セリーヌ王女の好き嫌い
「フェイ、フェイー!!」
朝から大声でフェイネルを呼ぶセリーヌ。呼ばれたフェイネルは眉間に皺を寄せてスッと王女の傍に行く。
「どうなさいました?」
「見て」
セリーヌは目の前の物を指差す。
「…セロリがなにか?」
「むー!!私はセロリが大嫌いなの!!」
「はあ」
フェイネルが侍女になって幾日かが経った。今は朝食の時間だ。テーブルの向かいにいる王妃が口を開く前にフェイネルはちょっと失礼します、と言ってナイフとフォークを手に取った。
そしてセリーヌの嫌いなセロリを小さく刻んで皿上のベーコンとトマトと一緒にパンに挟んだ。
「どうぞ」
「うー、無理よ。私小さい時に食べて吐いてしまったのよ」
「どうぞ」
「聞いてよ」
有無を言わせないフェイネルにセリーヌは観念して一口食べた。
「ん…」
「セリーヌ、お味はどう?」
「不味くは…ないです」
王妃はフェイネルに微笑む。セリーヌは今までで王妃がなんと言ってもセロリを食べようとしなかったのだ。
「最近は料理長に出すなって言ってあったのに…」
「けれどもう大丈夫よね」
「なんだか昔と味が違うのです、お母様」
「お母様も小さい頃はトマトがどうしても食べられなかったわ。けど今はほら、んー美味しいわ」
王妃はトマトを食べて幸せそうに微笑んだ。それを見たセリーヌはもう一口二口とセロリを挟んだそのパンを食べる。
「…美味しい…かもしれない。というかトマトの味しかしない…」
セリーヌの食わず嫌いがとりあえず解決した後、朝食の時間は穏やかに過ぎていった。
朝食が終わった後フェイネルは調理場へと足を向けていた。一応セリーヌの嫌いなものを朝食に出したことを注意するのともう食べられるようになったからということを伝えるためだ。
調理場は渡り廊下を渡った西側にあり、フェイネルはこれだけで軽い運動になりそうだと思うのであった。
「おや、これはこれはフェイネル嬢ではありませんか」
調理場に入って料理長を呼んでもらおうとしていたフェイネルに40歳代くらいの気の良さそうな男性が声をかけてきた。長いコック帽がよく似合っている。
「こんにちは。お伺いしますが料理長様でいらっしゃいますか?」
「作用でございます。料理長を務めさせていただいております、ギルバードと申します」
「私フェイネル=ターナー=ブレインと申します。ギルバード様にお伝えしたいことがございまして参りました」
「いかがいたしましたか?」
「はい。今朝の朝食でセリーヌ王女の嫌いなセロリが出てまいりまし」
ギルバードはセリーヌの名前が出てからみるみるうちに顔が青くなっていた。
セリーヌが言い終わる前にギルバードは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!!」
「いえ、もう大丈夫なので気にしないでください」
「はい?」
「セリーヌ様のセロリ嫌いは克服されて。出てこない限りはそれもできなかったのだから結果オーライだと王妃様が仰っておりました」
「セリーヌ様がお食べになったのですか!?…しかしこちらの注意があきたらず、申し訳ありませんでした」
フェイネルは再び頭を下げようとするギルバードを引き留める。
「王妃様に伝えておきます。それとこれからは王妃様と分けて食事を作らなくて結構だとも仰っておりました」
「なんとっ…今まででどう調理しても召し上がられなかったのですが」
「セロリを刻んでベーコンとトマトと一緒にパンに挟んだんです」
「え、それだけで?」
「ええ」
実際はフェイネルの有無を言わせない圧力がセリーヌを動かした。しかし、フェイネルは無意識なのでパンに挟んだだけで好き嫌いが解決したと思っている。
「安心しました。セリーヌ様の好き嫌いは多いのでこの調子で克服していただきたいものですね」
「え、まだあるのですか?」
「はい。にんじん、卵、グリンピース」
「わ、わかりました」
小さい頃から好き嫌いをしなかったフェイネルは信じられない話だった。
「ところで、先ほど私のことを知っているようでしたが?」
「お父様とは昔からの仲なんですよ。王宮で働くようになってからなので20年以上の付き合いです」
「そうだったのですか」
「はい。ライオネル様とフェイネル様のお話はいつも伺っておりました」
「お父様…」
「あ、それでは私はこれで。今日は本当に申し訳ありませんでした」
「いえ」
ギルバートはフェイネルに礼をして厨房に入って行った。