フェイネルとレベッカ
「――というのが侍女の仕事よ」
自分たちも湯浴みをした後、フェイネルとレベッカはタオルで髪を乾かしながら部屋のベッドで話をしていた。レベッカは一通り侍女の仕事をフェイネルに説明した。
「あとはなにか聞きたいことある?」
「レベッカはいつから侍女をしているの?」
「え、私?4年前かな」
「…それで名前を知らないわけないじゃない」
「そんなことないわ。つい最近まで乳母のエリエッタ様がいらっしゃって侍女の役目はエリエッタ様の手の届かないことを手伝うことだったの」
「その方はお辞めになったの?」
「ええ。昨年病気にかかられて。今は静養中なの。けどね、エリエッタ様がお辞めになってから私たち侍女は気を揉むことが多くて。次々に辞めていってしまうのよ」
「レベッカは辞めようと思わなかったの?」
「私の家は貧乏だからこの仕事で家族を養っているようなものなの。簡単に辞められないわ」
「そうなの」
「下に5人も妹や弟がいるのよ。もう大変」
「へえ」
「可愛いんだけどね。フェイはライオネル様の他に兄弟はいないの?」
「いないわ。けど、そうね…侍女が妹みたい」
「そうなんだぁ」
「そそっかしくて。彼女が散らかした部屋を私が掃除したり」
「あら…」
「だから御令嬢とは違うのよ。彼女たちは自分の部屋を自分で掃除したりしないみたいなの」
「それはそうよ。ふふ」
「おかしい?」
「ええ、ふふ。フェイってもっと怖い人だと思ってた」
すっかりため口と愛称呼びに慣れたレベッカはフェイネルのベッドに移り隣に座る。
「そう?」
「そうよー。氷の女王ってことは身も凍るほど冷酷で怖ろしい美女なんでしょって」
「そんなことないのに」
「話してみたら全然怖くないね。あ、全然ってことはないかもだけど…」
「そうかしら?」
「うーん…あ。目じゃないかな?そういえば聞いたことがあるわ。獣を殺す勢いの目力だって」
「誰に聞いたの…」
「同じ貧乏育ちの侍女からよ。その子はまた別の侍女から聞いてて――。狼を目力だけで倒したって噂もあるわ」
「そんな馬鹿な」
「私もそれはさすがにないでしょって思ったわ。それにしても綺麗な瞳ね。スカイブルー?」
「ありがとう。お母様から受け継いでいるの」
「ライオネル様もだし、フェイネルのお家はみんな美形なんだろうね」
「どうかしら…。けど私はあまり自分の顔、好きではないわ」
「え、どうして!?」
「だって目なんて吊り上がっているしなんだか人を睨んでるみたいだし」
「シュッとしていて素敵よ。吊り上がってるという表現が間違ってるのよ」
「ライオネルは男だからいいけど女なら、そう、レベッカのように少し垂れた目がいいのよ」
「えぇ…。綺麗でいいと思うけどな」
「それに肌は怖いくらい真っ白よ。不気味だわ」
「いいじゃない。きめ細やかで透明で憧れるわ」
「それに」
「あー、もうわかったわ。私にはただの自慢にしか聞こえないわ」
「……」
「ごめんごめん。フェイにはコンプレックスなのね?」
「そうなの。だからどうしてみんな私を綺麗だとか美人だとか言うのかわからないの」
「それって私たち平凡な人間には贅沢な悩みだなぁ。じゃあこの噂は本当?頭が良すぎて人を見下してるって」
「えぇ…誰が言ってるの、本当…」
「違うの?でも頭がいいのは本当でしょ?10カ国語以上話せるって聞いたことあるわ」
「話せるのは事実だけどあまり利用する機会はないのよね」
「え、じゃあどうして覚えたのよ」
「いや、やることがなくてとりあえず勉強してみようかなって感じで」
「そしたら見下してるってのも嘘?」
「当たり前じゃない。そんな風に思われてるの?私って」
「なんか、そこがいいって。なんか…ドMってことなんじゃないかな、みんな」
「どんだけドMばっかりなのよ」
「けどそうだよ。だってそういう噂があるけどフェイのことを嫌ってる人がいるって話は一度も聞いたことないもん」
「そうなの?なんでだろ」
「やっぱ綺麗すぎてそんなの帳消しなんじゃないかな」
「変なの…」
「あとフェイは人嫌いなんだよね」
「…人嫌い?」
「そうだよ、これは事実だよね。今日大勢で移動する時嫌そうだったもん」
「それは人混みが苦手なだけよ。そんな人他にもたくさんいるでしょ。別にそんな大袈裟な話じゃないわよ」
「えーそうなの?あ、でもでも、さっきの見下してるって、今日のセリーヌ様に対しての話し方私ヒヤッとしちゃった。あれはフェイだからよかったけど他の人だったら確実に牢屋行きだったよ」
「あれは…だってドレスなんてどれでもいいじゃないって思ってセリーヌが思ったより小さかったからダリア、うちの侍女なんだけど、の我が儘を聞いてるみたいでつい妹に接してる気分になっちゃったのよ」
いつの間にかレベッカはフェイネルを遠い存在だとか身分の高い方だとか、そういったことは忘れて同世代の友達といつもしているようにお喋りに夢中になっていた。
「…えっと、えっと、フェイって短気?」
「ええ、よく言われるわ」
「そっかぁ。あと、口が悪いとか?」
「ええ。だからあまり人前で喋るなってお父様に言われてるの」
「ふーん。…フェイってすごく誤解されてるんだね。小さい時からそんなクールな感じ?」
「クール…?いいえ、違うわね」
「違うの?なんか、物静かーでサバサバって感じじゃないんだ?」
「ええ」
「笑ったりする?」
「可笑しなこと訊くのね。当たり前じゃない」
「嘘だあ。今日一回も笑ってないよ。ずっとその顔。あ、でも嫌そうってのは顔に出てたわ」
「…そういえばそうかも」
「じゃあ笑って」
「笑うって言われてできるものじゃないと思うんだけど…」
「いいから」
「……」
「ほら」
「笑ってるつもりなんだけど」
「全然なにも変わってないんだけど」
「そんなことない…と思うんだけど」
「もう。じゃあ最近笑ったことは?」
「…いつだったかしら?ダリアの誕生日だったから…3ヵ月前?」
「え、信じられない。楽しいことないの?そんなに御令嬢ってつまらないの?」
「つまらないことないけど…」
「私のイメージだと、貴族の御令嬢ってお裁縫したり他の御令嬢とお茶を飲みながら会話したりしてるけどやっぱそんな感じ?」
「お裁縫は好きよ。でもお茶は…ダリアと休憩するときに飲むかしらね。私友達いないのよ」
「確かにフェイと親しい人がいれば噂になるだろうしね。あ、そしたら私と友達になろ?」
「…え?ええ」
「嫌?」
「そんなことないわ」
最初は大人しそうだと思っていたレベッカの印象を覆す、自分に興味津々な輝く目を向けてくるレベッカの気迫に負けてしまいそうだと思っていたフェイネル。友達になろうなんて初めて言われたフェイネルは少し恥ずかしそうに下を向いた。
「あ」
「え、なに?」
「今笑った?」
「うーん…うん」
「いや、はにかんだ?微笑んだ…?」
レベッカは下を向くフェイネルを覗き込む。
「なんかすっごく嬉しい!!喜んでくれてるって思っていいんだよね!?」
「…ええ」
そう言って顔をあげたフェイネルの顔はいつも通り冷たい印象を与える愛想のない表情だったがレベッカにはそれが微笑んでいるように見えた。