これを書く今の今まで気づかなかったんだよ。私って馬鹿だね。ちっとも変わってない。
夏祭りはいつも通り行われた。
夜の風が吹き抜けた。昨日とはうってかわって夜空が見えた。ぼんぼりの明かりがゆらゆらにじみ、そのトンネルの中を歩いている途中、ぴたりと足が止まってしまった。
屋台からの呼び込みの声。祭り囃子の賑やかな音。地に響く大太鼓の音楽。やぐらを囲む踊り子が舞うと風が動く。
瞬間、蒼真のなかを一気に駆け抜けるものがあった。と同時に何かが音をたてて弾けた。頭ではフラッシュが何度も何度も輝き、真っ白になっていった。
ーーあの時と同じだ。
10年前の夏祭り、あの階段の上で約束したんだ。思い出したくない記憶がよみがえってきた。
死んだと思いたくなかった。
つばめを。
「約束だよ?」
ーーそうだ、約束。
つばめは小さな小指を絡ませ、微笑みかけてくれた。絶対に約束すると言った。
「来年もまた会おうね」
ーーこの場所で。祭りの賑わいを見渡しながら、最後の花火が見える特等席で。
笑顔のつばめは記憶の中で色褪せて消えていた。
でも蘇らせてくれた。手紙と、太一が。
もう背を向けない。背を向けていると前に進めない。もう二度とつばめと会えなくなってしまう。……そんな予感がした。
すくんでいた足はいつの間にか軽くなっていた。もう、怖くはない。
「待ってるよ、つばめちゃん。毎年毎年同じ場所で。約束したんでしょ?」
背後で太一が行けと促した。
その声に背中を押され、ざわめきの中を走り出していた。
「……つばめちゃん?」
5年前の夏祭り。
君は眠るように死んでいた。本当に優しい顔をして、眠っているようだった。
そのときの自分は起こしてはいけないと思い、静かに横へ腰かけた。
「もうちょっと待ってね、つばめちゃん。お姉ちゃんが焼きそば買ってきてくれるから」
小声で喋りかけながら彼女の方を振り返る。左手の先に冷えたカステラが袋に入ったまま置かれていた。誰も手をつけていないようだった。
……不思議に思った。いつもなら、いつもなら袋に開けた跡があるはずなんだけれど。
ドクン、と心臓が脈打った。
「つ、つばめちゃん、カステラ食べないの」
少し声を大きくしてみた。太鼓の音に、笛の音に、呑まれないようにもっと大きく。
「つばめちゃん!」
名前を呼んだ。返事がない。
体を揺すった。目を開けない。
不安がよぎった。焦った。怖くなった。
そんな自分の目は、つばめの袖から落ちた一枚の四角い紙を捉えた。
それを拾い上げた。写真だった。
去年の二人がこちらを向いて笑っていた。つばめのカメラを借りて従姉が撮ったものだった。現像するから、とつばめが言っていたのを思い出した。
「あ……うあ……」
写真の中でつばめは笑っている。目の前のつばめは無の表情。
必死で揺り起こそうとした。
起きろ、起きろと願った。
また一緒に喋ろうよ。また一緒に遊ぼうよ。
願って、願って、願ってーー。
従姉がやって来て、つばめを揺さぶる手を掴んだ。
温かい焼きそばは、冷たい石段にぐちゃりと落ちた。
従姉もつばめの名前を叫んでいた。
もう、どうにもならないことを悟った。
それからの事は覚えていない。
「……つばめ?」
変わらない、約束の場所。息を切らしてたどり着いた、5年ぶりの冷たい石段。記憶の中とちっとも変わっていなかった。右、左と辺りを見回す。
つばめは。つばめはーー。
「そうま」
背後から名前を呼ばれた。あの優しいつばめの声だった。