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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
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恋の理由


人が誰かを好きになる理由は二つ存在すると思う。


一つはその人の好きなところをいくつか見つけたからという理由だ。

その人の外見や、仕草や、気質など、たくさんの特徴から何個か気に入ったところを見つけた時に気が付くとその人自身も好きになっている。


二つ目はその人と自分が似ているからという理由だ。

その人と会話を重ねている内に、性格が似ているという事や趣味が同じだという事に気付く。

そして時を重ねるにつれてその人の事が頭から離れなくなっていて、やがて自分の気持ちに気付いている。

不思議な事にもっとその人との時間を過ごしたいと思うようになっているんだ。


人を好きになる理由はこれらの二つだ。

ひょっとしたら僕の知らない理由があるかもしれないけど、とりあえず僕はそう思っていて、美尾さんが好きな理由は二つ目の自分に似ているからだった。


勿論、僕と美尾さんは違うところもある。

僕がそういう気がしているだけで、人から見ると似ていないと思われるかもしれない。


でも、僕達に違うところがあるからこそ似通っているし、美尾さんの考え方や性格だけは同じだと思っていて、そこを好きだと感じていた。


しかし僕達はこれからが重要だった。

人を好きになる理由と人を好きで居続ける理由は別だ。

これから僕達は互いにその理由を見つけなければいけない。

僕は美尾さんとずっと一緒に居たいと願うからこそそう思っていて、見つけたいと思っていた。


ところが、夜が明けて朝日が上ると、ベッドにいたはずの美尾さんが居なくなっていた。

昨日は確かに僕の隣で眠っていたはずなのに、微かな温もりと香りを残して消えてしまっていたんだ。


それに気付いた僕は、はっとして体を起こした。

僕にとってこの状況はデジャビュで、美尾さんが町から出ていってしまった時と同じ状況だったんだ。


まさか、また美尾さんがいなくなってしまったんじゃないだろうか。

昨日ようやく再会して二人で泣きあったけど、もしかしたら美尾さんは最後のつもりで会ったのではないだろうか。

僕の額に冷や汗が流れる。

心に焦燥感が広がってゆき、居ても立ってもいられずにベッドから出て部屋から飛び出した。


もう美尾さんがいなくなってしまうなんて嫌だった。

美尾さんが去ってから美鈴さんが訪ねてくるまで、僕はずっと部屋にこもってベッドで寝ていた。

生きる気力がなくなって、何もかもが空虚に感じて、生きた心地さえもしなかった。

美尾さんは僕の生き甲斐で、生きる意味になっているんだ。


「美尾さん! 美尾さん!」


僕は階段を下りながら、家に響く声で名前を呼んだ。

酷く取り乱しながら叫んでいて、まるで捨てられた猫みたいに名前を口にしていた。

その姿はなんとも哀れで、自分でも情けないと思う様子だった。


ところが、リビングの大窓のところで、僕は美尾さんの姿を見つけた。

窓から吹き込む風で大きく揺れるカーテンの影に、彼女は立っていた。


「想太朗くん、どうしたの?」


名前を呼びながら慌てて駆けてきた僕を見て、美尾さんは驚きながら返事する。

出ていこうとする素振りなどまったくなく、むしろ僕の元へ慌てて駆け寄ってきた。

どうやら僕は早とちりしてしまったようだ。


「いや何でもないよ……君がまたいなくなったんじゃないかと思ったんだ」

「あっ……ごめんね。想太朗くんにミルクをもらってた頃が懐かしくて、庭を眺めていただけなの」


僕が誤解したのだから美尾さんは謝る必要はないというのに、彼女はしおらしく謝った。

罪悪を感じると同時に、僕は神経質になりすぎている事に自身も驚き、謝ろうとして開きかけた口をつぐんだ。


もう何も気にする必要はないはずだ。

美尾さんは僕の元へ戻ってきてくれていて、今もこうして傍に居てくれている。

僕に対して敬語を使わなくなったのも彼女が心を許してくれている証で、美尾さん自身ももう例の秘密の事を気にしていなかった。


だから僕は神経質になる必要はなく、安心して美尾さんとの時間を過ごす事ができるのに、どうしても理解する事ができなかった。

頭ではできても、体がまだ理解していなかった。


「ごめん……神経質になりすぎていたよ。でも何だか、また君がいなくなっちゃうような気がしてるんだ。これからも僕の側にいてくれるんだっていう実感が持てないんだ」


美尾さんは僕の話を黙って聞いていた。

困った表情で真剣に考えていたが、その末に美尾さんは思い付いたように口を開いた。


「それなら想太朗くん、約束するよ。私はもう想太朗くんのところから離れない。ずっと想太朗くんの側にいるよ」


美尾さんはそう言って和やかに微笑む。

僕の全てを受け入れてくれそうな、とても優しい笑顔だった。


しかし、僕はまだ実感を持てなかった。

約束してくれて有り難いのだけれど、口だけでは心から安心する事はできなかった。

それでも、どうしたら安心できるか自分でも答えを出す事ができなかった。

僕が何を求めている事すら明確にできなかったんだ。


だから僕は納得したように笑って「ありがとう」と言った。

本当は納得していなかったけど、納得したような振りをした。


「それじゃあ僕は朝ごはんの支度をするね。君はテーブルに座ってていいよ」


僕はキッチンに移動する。

話を済んだものとして美尾さんに背を向け、朝食の支度を始めようとした。


ところが、僕は美尾さんに肩を叩かれた。

振り向くと急に唇に何か柔らかいものが押し当てられ、空気が漏れる軽い音が漏れる。


それは本当に一瞬の出来事で、しばらく何が起こったのかわからずにいた。

唇に当てられたものが美尾さんの唇だった事に気付いた時にはもう離れてしまっていて、僕は呆気にとられて立ち尽くしてしまった。

僕は美尾さんにキスされたんだ。


「誓いのキス」


その一言だけ言って微笑むと、美尾さんは背を向けて、そそくさと逃げてしまった。

先程の約束を誓う為のキスはとても甘く、僕の頬は紅潮して、胸に手を当てなくても心臓が高鳴っているのがわかった。


しかし、恥ずかしがっていたのは僕だけではなかったようで、去っていく美尾さんをよく見ると、耳が真っ赤に照っていた。

僕に背を向けたのは照れ隠しだったんだ。


残された僕は、再び美尾さんに心を奪われてしまって頭が思考をやめたみたいに真っ白になっていた。

立ち尽くしたまま動かず、その姿はまるで、赤い林檎を実らせた木みたいだった。


そして気が付くと、僕の心にあった不安はなくなっていた。

美尾さんのおかげなのか、僕が単純なのか、不思議な事に心には幸福感があったんだ。


人を好きになる理由と好きで居続ける理由は違う。


僕は美尾さんとずっと側にいたくて、好きで居続ける理由を探そうとしていたけれど、既に見付けているような気がした。

これからも美尾さんとの恋が続くような気がした。




話を区切るとしたら、第四章はこの話までで、次回からがエピローグとなるでしょう。

これからこの小説は完結に向けてまとめていきますから。


それにしても、主人公である美尾視点で書くべきところを想太朗視点で書いているような気がして少し心配です。

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