今年から手紙を書くことにしたの。会えなくても、これなら平気だね。
じりじりと肌が焼けていく。つばの広い麦わら帽子を被っていたが汗は止まらない。首にかけたタオルで拭ったが、次から次へと吹き出してくる。土で汚れた軍手は湿っていて気持ち悪いし、寄ってくる蚊の羽音が鬱陶しい。
畑の草むしりをしていた蒼真は、馴れない仕事に悲鳴をあげている足腰を伸ばした。くらり、と立ちくらみを起こした。
これほどまで自分のからだが弱いとは思っていなかった。やはり高校は運動部に入っていた方が良かったか。
高校三年生になり、部活がなくなった。体を動かす機会は授業の体育だけで、あとは教科書とにらめっこをするだけだ。
学校でも家でも『受験』という言葉が飛び交う中、夏休みに入り皆が必死に机にかじりついているだろうと想像しながら、蒼真はクーラーの効いた畳の部屋で一人アイスを食べながらテレビを見て、優越感に浸っていた。
「…………こんなにこき使われるとは。母さんは人使い荒いからな」
母親の実家へ来ていた蒼真は少々後悔していた。こちらに来れば受験勉強という精神的に強豪な魔物から逃げられると思ったのだが、実際は母親から命された農作業の手伝いばかりで肉体的に削られるばかりだ。それでも机に向かいじっと座っているよりはましだと思った。そう思うようにしていた。
しかし、こちらに来たところで誰と遊ぶわけでもないし行くところもない。やることだって無いのだ。それなら家で勉強をやっておけば良い話なのだが、その気にもなれない。
ーー重い考えは吹き飛ばそう。
蒼真は深呼吸をした。途端、アイスが棒から滑り落ちそうになったので慌てて口で受け止めた。そこへ、買い物に出掛けていた母さんとばあちゃんが帰ってきた。
「蒼真、休憩終わったら神社の掃除行くからね」
「えっ、じゃあ留守番?」
母さんとばあちゃんは食品を買い物袋から冷蔵庫へ入れる手を止めて同時に口を開いた。
「あんたも来るんだよ!」
今日は祭りのための境内一斉ごみ拾いの日……ということは、祭りまであと一週間を切ったのだ。小さい頃は親に手を引かれて行き、町内のじいさんばあさんに挨拶をしながら一生懸命小さなごみを拾う、自分の中で毎年の恒例行事だった。
薄汚れた緑のツナギを着ている町長から軍手とゴミ袋を渡され、大きくなったねと驚かれた。もう高三ですからと微笑しながら答える。
辺りを見渡すとばあちゃんはお隣さんと話をしながら手を動かしている。反対に母さんは黙々と一人で……じゃなかった、中高の同級生と仲良くお喋りしている。小さな子もポツポツと居るようだが、親の影に隠れて見え隠れしている。
蒼真はしばらくごみ袋を片手に歩いていたが、気がつくと人気のない場所へ歩みを進めていた。
こっち。こっち。
見えない誰かが手招きしているようだった。無意識のうちに爪先に階段があった。石段だ。
のぼれ。のぼれ。
声に引き寄せられるように、階段に足をかけた。一歩、また一歩と最後まで石段を登ってゆく。目の前に、古びた祠が静かに佇んでいた。
木製の観音扉の隅はカビに侵食されていて脆くなっているようだ。その前に小さな賽銭箱が置いてある。
蒼真はしばらくそれらを視界の中に入れていたが、ふと寒気がした。鳥肌が立った腕を擦るようにして自分を抱え込む。さっきまで暑かった。なのにどうしてだろう。
冷たくなった汗が背中を伝って落ちていく。目は祠を捉えて離さない。
ーー何故だ。
祠が崩れている部分の隙間から覗く闇がどろり、と足元に忍び寄る。動けない足にそれが絡み付いてくる。
ーー冷たい。
異様な湿った空気は徐々に全身を包み込む。それを振り払うように降り動かした手を観音扉に引っ掛ける。
「うっ、わあぁ!」
声と同時に体から重いものは消えた。開かれた祠の中には花柄の封筒が入っていた。