約束を破っちゃったの、私だった。
ーー君の従姉、僕知ってるよ。あの夏祭りの夜、約束した子だから。
墓を挟んで目の前にいる蒼真の様子を、上目でチラリと盗み見た。身じろぎせず、うつむき、後悔と悲しみの念が入り交じった顔だった。
ーー君のことも知ってる。伊藤蒼真くんだよね。あの夏祭りの日と比べると随分大人になったね。
あの日を思い出すと胸がきゅっと締め付けられる。まさか、僕たちと同じ運命を歩むなんて夢にも思わなかった。あの子は今、どこで何をしているのだろうか。元気だろうか。幸せだろうか。もう一度、声を聞きたい。姿を見たい。
その子はつばめと言った。毎年神社の祭りに来ていた子だった。
跳ねた前髪を星のピンでとめて、深い青の浴衣を着ていた。
いつもにこにこしていて元気そうなのに、はしゃいだりはせず大人しかった。石段の上から祭りの景色を眺めていることが多く、不機嫌そうな、悲しそうな表情をしていた。
僕は話しかけようとしたけれど、彼女には僕の姿が見えないらしかった。
つばめちゃんはあの時の子に似ている。僕が約束を守れなかったあの子に。だからお話しがしてみたかった。
その時は、こんな形でつばめちゃんとお話が出来てしまうなんて夢にも思わなかった。不幸な形だった。
どこからか名前を呼ぶ声が耳に入ったのだろうか。つばめちゃんはとたとたと駆け出した。僕は暫くつばめちゃんのあとについて回っていた。祭りのどんちゃん騒ぎのなか、するすると人混みを駆け抜けていくつばめちゃんの姿が記憶の中のあの子と重なった。
ーー『はやく、いっちゃん、はやく!』
祭り囃子のなか、大きな声で僕を呼んでいた君。花火を見せてくれると言っていた。特等席で見る花火はすごく綺麗で大きい、と。
木に登った僕達は、そこから見える景色にため息をついた。そうして、来年もまたここで見ようと話していた。
『約束ね。また会おう』
その約束は守られなかった。
石に刻まれた自分の名前を見て、死んだのだとようやく悟った。理由は覚えていないけれど、自分は死んだのだ。
あの子は僕の墓の前で泣いていた。途切れることなく涙を流していた。
だから、繰り返してはならない。
あの子のように悲しませてはならない。
ある年の夏祭り、一人の男の子が石段に座っていた。いつもはつばめちゃんが座っている場所だった。
カラン。
下駄の音がした。毎年のように青い浴衣に赤の帯。あっ、と小さな声が聞こえた。男の子が座っていたからだ。
「わたし、つばめっていうの。酒井つばめ。君は?」
「……そ、そうま。伊藤そうま」
彼らは自己紹介をしたあと、少しお喋りをしていた。そうまという名前の男の子はなんだかギクシャクしているように見えた。
「約束ね、指きりしよう」
つばめちゃんの小指に蒼真くんの小指が絡まる。
その瞬間、蒼真くんと目があった……ような気がした。僕は近くの祠の後ろに隠れた。
しばらくすると、また別の声が聞こえた。聞いたことのある声だった。その声の持ち主は蒼真くんの従姉らしかった。従姉さんは二人と言葉を交わしたあと、こう言った。
「君らを見てると"いっちゃん"を思い出しちゃうよ」
"いっちゃん"という言葉に反応してしまった。あの子が僕に付けてくれたあだ名だったから。もしかして、と振り返ろうとしたが途中で止まった。怖かった。
どんな顔をしたらいいのだろう。なんて言葉をかけたらいいのだろう。なにより、あの子には僕の姿は見えないだろう。
僕はもう一度、祠の影に隠れ直した。車座をして、膝を抱え込み、その中に顔を埋めた。