、イロハとリリアとなにやら話し合っていた。
そして急遽シルフィと昼飯行くことになった。自分で言ってて意味わからんな。
「だって最近ずっとイロハばっかりじゃん。イロハとイチャイチャしてさー。なんだよもうー。わたしだってギルメンなんだからかまえーかまうのだー」
「それで昼飯ねえ。そんなにこだわることか? ってかいちゃいちゃしてねえよ」
「してますー。ギルマスなんだからちゃんと平等に扱うべき。そこからちょっとわたしに優しいともっとよし」
ほう、ハードル高いな。確かにイロハに構ってたから仕方ない。
でも優しくってどうするんだ?
女の子に優しくって具体的にどうするかわかんないぞ。
「優しくする、がわからない。俺の人生にそういう機会がなかったんだよ」
「ずっと厳しくしてきたってこと?」
「女が俺にな。女と飯食ったのとか学園来て初めてだし。まともに会話したことすらないくらい嫌われてたぞ。むしろシルフィ達が俺を嫌わないことが理解できない。やっぱ強いと嫌われなかったりするのか?」
俺に優しい女、という存在が一番ファンタジーだよ。
「えー変なの。っていうか強さ関係ないと思うよ? 別にアジュが弱くても嫌いになんてならないよ」
「俺が鍵を使えて強いから一緒にいるわけじゃないってことか? イロハだって最終的には鍵でフェンリル倒せたからハッピーエンドだったわけだし」
「それイロハに言ったらダメだよ。凄い怒るから。っていうかわたしも怒る! 鍵の功績がゼロだとは言わない。でもわたし達はそれだけで一緒にいたりしないし、それはイロハにも失礼だよ」
「失礼は失礼だけど。鍵で強い所を見せないで俺のいいところなんか無いしさ」
どうして一緒にいてくれるのか。同居までしてくれるのか。
「んもう、アジュはたまに凄い卑屈になるよね。優しいし、一緒にいて居心地がいいんだよ。だからそういうこと言わない! わたし達はアジュと一緒にいたいの」
居心地がいいとか余計わからん。俺が居て居心地の良い空間とか無いだろ。
「俺なんかといても楽しませたりできないぞ。毎回奢ったりしないし、命令聞かなかったり媚びたりもしないけどいいのか?」
「楽しませるとかじゃない。一緒にいて一番いいのは落ち着くこと。アジュはあったかいんだよ。これからずっと一緒にいるなら大事なこと。っていうか媚びるとかどういうこと?」
「女に媚びないのに俺を嫌わないだろ?」
「意味分かんないよ。アジュの女の子のイメージ変だよ」
変と言われてもシルフィがおかしい。なんというか真っ直ぐ生きているんだろうなあ。
「俺のいた世界では女に媚びて、飯は毎回男の奢りで、我儘言われてもホイホイ聞いて。そうしない奴の中でイケメンか金持ち以外はクズとして扱われるんだよ」
「うえーなにそれ気持ち悪。なんでそんなことになってるの? っていうか世界?」
「うんと小さい頃から、そういう風に教育されるんだよ。だから泣き落としすら使わないシルフィ達がおかしい。何かあっても男のせいにしたりせず解決しようとするだろ」
「当然じゃん。んーこれは意識改革が必要だなあ……リリアの言う通りか」
リリアめ、何か吹き込んでやがるな。
「リリアはなんて言った?」
「女の子に対して凄く警戒心が強いから、ゆっくり心を開かねばならぬのじゃーって」
「ま、大正解だな」
「認めるんだ……んーじゃあさ、練習しようよ。女の子といる練習。さっきみたいに鍵のおかげとか言われると傷つきます! アジュはひどいことを言いました」
ひどいことに分類されるらしい。本気で不思議なんだよなあ。
でもシルフィが悲しそうだし言わないでおこう。できればこんな顔をさせたくない。
「悪かったよ。もう言わない。お詫びに何かするよ」
「そっか、じゃあお詫びは練習一回で手を打とうじゃない」
「そんなんでいいならいくらでも」
ここで店員がケーキを運んでくる。二人分のチーズケーキと……なんじゃこりゃ。
「チーズケーキ二つとカップル用らぶいちゃドリンク一つでーす。ではごゆっくり」
笑顔で去っていく店員さん。ケーキはいいさ。チーズケーキ好きだし。問題はもう一つ。
「えぇ……なにこれ?」
二人で飲むことを想定しているからか、結構大きいグラスにストロー二つ。
らぶいちゃドリンクという名前自体どうかとおもうが、それに負けないくらいインパクトが有る。
なんかピンク色だし、桃のジュースか? トロピカルドリンク的なやつだな。
「あ、あははー頼んじゃった」
頬を染めるシルフィさん。なるほどな、俺に言えば拒むことを見抜いたわけか。
「おいおい、これカップルのやつだぞ。興味があったのかも知れないけど、誤解されるだろ」
「わたしと誤解されたらイヤ?」
「俺がどうこうじゃなくて、シルフィが誤解されるとまずいだろ」
「うあーこれはゆっくりいってたら十年くらいかかるよリリア……」
がっくりと肩を落とすシルフィさん。俺はどうすべきなんだこれ。
「なぜここでリリア?」
「そこから!? ええいこれを練習一回にカウントします! 一緒に飲むよ!」
「…………マジすかシルフィさん」
「マジっす。あとさん付けやめる。ギルメンとのお約束は守るのがいいマスターです。一緒に飲んでくれるとか優しいなー憧れちゃうなー、となるわけですよアジュさん」
「さん付けはいらん。シルフィ絡むといつもこういうことになるな」
別にイヤじゃないけど恥ずかしいイベント起こりすぎ。
「はい、覚悟決めるよ。一緒に飲むよ……よ、よろしくお願いします」
畏まるな。余計緊張するわ。
「……こちらこそ」
俺は何を言っているんだ。覚悟を決めてストローを咥える。
先手必勝だ。先に動いたほうが恥ずかしくない。さあ俺は準備出来たぜ。
「い、いきます」
ゆっくり顔を近づけるシルフィ。
一緒のドリンクを飲むということは必然的に顔が近くなる。
「ちょ、ちょっとタイム。これ恥ずかしい……ごめん次はちゃんとやる。すぅ……はぁ……よっし、大丈夫」
一回離れて深呼吸した後、もう一度近付くシルフィの顔。
お互いにストロー咥えてジュースを吸う。その間ずっと顔が近い。
人ってこんなに真っ赤になるものなんだなあ。
なんだろう、キスよりは遠いが、日常会話には近い距離だ。
「ふぅ……これは恥ずかしいな。ケーキも食おう」
そこそこ飲んでケーキに取り掛かる。
「ん、そだね。ちなみにジュースを飲みきったら一回終了です」
「過酷な試練だぜぃ」
ケーキは美味い。きっと恥ずかしさが無ければもっと味がわかっただろう。
なんとかジュースを飲みきって店を後にする頃にはもう夕方近くだった。
壮絶な時間だった。でもシルフィがずっと笑顔なので、たまにはこんな日があってもいいだろう。
やっぱり悲しそうな顔より笑顔で居て欲しいからな。




