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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
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瑠璃色の光





想太朗くんからの手紙は、涙を流さずして読む事ができませんでした。


想太朗くんはもう森上町からいなくなってしまいましたが、今も私を想いながら待っていてくれている。

私に拒まれても、私の事を一番に考えながら、好意を寄せてくれている。

そう思うと、私の目からぽろぽろと涙が溢れ、手紙の文字を滲ませました。

想太朗くんの純粋で強固な気持ちが私の心に触れたのです。


そして手紙に記してあった、「猫叉だとしても君の事が好きだ」という言葉には、私を抑えつけていたもの全てから救われたように思えました。


もうこの気持ちを我慢しなくてもいい。

がんじ搦めに縛る必要もなく、ひたすらに堪え凌ぐ必要もなく、他の者と同じように、琢磨さんを想う事ができる美鈴さんのように、私も想太朗くんの側にいられるのです。


私は溢れる涙を手で拭いながら、隠し切れない感情を噛み締め嗚咽しました。

目が腫れる事も構わず涙を流し続け、一人静かに泣き声を漏らしていました。


そして、私は部屋を出て、大向さんを探しました。

もう時間は遅く、既に眠ってしまっているかもしれませんが、彼に伝えておく事があるのです。


しかし、大向さんは眠るどころか、彼の部屋の前で一人立っていました。

まるで来る事がわかっていたみたいに、私を待っていたのです。


「......行くんだね?」


大向さんは、私の姿を見ると、口元を緩めながら言いました。

その質問に、私は「はい」とだけ答えます。


彼は既に私の事情を知っているように思え、多くを語る必要はないように思えました。


「それならもう何も縛るものはない。今からでも彼に会いに行きなさい」


それだけ伝えて微笑むと、大向さんは自らの部屋に入って戸を閉めました。

素っ気ないように感じましたが、私の為に敢えてそうしていると思いました。

彼の言いたい事は残した一言に尽きるのです。


私は大向さんの部屋の前で人知れずとも一礼して、それから神社を後にしました。

私に沢山の力を貸して頂いた事に感謝してから、帰ってしまった想太朗くんの後を追い始めました。



夜道は街灯の光があれど闇が深いものでした。

消えかかっている灯りもあり、何も見えない程に真っ暗な道もあります。

元々この町は街灯の間隔が大きい為、最早私の頼りは月の明りのみでした。


そんな視界の悪い状況でも、私の頭は想太朗くんへの想いで満たされていました。

身も心も衰弱させていたしがらみからようやく解かれた想いですから、もう止まる事を知りません。

心は想太朗くんだけを求め、足は前へ前へと進んでいました。


気付けば息が上がるほどに足を動かしていました。

腕を振りながら地面を蹴り、汗が吹き出るほどに夜道を駆けます。

目には涙さえも滲み始め、手で涙の粒を拭いながら走りました。


そうして私は森上町の駅に着きました。

改札まで必死になって走り、膝を抱えて息を整えながら駅員さんに伝えます。


「上伝馬町までの切符をください」


その言葉も途切れ途切れで、文節ごとに息をしながら口にして、ようやく駅員さんに伝えました。

ところが、駅員さんは困惑した表情で申し訳なさそうに言います。


「お客さん、もう今日の電車は終了しましたよ」

「えっ」


それはよく考えれば気が付く事でした。

もう時刻は遅く、上伝馬町に向かう最終電車が発っていても可笑しくない時間でした。

頭が一杯になっていた私はその事に気付く事もできなかったのです。


私は肩を落として駅を後にしました。

ようやく想太朗くんに会う事ができるというのに、明日を待たなければならない。

それは私にとってとても大きな障害に感じ、この上なく落胆したのです。


しかし仕方がありません。

無理矢理電車を走らせてもらう訳にはいきませんから、今日のところは堪えて明日の始発で想太朗くんに会いにいきましょう。

そう考えながら再び夜道を歩いていた時の事でした。


重い足取りで一歩一歩と神社へ向かっていると、私のポケットが突然光を放ち始めました。

誰もいない真っ暗の夜道を、ポケットの中にある何かが輝いて照らしているのです。


私が驚きながらポケットの中を探ると、輝いていたのは大向さんから頂いた瑠璃色の石でした。

石が街灯よりも強く輝き、辺りを鮮やかな瑠璃色に染めているのです。


私は何故石が輝き始めたのかわからずしばらく困惑していましたが、自分のもつ第六感で理由を把握する事ができました。

この石からは妖力が流れていて、光はその流出によるものだったのです。


大向さんが私に渡したものは妖力の結晶帯でした。

外に流れ出ている今なら、この石が膨大な量の妖力を含んでいる事がわかります。

この妖力源を使ってどんな妖術を使ったとしても、疲労しないほどに大きな力を感じるのです。


私は周囲を見渡してから不可視化の妖術を行使しました。

「妖力を使って解決しなさい」と言っていた大向さんの言葉を思い出しながら、自分の妖力と石の妖力を身に纏います。


風が周囲に吹き初め、私の髪やスカートがなびき始めました。

体が軽くなって浮き始め、私の足がゆっくりと地面を離れていきます。

ハワイで特訓した、空を飛ぶ妖術を行使し始めたのです。


「大向さん、力を貸して頂いて有り難うございます。想太朗くん、今から会いに行きますからね」


そう呟くと、私は空に向かって勢い良く飛び上がりました。

上伝馬町の方角に向きを合わせて飛んでいき、そのまま段々と加速します。


雲が浮かぶ程の高度まで上昇し、更に石の妖力を引き出します。

空気の抵抗が風となって私を吹き付けてきますが、 その妖力を使って限界まで加速します。


妖術を使ってこの高さまで飛行するのは初めてですが、不思議と恐れや不安はありません。

想太朗くんと会える事を思うだけでそのような不安はどこかに飛んでいき、むしろ嬉しさが込み上げてきます。

それにこれ程の高度を飛行していると、空には無数の星が浮かび、地上には綺麗な夜景が見え、今まで見た事のない光景を目の当たりにできるのです。


その空に、私の瞳から流れ出た涙が、流れ星のように光りながら頬から溢れていきました。

夜景の光に消えていく涙を傍目に、私は想太朗くんへの想いのままに空を飛んで行きました。




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