表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

これを書く今の今まで気づかなかったんだよ。私って馬鹿だね。ちっとも変わってない。

夏祭りはいつも通り行われた。


夜の風が吹き抜けた。昨日とはうってかわって夜空が見えた。ぼんぼりの明かりがゆらゆらにじみ、そのトンネルの中を歩いている途中、ぴたりと足が止まってしまった。


屋台からの呼び込みの声。祭り囃子の賑やかな音。地に響く大太鼓の音楽。やぐらを囲む踊り子が舞うと風が動く。


瞬間、蒼真のなかを一気に駆け抜けるものがあった。と同時に何かが音をたてて弾けた。頭ではフラッシュが何度も何度も輝き、真っ白になっていった。


ーーあの時と同じだ。


10年前の夏祭り、あの階段の上で約束したんだ。思い出したくない記憶がよみがえってきた。


死んだと思いたくなかった。

つばめを。




「約束だよ?」


ーーそうだ、約束。


つばめは小さな小指を絡ませ、微笑みかけてくれた。絶対に約束すると言った。


「来年もまた会おうね」


ーーこの場所で。祭りの賑わいを見渡しながら、最後の花火が見える特等席で。


笑顔のつばめは記憶の中で色褪せて消えていた。




でも(よみがえ)らせてくれた。手紙と、太一が。


もう背を向けない。背を向けていると前に進めない。もう二度とつばめと会えなくなってしまう。……そんな予感がした。


すくんでいた足はいつの間にか軽くなっていた。もう、怖くはない。


「待ってるよ、つばめちゃん。毎年毎年同じ場所で。約束したんでしょ?」


背後で太一が行けと促した。

その声に背中を押され、ざわめきの中を走り出していた。






「……つばめちゃん?」


5年前の夏祭り。


君は眠るように死んでいた。本当に優しい顔をして、眠っているようだった。


そのときの自分は起こしてはいけないと思い、静かに横へ腰かけた。


「もうちょっと待ってね、つばめちゃん。お姉ちゃんが焼きそば買ってきてくれるから」


小声で喋りかけながら彼女の方を振り返る。左手の先に冷えたカステラが袋に入ったまま置かれていた。誰も手をつけていないようだった。


……不思議に思った。いつもなら、いつもなら袋に開けた跡があるはずなんだけれど。


ドクン、と心臓が脈打った。


「つ、つばめちゃん、カステラ食べないの」


少し声を大きくしてみた。太鼓の音に、笛の()に、呑まれないようにもっと大きく。


「つばめちゃん!」


名前を呼んだ。返事がない。

体を揺すった。目を開けない。


不安がよぎった。焦った。怖くなった。


そんな自分の目は、つばめの袖から落ちた一枚の四角い紙を捉えた。


それを拾い上げた。写真だった。


去年の二人がこちらを向いて笑っていた。つばめのカメラを借りて従姉が撮ったものだった。現像するから、とつばめが言っていたのを思い出した。


「あ……うあ……」


写真の中でつばめは笑っている。目の前のつばめは無の表情。


必死で揺り起こそうとした。

起きろ、起きろと願った。

また一緒に喋ろうよ。また一緒に遊ぼうよ。


願って、願って、願ってーー。




従姉がやって来て、つばめを揺さぶる手を掴んだ。


温かい焼きそばは、冷たい石段にぐちゃりと落ちた。


従姉もつばめの名前を叫んでいた。


もう、どうにもならないことを悟った。


それからの事は覚えていない。






「……つばめ?」


変わらない、約束の場所。息を切らしてたどり着いた、5年ぶりの冷たい石段。記憶の中とちっとも変わっていなかった。右、左と辺りを見回す。


つばめは。つばめはーー。


「そうま」


背後から名前を呼ばれた。あの優しいつばめの声だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ