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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は猫又である
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記憶の干渉


「ここは、洞穴?」

 

天井や壁などを見渡してみると、私にはそう見えました。ホールのように広いのですが、天井も壁も地面も岩で、洞穴にしか見えませんでした。

 

ここも、妖力で作ったのでしょうか? だとしたら、少し興ざめです。こんな事を思うと小向さんに失礼だと思いますが、期待していた割にはこぢんまりしていると思ってしまいました。


「なんだよ、こんな洞穴じゃ不満か?」

「い、いえ……不満じゃありません」

 

自分の考えを読まれてしまったようで、私は慌て弁解しました。


「本当はここに神社を建てたりできるんだけど、必要ないから建ててないんだ。まぁ、水が垂れてたり水溜まりがあって荒れているよりは増しだろう?」

「そ、そうですね」

「とりあえず練習を始めよう。お母さんの写真を持ってきたね?」

「はい」

「よし。私が真ん中に陣を書くから、君はそこに立ってくれ」

 

そう言って小向さんは指をちょちょいと動かすと、洞穴の真ん中に直径2mほどの陣が光って浮かび上がりました。円の中に文字と何かの記号が書かれている幾何学的な陣です。そのちょっとした妖術にまた胸を踊らせましたが、私はある事に気付きました。


「あれ? 変化をするのに陣が要るんですか?」

「本当は必要ない。変化しやすいように補助する為の陣だ。新たに変化のレパートリーを増やす時にはあった方がいいんだよ。人に変化する事が初歩的な妖術と言っても、その人の心まで変化してしまわないように微妙な操作が必要で高度な技術だからね」

「人の心ですか……?」

「そう。自分の心と変化した人の心が混ざらないようにする。それがこの妖術の難しいところだ」

 

言い換えると、心と心が混同する事がある。私はそう考えると、気を引き締めて真剣な気持ちになりました。混ざってしまっては大変だと、事の重大さがわかったからです。


「よし、始めよう。ミオさん」

「はい」

 

私は陣の真ん中に立つと、頭に森田さんのお母さんの姿を思い浮かべて、体全体に妖力を流し始めました。私の体は段々と光り始め、眩い光に包まれます。

 

しかしすぐに陣が赤く光り始めました。陣が赤く光り、私の体の光を吸い取り始めたのです。

 

私は予測していなかった事に狼狽し、妖力を止めて変化を中止しました。体の光は直ちになくなり、沈黙だけが洞穴に虚しく残ります。

 

どうして陣が妖力を吸い取り始めたのか、私は疑問に思いながら小向さんに無言で目を向けていると、彼は何かを考えながら述べました。


「心が混ざってしまいそうになると、この陣が反応して妖力を吸い取る仕組みになっている」

「そ、そうなんですか……?」

「そうなんだが、ミオさん……君の心はどうやら、そのお母さんの心と干渉しやすいらしい」

 

私は悄然と彼を見つめました。そもそも私は異性に変化する事は同性に変化するよりも難易度が上がってしまうので、お父さんではなくお母さんに変化する事を選んでいたのです。それでも難しいと言われれば、私は嫌でもこの術が困難であると理解するでしょう。

 

そして、私にはまだ思う事がありました。私の心が干渉しやすいという事は、心が森田さんのお母さんのものと似ているからなのか、それとも私が森田さんに対して何かお母さんと同じ感情を抱いているからなのか、と考えていました。

 

同じ感情を抱いていたとすると、その感情は一体なんだというのでしょうか。


「ミオさん、今回君が選んだ人は難易度が高くてリスクもあるらしい」

 

考えて、小向さんはきっぱりと言いました。


「僕は別の人で変化の練習をして、変化に慣れてから母親に変化する事をお勧めするよ」

 

私は黙って、小向さんの提案を受け入れるのか、考えます。

 

しかし、私には時間がありませんでした。私は今日中に森田さんをお母さんに会わせてあげたくて、変化の習得を急いでいました。森田さんはいつも私にミルクをくれますし、怖い人からも助けてくれましたし、その恩返しの為なら私はリスクを背負ってでも早くこの妖術を修得したいと思っているのです。


「小向さん、そうすると時間がもっと掛かる事になるのですか?」

「……そうなると思うが」

「それなら私は変えられません。リスクを負ってでも、私は修得を急いで練習します」

 

私が小向さんに礼を払いつつも勇ましく言うと、小向さんは口元を少し上げて、「そうか」と微笑みました。提案を断られたのに、やけに楽しそうな表情をしながら。


「なら、早速練習を再開しよう。心が干渉しないように、真似てしまわないようにな」

「はい」

 

そうして私はまた、妖力を体に流して練習を始めました。陣が反応して赤く光っても、変化を失敗してしまっても、何度も何度も練習を続けて妖力を体に流し続けました。

 

その間、小向さんはずっと私の練習を見ていてくれました。途中で漫画を読み出したりはせず、ずっと監督していてくれたのです。私はその小向さんにも応える為にも、リスクを背負って練習を続けていました。


----------------------------------------------------------

 

私は夢を見ました。私が立っているこの場所にはソファの席がいくつも並んでいて、その席を人が空きなく埋めています。前方にはスクリーンがあって、テレビの映像や地図の映像が映し出されています。座席の窓からは私が実際には見たことない光景……つまりテレビでしか見たことない雲の上からの空が見えていました。

 

だからもちろん私はこの場所に覚えがなくて、初めて見る光景でした。テレビで見ただけで、見たこともなければ自分で来た覚えすらもない場所……確か、飛行機という乗り物の中だったのです。

 

どうしてそんな場所にいるのでしょう? そう疑問に思ったことは言わずと知れた事でしょう。その疑問の下に私は飛行機の中の通路を歩き、機内を散策してみました。

 

するとその機内の中に二人だけ見知った人物がいました。森田さんの両親です。どうして死んだはずの二人が生きているのか全く検討も付きませんでしたが、森田さんの両親はこの飛行機に乗っていたのです。

 

人間化した私は、驚きながら両親に近寄り、恐る恐る話し掛けてみました。しかし、森田さんの両親は、私が近寄っても言葉を投げ掛けても、何の反応もありませんでした。そう、まるで私が全く見えていないように黙っていて、遂には二人で話を始めたのです。

 

不思議に思いつつも両親二人の話を聞いていると、二人の会話は明るいものではなく、互いの悩みを相談しているのか、暗く不穏な話でした。森田さんの進路の事……つまり、森田さんが悩んでいた事を話していたのです。


「あなた……私、"想太朗"が弁護士を目指したいと思い悩んでいる事を知っていたわ」

 

森田さんと……想太朗さんと喧嘩した事を思い出しているのか、お母さんは落ち込んだ低い声で話しています。


「そうか。しかし、今から医者を目指すのを止めて学部を変える事が、想太朗の将来に大きな影響をもたらす事はわかるだろう?」

「わかるわ。でもあの子はまだ若いのよ? 今からでも弁護士を目指すのに遅くはないわ」

「……」

「私は想太朗がしたいようにやらせたいわ。若いと言っても想太朗ももう大人なんだし、秩序や道徳を弁えているはずよ」

 

お父さんはお母さんの意見を取り入れて、冷静に考えます。


「……そうだな。少し考え直してみるべきかもしれないな。私も想太朗の悩みや考えを考えずに怒鳴っていたのかもしれないしな……」

 

お父さんは想太朗さんと喧嘩してしまった時の事を思い出しながら、

 

私はその二人の話を静かに聞いていて、少し温かな気持ちになりました。両親は森田さんの目標について考え直してくれていて、森田さんの将来を真剣に考えてくれています。正しい道に導く為とはいえ、誤ってしまった事が自分にもあったかもしれないと思い直してくれているのです。

 

その姿は本当に息子である想太朗さんの事を考え、真摯に向き合っている姿でした。親子との絆が強く感じられる姿でもあったのです。

 

やっぱりこの二人は、森田さんの素晴らしい親なんだなぁと、私は感慨深く思っていました。だから私は温かい気持ちを感じる事ができたのです。

  

しかし、そのまましばらく森田さんの両親の側にいると、突然機内のどこからか大きな音が聞こえてきました。機内中に響き渡るほどの大きさで、まるで何か硬いものが破れるような音です。

  

それは二人や私の耳にも聞こえてきて、機内の搭乗者全員が何か異変が起こった事に気付きました。不安な声が、ざわざわと機内を騒がしていきます。


「何かあったんでしょうか……?」

「さぁ……」

  

森田さんも心配そうに辺りを見回しますが、全くその音の正体を掴む事ができません。なので、冷静な心を保ちつつ客室乗務員を呼ぼうとしたその瞬間、両親の座っている席と対になっている窓側の壁が大きく抉れて吹き飛ばされていきました。それと同時に飛行機はその窓側の方へ傾き、乗客の叫び声が一斉に響き上がります。

  

一瞬の内に機内は地獄のような光景に変わりました。ベルトを閉めているにも関わらず空へ飛ばされていく者もいれば、シートごと飛ばされていく者もいました。穴が空くと同時に、不意を突かれて多くの人が機内の外に吹き飛ばされていて、窓側にある穴の方に座っていた乗客達はもうほとんど残っておらず、残っている者の大体が反対の窓側の方です。

  

私も何とか落ちずにシートの端に掴まっているのですが、風がまるで穴に吸い込むように吹いてきて、どんどん私の体力を奪っていきました。両親を見失ってしまったので心配でしたが、今は自分の身を守るので精一杯です。元より私は猫ですから体を動かす事に慣れていませんし、なにより非力なのです。

  

片手が掴まっているシートから離れました。片手一本だけで体を支え、離れた方の手がぶらんと垂れ下がります。この体を支える手も限界で、私は歯を食い縛って必死にシートに掴まっていました。

  

しかしその時、私は視界に森田さんの両親を捉えました。二人は抱き合い、互いを守るようにして、そして穴に落ちて機内の外へと放り出されてゆくのです。


「森田さんっ……!」

  

私は自分の身の危険も忘れて片手を伸ばしましたが、届くはずもなく、虚しく宙を掴むだけでした。二人はあっと言う間に空へと消えていき、どんどん小さくなっていきます。


「森田さぁーん!」

  

私は目に涙を浮かべながら叫びましたが、誰の耳にも聞こえる事はありませんでした。それでも二人が穴に落ちていってしまった事が悲しくて、悔しくて、何度も叫び声を上げていました。


「森田さぁーん!!」




『ミオさん!』 




そんな声がして気が付くと、私は変化の練習をしていた洞穴に寝ていました。目の前には倒れている私を心配そうに揺さぶっている小向さんがいて、もうあの地獄のような光景は消えてしまっています。


「大丈夫か? 酷くうなされていたが……」

「うっ……」

  

私は上体を起こしましたが、まだ意識がはっきりしない頭を抑えました。

  

私はいつから眠っていたのでしょうか……先程まで私が見ていた地獄の光景は一体なんだったのでしょうか。


「何が…起こったんですか……?」

  

覇気のない声で訊くと、小向さんはすぐに答えてくれました。


「変化中に君がいきなり倒れたんだ。突然、陣の線の一部が消えてね」

  

私はその一部だけ消えたという陣を見つめながら、それがどういう事なのか考えます。


「僕は君が精神的に森田さんの母親と干渉したんじゃないかと心配したよ。その様子だと、混同はしていないようだけど……」


私は、夢の事を思い出していました。先程の飛行機での事です。

  

夢を見ていた時は何故か気付かなかったのですが、さっきの夢は、もしかしたら森田さんの両親が見た飛行機での記憶だったのではないでしょうか。

  

つまり、二人の過去です。それを私は見た……いえ、二人に見せられたのではないのでしょうか。何かを伝える為に……。


「小向さん……変化の対象者が術者に何かを伝えてくるなんて事はあるのでしょうか?」 


小向さんはあまり良い顔はしませんでした。張りつめた表情をしています。


「亡くなった方の意志を伝えるなんて事、過去に例があるのでしょうか……?」


「……見たのか、ミオさん」

  

私はゆっくりと頷いて小向さんに答えました。


「そうか。陣を張っているのにも関わらず伝えてくるなんて…相当強い気持ちだな、それは……」

「それはつまりどういう事ですか? もしかして……」

  

小向さんは立ち上がり、砂を払いながら言います。

「あぁ、そうだ。きっと両親が伝えたかった事だ。僕が察するに、ミオさんは森田さんへの言伝てを頼まれたんじゃないのかな」

  

なんとなく、私も小向さんと同じ事を考えていました。森田さんの両親の気持ちが私にも伝わる程に強いという事は、私に伝えたかった事なのかもしれません。私に伝えて想太朗さんに伝えてほしかったのかもしれません。

  

そうだとすると、感慨深い気持ちになりますね。私は森田さんの両親から、森田さんの将来に関わる大事な言伝てを託されたというのですから。

  

それなら、尚更お母さんに変化できるようにならないといけません。お母さんに変化して、森田さんに両親の気持ちを伝えないといけないんです。


「それで、ミオさんはこれからどうするんだい? 少し休むかい?」

  

小向さんは、座っている私に手を伸ばしながら言いました。まだ頭は惚けていて、休んでから練習を再開しようかと考えましたが、私はすぐに頭を振って小向さんの手を掴みました。


「いえ……まだ続けます。休憩は後です」

  

そう言うと、小向さんは笑って私を立たせました。私は再び陣の真ん中に足を置きます。私は頬をぱんぱんと叩いて気合を入れ直し、再び妖力を集中させていきました。

  

森田さん、今から励ましにいきますね。お母さんお父さん、しっかり二人の言葉を伝えますからね。

  

その思いの元、私はお母さんに変化し、無事に変化ができるようになったのでした。



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