……でも君は来てくれなかった。ちょっと悲しかったな。でも新しい友達ができたおかげで寂しくはなかった。
振動は冷たい地面を伝って聞こえる。
まぶたをゆっくりと上げてみた。
もう、祭りの最後のイベントになってしまったらしい。
「……綺麗な花火」
真っ暗な空に巨大な光の花が咲く。
幾重にも重なり、開き、次々と美しい花を咲かせる。
キラキラとした色とりどりの花火は、やがて枯れ、消えた。
その姿を覆い隠すように次の花火が打ち上げられる。
美しい花は心を震わせた。
「…………なんでだろうね」
蒼真は来なかった。
いつまでたっても来なかった。
また次の夏がやってきた。
今年は平年より涼しく感じる。
私は軽やかな足取りで神社へと向かった。祭りまで1ヶ月を切ろうとしている頃だった。
別に理由があるわけでもなく、ただの気まぐれで、外に出るのが楽しかったから。
病気の方は全然気にならなくなった。去年の夏祭り以来、重苦しかった体も鉛のような頭も嘘みたいに軽くなった。これが一般の人の重力なのだろうけれど、私にとってはフワリとした、ちょっとした無重力の感覚だった。
夏祭りのあの賑やかさが嘘のように、神社には誰もいなかった。太鼓の音や笛囃子の音楽はなく、風が木の葉を擦る音と元気な蝉の声が耳の奥まで響いてきた。
私はいつもの場所で「彼」を待った。
ザザザ、と強い風が境内を囲む林の中を吹き荒れる。私の外はね髪をさらい、青い空へと抜けていく。
一瞬の静寂が訪れた。
来た。「彼」だ。
「おはよう」
少し右後ろの空間を見上げる。
「今日は少し遅めなのね」
私はごく普通に「彼」とお話をしているつもりなのだが、端から見れば一人でブツブツと喋っている変な子に思われていることだろう。幸い、この神社に人影が見えることは滅多に無いのだが。
「彼」は祠のすぐそばの木陰にいる。だから私はその隣の木の根に座る。
「彼」と出会ったのは去年の夏祭りが終わったときだった。
気付いたときには目の前にいて、寝転んでいる私の顔を不思議そうに覗き込んでいた。
私はビックリして飛び起きた。
「……な、なに?!」
対面した瞬間、彼の姿に再び驚かされた。
ーー足が見えない。幽霊だ。
彼の体の半分、腰の辺りから地面にかけて向こう側が見えている。ボヤボヤと発光しているようにも見える。
辺りをキョロキョロと見渡してなにかを確認している。そうして、自分自身を指差しながら目をまん丸にして嬉しそうに聞いてきた。
「き、君、見えるの? 僕が見える?」
私は呆気にとられ、まばたきすら忘れていた。そんな私に彼はずいと近づいてこう言った。
「僕、太一って言うんだ。小川太一。君は?」
ーーこの日から私は霊が見えるようになった。
霊は悪さをするものだとばかり思っていたが、彼はそうでもなかった。
今も私の横でニコニコと微笑んでいる。
私はふと思った、前々から聞きたかったことを聞いてみることにした。
「太一って、どうして幽霊になっちゃったの?」
うーんと首を捻って少し考えている様子だったが、ゆっくりと口を開いた。
「……約束、なんだ」
約束という言葉に、私の胸が締め付けられる。
「……ある女の子と約束したんだ。その場所に行く途中、事故にあって死んじゃったらしいね。こんな体になっちゃたから」
太一は自分の足元を見て短い息を吐いた。
「約束を守りたいけれど守れなくなった。この事を伝えたいけれど伝えられない。あの子は何処へ行ったかも分からなくなった。だから」
一旦言葉を切ると、私の方に向き直る。今度はとても真剣な目付きで見ている。
「だから、つばめちゃんも約束しているなら手遅れになる前に伝えてあげて」
……太一は何もかも見透かしているようだった。一度もその事については喋らなかったのに。霊には分かるのだろうか。
しかし、伝えるというけれどどうやって伝えればいいのだろう。彼がいる場所は遠いところだと言っていたし、すぐに行ける距離ではないことは分かっている。携帯だって高校からと言われているので持っていない。電話番号だって知らない。
「手紙だよ。今のつばめちゃんなら書けるはずだよ」
「で、でもどうやって渡すの? 蒼真の場所なんてーー」
「約束の場所に置いておこう。近くに祠があったでしょ。その中なら誰にも見つからないし万が一のことが起こっても僕が守れる」
私は左にある祠に目をやった。そういえば、蒼真はよくここを覗いていたっけ。
「蒼真くんは来ると思うよ。僕、なんとなく分かるんだ」
そう言って微笑む太一を信じてみようと思った。
私は帰って早速手紙を書いてみた。机の引き出しの中から、昔お母さんに買ってもらった花柄のレターセットを取り出した。数枚、友達とのやり取りに使ったが、後は放置状態だった。
書き始めには悩んだ。あまり難しい言葉は知らないし、固苦しくなりたくない。
ーーこの手紙はもしもの時に蒼真が見るものだから。
私はこの手紙が蒼真に見られることの無いように祈った。
今年の夏祭りは会えるだろうという期待を込めて書いた。
去年はもしかしたら急な用事が出来たのかもしれない。体調を崩してしまったのではないだろうか。だから祭りに来ることができなかったんだ。うん、きっとそうだ。
夏祭り当日になった。
私は約束の時間より少し早く行って、祠の中に手紙を隠し、石段の上でいつも通り蒼真を待った。
お母さんは屋台を出していなかったので、カステラは貰えなかった。
暗い空の下でゆらゆら揺れるぼんぼりを見ながら蒼真を待った。
そしてまた、花火が上がった。
それがちょうど終わる頃、太一が顔を出した。
来年も同じようなことになるだろうという思いが私を襲った。
そしてまた、手紙を書いた。
いつしか5年という月日が流れていた。