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約束の場所で君をずっと待ってたんだよ。

あの約束から5年目の夏祭りがやってきた。


今年も、いつもと同じようにカステラを販売するお母さんを見送るために玄関まで出ていく。


「つばめ……一人で大丈夫?」


閉めかけた扉を半分開き、母親が顔を覗かせた。


私は両頬を上げ、心配の色を浮かべている母親を見上げた。


「まぁたお母さん。去年も同じこと言ってたよ? 心配しなくても大丈夫、今日は調子が良いから」


先月、夏バテで食欲をなくしたことが頭から離れないのだろう。先々週からやっとご飯を食べられるようになったのだけれど、それでも母の心配は尽きない。


私は腕を上下に勢いよく動かした。元気だよ、といういつものサインだ。


「本当ね?」


念を押した母ににこりと微笑む。この不安はどうしても拭いきれないものだから仕方がない。それでも、私の気持ちの問題でもある。


私が元気であれば、お母さんは要らない心配をする必要がない。


だから、笑顔で見送らなくちゃ。


「大丈夫だって。お母さんこそ、お店してる途中で倒れないようにね」


わざとらしくからかってみた。母の顔が少しほころんだ。


母が扉を閉めるまで、私は小さく手を振る。


その間、庭に生えている木からセミの声が聞こえては消え、聞こえては消え、を繰り返し、どこかで風鈴が鳴った。


まだ太陽が昇り始めた頃だった。






冷蔵庫から取り出した冷えた麦茶をガラスコップに移し変え、一口飲んでから縁側へ足を向けた。


木目調の廊下を進み、庭の石畳へと続くガラス張りの扉をスライドさせた。裸足の足を投げ出し、空気を吐き出した。


日中に比べたらまだ涼しい時間帯。


それでも日光に当たる皮膚の表面はチリチリと痛む箇所がある。なるべく日陰の方に移動して白い肌を擦った。


日焼けしていない真っ白な肌……私は嫌いだ。外に出て遊びたい。思いっきり。でも、それは叶わない。大きなつばのある帽子に長袖長ズボン。強い日差しを避けるために母が用意したものだった。私は太陽のもとへ出るときはいつもそれらを身に付けていた。


耳から入り込むセミの鳴き声は頭まで響き、脳内を()き乱してゆく。ゆらゆらと揺れる陽炎(かげろう)は見るもの全てを幻の世界へ誘う。






ーー嗚呼(ああ)、“また”だ。あの時と同じだ。






心臓がドクドクと波打つ。血が逆流し、血管を膨張させる。脳まで達した圧迫感は意識を蝕む。


まるで座ったまま立ちくらみを起こしたように、視界は黒白と点滅を始めた。青々とした夏の緑が見えない。突如として耳鳴りが聞こえる。元気なセミの声が聞こえない。


いや。


怖い。


「……はやく、早く治って」


もはや重力がわからない。見えないはずの景色がぐるぐる回って気持ち悪い。






ーーふと、体が軽くなった。


セミの声が戻ってきた。庭先の草花も見えるようになった。


「今日は病状が悪化しなかったな。これなら大丈夫」


天井を見上げながら呟いた。


自分の中で言葉は反響し、自分は元気だと思わせる作戦だ。要するに、気の持ちようだと母から聞いたことがある。


「……それに、蒼真が待っているんだもん。ここで倒れるわけにはいかないよ、長生きしなきゃ」


医者はもう長くないと母に言っていたのを、私はこっそり聞いていた。部屋から出てきた母の目は赤かったことを今でも覚えている。


私の病気のことは、家族以外の誰にも言っていない。学校の友達にも、隣の家の人にも、約束を交わした蒼真にも。


だって、心配されるのって嫌じゃない?

私は元気なのに「大丈夫?」って毎回心配そうに聞かれたら、こっちが不安になるよ。


病気だからって何よ。私は普通に生活したいだけ。みんなと同じように生きているんだから。






壁に掛かっている時計は10時をまわったところ。


「まだ時間あるね」


廊下で大の字に寝転んだ私は目をつむり、吹き抜ける風を頬で感じていた。

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