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……最後のお願い。太一をお姉ちゃんに会わせてあげて。太一、すっごく不安そうにしてたから。

そこにあの頃のつばめが立っていた。祭りの賑わいと独特の雰囲気を背にして立っていた。


「そうま」


もう一度、名前を呼ばれる。

青の浴衣に赤の帯。記憶の中の彼女と少しも変わらない、幼い日のつばめ。

いざ本人を目の前にすると言葉が出てこない。黙って向き合って数秒後、つばめがまた口を開いた。


「……ごめんね」


涙と共に出てきた言葉は小さく、か弱く、とても優しかった。


その声と体を抱きしめた。

するりと空気を掴むようだった。ひんやりとした感覚だった。




石段を降りると、とたんに雰囲気が変わる。オレンジの光がにじみ、声も、音楽も、全てを包み込む。ここも相変わらず昔のままだ。


ある店の前で足を止めた。


「えっ、あ……蒼真くん……?」


店の中で手を動かしている女の人がこちらに気がついたようだ。自分は軽く会釈した。つばめの母親だった。


「……カステラ1つください」


ふんわりと甘い香りが漂ってきた。出来立てのカステラからは湯気がたっている。そのまま紙の袋に詰められた。


「久しぶりね、蒼真くん。今は……高校生か。早いわねー」


カステラを受けとり、代金を払った。


「頑張ってね!」


軽く会釈してそこを離れた。


「……お母さん」


つばめがポツリと呟いた。自分はどうもやるせなかった。持っていたカステラの袋をつばめの目の前に差し出した。左側にいたつばめはビックリした目でこちらを見上げた。


「カステラ、好きだろ。あげるから悲しい顔すんなって……」


ぎゅっと唇を結び、何かを(こら)えるような表情をした。コクリとつばめは頷いた。そして再びこちらを見上げ、ありがとうと言った。


「でも、私食べられないよ」


「…………う」




その後、店をぐるりと一周回った。それほど規模は大きくないので時間はかからない。お喋りしながら昔を懐かしんだ。つばめはというと、あの頃以上に走り回っていた。病気持ちのあの頃より体が軽くなった、と言った。


「あ、私幽霊か。幽霊に重さは無いもんね。通りで体が軽いはず。あははっ」


今の彼女自信の状況を笑い飛ばしていた。本来のつばめらしさをやっと見られたようだった。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。




「太一くん」


石段を上がり、祠の方に向かって手をあげたつばめは走り出した。


「蒼真くんと会えたんだね。よかった」


つばめと太一は両手を繋いでくるくると回った。無邪気な子供を見ているようだ。


「ははっ、まんま子供じゃないか。な、混ぜてくれよ」


自分は二人の輪の中へ歩みを進めようとした。


「……ねぇちょっと、蒼真?」


不意に背後から名前を呼ばれた。聞いたことのある声だった。


「え……誰。ーーっじゃなくて、姉ちゃん!」


従姉が来ていた。仕事が終わり、久しぶりに帰郷してきたらしい。従姉らしい軽快な服装はちっとも変わらないが、髪が少し伸びている。


「ちょっと、酷いんじゃない。一応従姉よ。顔、忘れないでよね」


そう言ってむくれた。慌てて謝り、機嫌を直してもらった。


「蒼真、おっきくなったね。5年ぶりだからか。いやー、私も年取ったなぁ」


「姉ちゃん、来るなら来るって前もって言ってくれなくちゃーー」


「ギリギリまで仕事あったから、どうなるか分からなかったの。ばあちゃんには言ったんだけど?」


会話に気づいたのだろうか、先ほどまであんなにはしゃいでいた二人が制止状態でこちらを見つめていた。


そんな中、従姉を不思議そうに見つめていた太一が急に驚いた顔をした。それもそのはず、太一が約束を守れなかった子とは従姉のことだったから。


「ちょっと姉ちゃん、耳貸して」


「な、何……」


背の高さは同じぐらいなので、従姉の耳元にすぐ囁けた。初め、驚いた様子で聞いていたのだが、次第に真剣な表情となっていくのがわかった。


うん、と従姉は頷くと何もない空間ーー二人がいる場所に向かって叫んだ。


「いっちゃん!」


その声に太一がびくついた。しかしそれは恐怖や驚きではなかった。だって顔には喜びの表情に満ちていたから。


「私は別にいっちゃんを責めたりなんかしてないし、怒ってもない。だから、もう、苦しまないで。自分で自分を責めないで」


必死で願う従姉は、いつのまにか目に涙を浮かべていた。


「私、あの日、とても楽しかったから。いっちゃんと遊べて、とても幸せだったから!」


従姉は続ける。


「もし、いっちゃんが良いのなら…………もう一度、花火見に行こう」


そして、右手を差し出した。その先にはちゃんと太一の姿がある。その手のひらにゆっくりと重なる太一の手。


「うん……うん!」


従姉にこの事を伝えると、今までにないくらい嬉しそうに笑った。






真っ暗な夜空にまばゆい光の粒。本年度最後の花が咲く。祭りのクライマックスを告げる特大の花火が上がった。


今頃、従姉と太一は木の上の特等席で大輪の花火を見ているのだろう。


「そうま。本当にありがとう。もうこんな事二度とないと思っていたから嬉しかった」


隣で石段に腰かけているつばめがしんみりと言うものだから、少し胸がざわつく。


「な、何言ってるんだよ……つばめらしくないじゃないか。来年も再来年も、またここで会うーー」


つばめは首を降った。


「約束したら、破っちゃうかもよ」


それはもうーーと言いかけて気がついた。今回の事を言っているんじゃない。つばめは直感的に『完全に存在が消える』ことが分かっているのかもしれない。


そこにつばめは居ないから姿が見えない。約束をまた破ってしまいかねない。


「ーーだから、あ、ほら、きれいな花火見よう?」


つばめは悲しみを裏に隠した、優しい微笑みをこちらに向けた。

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