もっと鍵の力を試してみよう
「準備オッケー! いつでもいけるよ!!」
やる気満々のシルフィさんに連れられて、やって来ました学園内の修練場の一角。
小さい道場くらいの部屋がいくつも存在している区画がある。なるほど、これなら空いている部屋を選ぶだろうから人も来ないだろう。
「ああ……朝ってのは陽の光だけで眠くなるな」
「仕方ないじゃろう。人が来ない場所などわしらは知らんのじゃ」
大きな窓から差し込む朝日がちょい眩しい。カーテン閉めとこう。
床や壁が特殊な素材と魔力でコーティングされているらしく、ちょっとやそっとじゃ壊れないらしい。
早朝に、いくつかある修練場のうち誰も使っていない場所を運良く見つけて今に至る。
「ここまで来て言うのも何だけどさ。どうして俺達にここまでしてくれるんだろうな?」
シルフィが離れた場所でストレッチしているので、横にいたリリアに聞いてみる。
だって明らかにおかしいだろう。二人の顔面偏差値と戦闘力考えたら、もっといいパーティーに入れるはずだ。俺みたいな非リア充代表選手と仲良くなろうとしたことがそもそもおかしい。
「シルフィがやると言っているのだからいいじゃない」
「女が俺に友好的というのがまず意味不明だ。メリットが少なすぎる」
「人の好意を疑いおってこやつは……」
学園長が俺に依頼したのはなぜか。ずっと疑問だった。異世界から来たから? 問題を解決できる勇者だと思われたのかも。でなきゃ俺である理由ってなんだよ。女が無条件で親切になんかするはずがない。絶対に理由がある。
「どうしても気になるなら、今度時間がある時に話すわ。だからシルフィには聞かないであげて」
かなり真顔で頼まれた。そこまで無理やり聞くことでもないか。
嫌われてパーティー組めなくなれば、困るのは俺だし。
「わかった。とりあえず聞かないでおくよ」
「助かるわ」
「ねーまーだー?」
柱に寄りかかっていたシルフィに、焦れたのか催促される。
入学時に貰った支給品をリリアに預けて腕輪を籠手に変える。支給品はカバンと液体の入ったビンと包帯、学園の地図だ。
「わかっておると思うが、今回の主旨は、アジュの訓練じゃからな」
「ふっふっふ、ドンと来いだ!!」
剣をブンブン振り回すシルフィ。やる気出しすぎて、空回りしそうだな。
「よーしこーい!」
シルフィの振り回した剣が柱に当たる。
「あだっ!?」
おもいっきり当たったからか、剣を落とす。ちょっと涙目だ。
「いたた……うぅ……柱に攻撃されたー!」
「落ち着きなさいシルフィ。あなたが全面的に悪いわ」
「イロハがフォローしてくれない!?」
仲いいな二人とも。今から戦うっていうのにほのぼのするわ。
「アホやっとらんと準備するのじゃ」
「ほいほい。解説頼むな」
「任せるのじゃ。まずマスターキー……とりあえずヒーローのやつでよい」
「他にもあるのか?」
「おぬしの心理状態で出てくるものが増えたりすることもあるのじゃ」
どうやらマスターキーも複数あるようだ。
リリアによると特殊な能力や経験・知識が凝縮されてできるものらしい。
『ヒーロー!』
籠手に鍵を差し込み、輝くにも程がある鎧へ変わる。
頭も体もすっぽり覆ってしまうローブを着ているのでちょっと輝いただけだ。黒いローブなのに光が漏れ出ているのが異常なんだと思う。
ローブはシルフィに借りた。ちゃんと洗濯したやつらしい。別にがっかりなどしていない。
「マスターキーの経験や記憶が自分に流れ込むように意識するのじゃ」
抽象的すぎるだろ。今はこの目立ちすぎる鎧を何とかしたい気持ちでいっぱいだよ。
ローブの前のボタンをとめる。これでまあまあ隠せるはずだ。
「うむ、それならば目立たんじゃろ」
ヒーローキーさしっぱなしだと、何をどのタイミングで使うか何となく分かる。
これが知識なんだろうきっと。違うと言われたらどうすればいいんだろう。
「よし、待たせたなシルフィ」
「待った分、全開で行くよ!」
「危ないから最初は素手で行くのじゃ」
「そうね、加減がわからず死なれても困るわ」
壁際に座り込んでいるリリアとイロハから提案される。
「いいよ! それじゃあシルフィ・フルムーン参ります!」
一瞬で俺の懐に入り込んだシルフィが右拳を繰り出す。それを体を捻り回避し、左手でシルフィの右腕を逸らした。
「せいっ!」
逸らされた勢いを消さずに一回転しながら上段回し蹴りを放つシルフィ。半歩後退し、余裕を持って避ける。
「おおーやるね!」
「俺の力じゃないけどな」
格闘技経験など無い俺がここまで動けるのには、訳がある。
キーに蓄積された圧倒的な戦闘経験と知識が、俺の中に流れ込んでいる。この鎧を着ている時だけのオプションだろう。じゃなきゃ最初の一撃で負けている気がする。
「せいっ! とう!」
大振りな攻撃をやめ、例えるならボクシングのジャブのように小刻みに攻撃してくる。
ただ突っ込んでくるだけじゃないんだな。
「だだだだだだだだ!!」
確実に当てることを狙ったのか、拳の連打にローキックが混ざる。
それを最小限の動きで避け、時にははたき落とし、苛烈になる攻めから逃れるように後ろに飛ぶ。
ここまで俺は手を出していない。なんか気がひけるんだよなあ。
クソ女相手なら、顔ぶん殴れば気持ちいいのかも知れない。でもシルフィはピュアすぎて尻込みしてしまう。
「そろそろ剣使ってみるのじゃ」
リリアからの指示で鍵を差す。
『ソード』
俺の右手のひらから、シュルっと剣が飛び出す。
聖剣とか呼ばれていそうな綺麗な剣。装飾にも彫り込まれている刻印にも力を感じる。
「よーし、一撃必殺だー!!」
必殺されると困るんだけどな。剣使うんじゃ、ますます攻撃し辛いじゃないか。
「手加減よろしくな」
「大丈夫。ちゃんと刃先は丸まってるよ」
「そりゃよかった」
俺の剣も魔力を込めると、斬れないようにコーティングできるようだ。
これを済ませて、キーの経験を頼りに軽く剣を振り下ろす。
「ほいっと!」
だがそこにシルフィの姿はない。
「……ふっ!!」
気配のする方にとっさに剣を向ける。剣と剣のぶつかる音がする。
「うひゃー防がれちゃったよ」
驚きながらもシルフィの剣は止まらない。軌道が読めない。剣技が独特過ぎるんだ。っていうか気配を読むとか凄いな今の俺。
「ちょいさ!!」
シルフィの上段切りが半円を描くように軌道を変えて中段になる。かと思えば突然直角に曲がる。
「その剣誰に習った?」
横薙ぎに剣を振り、シルフィに避けさせて距離を取ろうとする。しかし、俺の攻撃を避け、回転しながら懐に入り込んでくる。
縦に斬れば横に回られる。横に振れば振った先に先読みして移動される。掴みどころがない。まるで風だ。
キーの動体視力と運動神経の上昇効果がなければ絶対に勝負にならない。まずシルフィの姿を捉えることすらできないだろう。
「いろんな人の試合を見たりしてたよ。あと何人か先生もいたし!」
学園に来て中等部で基礎を学んだ、と付け足してくる。いいとこのお嬢さんらしいけど、複数の家庭教師付きか。相当に修行したんだろうなあ。
「集中せんと死んでしまうぞい」
リリアの一声で我に返る。いかん妄想してる場合じゃない。
「シルフィの剣にあそこまでついていけるなんて……」
イロハが驚いている。だがその何倍も俺が驚いている。
貧弱な坊やだった俺が、キーを手に入れてバラ色の人生に的な?
いかがわしい雑誌の裏とかに載ってそうだな。
「集中しろと言うとるじゃろ……」
「わかってるって!」
なぜ余計なことを考えていることがバレる? 考える余裕が出てきたんだろうか。実際、考え事をしながらなんとなく感覚に身を任せるだけで楽勝で戦えている。
「まだまだいくよ!」
ちょっと本気でやってみる。
シルフィの動きを真似て背後へと回りこむ。それに合わせてシルフィも動き出すが、更に倍の速度で回りこむ。それでも付いて来たら、さらに倍の速度で動く。
痺れを切らしたシルフィが剣を横薙ぎに払う。その剣を絡めとり、上空に弾き飛ばす。
「うわっととと。まだがんばれる!」
飛び上がり剣をキャッチして降りてくるシルフィ。
今3メートルは飛んだぞ。武士の情けだ。スカートだし下着は見ないであげよう。マジで嫌われたくない。
「アジュ強いじゃん! もっとやれるんでしょ?」
「多分な。俺もまだわかってないけど、いけるはずだ」
ぶっちゃけよう。メッチャメチャ手加減してる。多分手加減しなければ、灰も残さず消せるだろう。片手間で。
「ほれほれ、もっとキーを使うのじゃ」
「そうだな。鍵の検証に来たんだよな」
もう一本キーを差して回す。キーが宝石部分に飲み込まれる。
『エリアル』
俺の足元に魔法陣が展開される。後はイメージだけで空を飛ぶことができるはず。
「おぉ……これは……加減が難しいけど面白いな」
なるべくゆっくりと上昇する。常に自分の十センチくらい下に魔法陣があるな。これは空中で戦う時に、踏ん張る地面の代わりにしろということみたいだ。意識すると、空中で魔法陣に座り込める。
「いいなーそれ。わたしもやりたい!」
「無茶言わんでくれ。ってか飛行魔法とかないのか?」
「あるけど使えない!」
「素直でよろしい」
飛んでると戦いにならないので降りる。
足元がふらつく。飛んでいる時というのは地面とはやはり違う。
「おぉ……っとと」
「大丈夫?」
「感覚に俺が追いつけてないな。失敗失敗」
「失敗したらダメじゃろ。要練習じゃな」
「そうね、足をくじくわよ」
ごもっともです。地道に効果を確認して、ゆっくり慣れるとしよう。こういう検証していく作業は嫌いじゃない。それがファンタジーなパワーなら尚更だ。
「変身解除じゃ」
俺が倒れるんじゃないかと心配したのか、リリアがそう告げる。
解除、解除はイメージ。鎧を取っ払うイメージ。変身が解けて、籠手が腕輪に戻る。
「ほれ、こっちに座るのじゃ」
「あれ? もう勝負おしまい?」
シルフィが残念そうだ。ほっぺが膨らんでますよシルフィさん。
「今回は無理せず、使えるものを増やして、限界を超えない訓練じゃ」
「そうね、力としては強力なのだから、ここで調べ尽くす方がいいわ」
壁を背にして座り込む。そこそこ疲れてるな。俺は元からあんまり運動するタイプじゃない。
でも勇者って肉体労働っぽいよなあ……徐々に慣れるといいなあ。
「はい、タオルよ。使いなさい」
シルフィと俺にタオルを渡してくるイロハ。運動で汗かくなんて久しぶりだよ。
「ありがとイロハ」
「悪いな。洗って返すよ」
「別にいいわ。そのまま返して」
「いや悪いだろうよそれは」
「気にしないと言っているのよ。勝手に洗おうとしないで」
おおう初めて言われたよそんなこと。俺に持ち帰られるのがイヤということか。
「貴方も同志ならわかるはずよ」
「なんのだよ?」
嫌がっているのに持ち帰る気もないので返す。
「自覚がないのか隠しているのか。まあいいわ。ゆっくり休みなさい」
お言葉に甘えて休むことにする。
休んだらまた鍵の力を試すとするか。




