王妃様
セリーヌの部屋へ着き、そのままセリーヌのことは家庭教師に任せフェイネルは侍女に連れられてこれから泊まることになる部屋へ来た。
「あ、あの…2人部屋なんですけど…」
「わかったわ」
「あ、えっと、この部屋私となんですけど…」
「よろしく」
「えっと、変えてもらいましょうか?」
「なぜ?」
話しながらもフェイネルは少ない荷物を部屋の引き出しにしまったりベッドに置いてあった侍女の制服を広げてサッと着替えたりした。
その絵になる姿に見とれてしまった侍女は彼女の動作が止まって自分にスカイブルーの瞳が向けられて言おうとしていたことを思い出す。
「あ、すみません。フェイネル様は侯爵令嬢様なので私のような平民の娘と同じ部屋など――」
「あなた名前は?」
「え?あ、すみません。レベッカ=ウルフスタンと申します」
「レベッカ、私もあなたも侍女よ。身分なんて関係ないわ。敬語もやめてちょうだい」
「え、そんな…」
「同じ立場なんだから当然でしょ?」
「そ、そうですか?」
「はい、やり直し」
「え、そ、そう?」
「そうよ。だからあなたも私のことはフェイと呼んで」
「フェイ…様」
「様はいらない」
「フ、フェイ…」
「ええ。では私は王妃様に挨拶に行ってくるわ」
「あ、はい…じゃなかった。いってらっしゃい」
レベッカは自分よりはるかに身分の高い、しかも誰もが羨む美貌を持つフェイネルを愛称でため口で話した現実を受け止めるのに必死だった。仕事があるためそれだけを考えているわけにはいかなかったが誰かに話してしまいたかった。高嶺の花で実際にお目にかかったことがなく噂でしか聞いたことがなかったフェイネルと本当に軽々しく話しても良いものか。だが仕事中の私語は厳禁だというのとなぜか内緒にしておきたいという思いでレベッカはこの後の仕事に取り組んだ。
フェイネルは王妃に抱擁で迎えられていた。
「あ、あの王妃様…」
「お久しぶりねー、フェイ。なかなか会えないから寂しいの。それにしてももっとフェイにぴったりな服を用意すればよかったかしら…」
「ご無沙汰しております。その必要はありません」
自分より背の低い王妃の腕を持って王妃を自分から離した。
「あら冷たいわ、フェイ…」
「本日からよろしくお願いします」
泣きまねをする王妃を無視してフェイネルはお辞儀をする。
「あいからずねえ。…ええ、セリーヌは我が儘で振り回されるだろうけどお願いね」
「我が儘だとは思いません」
「あら、そう?」
「ええ。少しマセているだけで」
「ふふ、エドワードのこと?あの子はエドワードが大好きだから」
「私には信じられませんが」
「あなたにもあんなにかっこいいお兄様がいるじゃない」
「ただの変態です、あの男は」
「ライオネルが傷付いてしまうわよ」
「関係ありません」
「あらあら…」
フェイネルは月に2度家に帰ってくるライネルが鬱陶しくて堪らないのだった。
「フェイネルにはね、セリーヌの話し相手になってもらいたいのよ」
「話し相手…ですか?」
「そうよ。あの子にはなんだかんだで寂しい思いをさせてしまっているのよ。エドワードとは年が離れているでしょ。セリーヌが物心つくころにはエドワードは仕事仕事であまり構ってあげられなかったの。それに小さい時から詰め込むように習い事をさせていたし。だから、ね」
「…はあ。わかりました」
けれども侍女というのはいろいろとやることがあるのではないか、ダリアはお茶を淹れてくれたり…フェイネルはたいていのことは自分でやっていたから詳しくはわからなかったがいろいろあるはずだと思った。
「あなたはそれだけでいいのよ。あとは、そうね、私の話し相手にもなってほしいわ」
「……」
「ね、お願いっ」
「わかりました」
フェイネルは後でレベッカに侍女の仕事について聞いてみようと思った。
その後しばらく王妃のお喋りに付き合って1時間経ったところでフェイネルは失礼することにした。
「またね、フェイ」
「はい。失礼します」
王妃の部屋から出たフェイネルは疲れていた。王妃は25歳の息子と10歳の子供がいるとは思えないほど若い。そしてフェイネルのことが大好きなのだ。ブレインからフェイネルの話を聞いていた王妃は彼女を初めて夜会で一目見て惚れたのだった。
この国では貴族の子息、令嬢は12歳になると社交界に参加できるようになる。一般には陛下が主催しても強制参加などという規則はない。フェイネルが参加せざるを得ない状況を作ったのは王妃がフェイネルに会いたいがために考えた職権乱用なのであった。
フェイネルが侍女の部屋に入るとレベッカがいた。
「あ、フェイネル様…じゃなかった。フェイ、お疲れ様」
ぎこちなく声をかけてきたレベッカ。
「お疲れ様」
「あ、えっと、もうすぐセリーヌ様はお勉強の時間が終わるから夕食へ向かわれるの。セリーヌ様がお食事をされている間に私たちは湯浴みの準備をするんだけど…」
フェイネルが話し相手専門の侍女だと聞いていたレベッカは途中で口を止めた。
「私も手伝うわ。足手まといになるかもしれないけど」
「え?あ、そんなことはないわ。そしたら一緒に準備をしましょ」
王宮内での移動はいつもさっきみたいに何十人の護衛というのではさすがになく、フェイネルとレベッカ、それから騎士が3人ついた。
そしてセリーナが夕食を食べている間にフェイネルとレベッカは湯浴みの準備と着替えの準備を済ませた。
夕食を終えたセリーヌの湯浴みを手伝い寝間着に着替えさせた。そしてセリーヌを鏡の前に座らせて2人がかりで髪を乾かす。
「ねえフェイ」
「はい?」
「今日は楽しかったわ」
「そうですか?」
満面の笑みで嬉しそうに頷くセリーヌ。
「今までたくさんの人が入れ替わり侍女になったわ。けどすぐに辞めちゃうの」
「それはセリーヌの相手をするのが大変だからですよ」
「どうしてよ。私はなにも悪いことしてないわ」
「…そうですね」
「ちょっと気に食わないことがあると怒るだけじゃない」
「…それが他の御令嬢には我慢できないんですよ」
「フェイは違ったわ」
「私は別です」
「だからフェイがいいの。それからレベッカも」
「…え?私の名前を覚えておいでで?」
レベッカはセリーヌの髪をタオルに挟んだ状態で手元が止まる。
セリーヌは首を傾げる。
「なぜ?私の記憶力がそんなに悪いと思っていたの?」
「あ、いえ、そんなことは…。ですがこんな平凡な一侍女の私の名前を覚えていただけていたとは思っていなくて…」
それを聞いたセリーヌはフェイネルと顔を見合わせて一つ溜め息をついた。
「私は悪者か」
「え、いえ!!」
「まあいいわ。ふわぁ。眠くなってきたわ。早くしてちょうだい」
「はいっ」