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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
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放浪




その日の夜、私はあまり眠る事ができませんでした。

どうしても想太朗くんと会うべきなのかを考えてしまい、頭を休める事ができなかったのです。


どうして想太朗くんがこの町にやってきたのかという疑問もありましたが、その事はあまり考えませんでした。

自分の気持ちを押し殺して会わない事を選ぶか、後で辛くなるのを承知で会う事を選ぶか、その選択の方が大事だと思ったのです。


それに、想太朗くんへの想いも胸の内で騒いでいました。

想太朗くんと決別してから2ヶ月以上の時間が経ち、寂しさや虚しさが少しだけ和らいでいたのでしたが、その辛さがぶり返してしまったようなのです。


やはり想太朗くんと再会した事は私に大きく影響していました。

眠る事などできないほどに時間はありませんでしたし、胸も痛んでいました。


その夜を越えて、朝はやってきました。

横にもならずに時間を過ごしていた私は、毛布を頭から被ったまま朝日を迎えます。

今朝はとても寒く、毛布を被っていても体は冷えていました。


しかし、一夜越しで自分の考えを整理できたので、想太朗くんと会うか会わないかを決断する事ができました。

昨日は突然の事で頭が混乱していましたが、答えははっきりしています。


それでもその決断を拒もうとする気持ちが心の奥底に残っていましたが、私はその気持ちを押し切り、布団を片付けて部屋を出ました。


「美尾さん、おはよう」

「おはようございます。大向さん」


それから私は大向さんの元へ向かいました。

境内にて散歩している大向さんを見つけて挨拶します。


「……よく眠れなかったみたいだね」


大向さんは私の顔を見て言います。

目の下にできたクマと、どこか虚ろの瞳を見れば、寝不足である事は明らかでした。

それでも私は口元を緩めて空元気を見せます。


「それよりも大向さん。昨日の件について話があります」


想太朗くんと会うかどうかの話を私は切り出します。

大向さんは神妙な表情です。


「会わない事にしました。今日は夜まで外出して留守にしようと思います。だから、想太朗くんには会わないと伝えてくれませんか?」


猫叉の事もありますが、想太朗くんの事を想って考えても、やはり私は会うべきじゃない。

想太朗くんが好きだからこそ、避けなければいけないんじゃないか。


それが私の一晩考えて出した答えです。

この恋は最初から実らない。

それなら、互いが傷付くだけの恋なら、やはり私達は別れるしかないと私は改めてわかったのです。


「本当にいいんだね?」

「はい。辛いですが、この方法が最善なんです。この術こそ、想太朗くんも私も一番傷付かない方法なんです」


色々な事を抱え、衰弱しきった私の瞳を、大向さんは眉一つ動かさずに見つめていました。

私の真意を読み取るように、覚悟を量るように。


そして、しばしの時を経た後、大向さんは呟くように言いました。


「わかった。君が真摯に向き合って最善の策だと言うなら、きっとそうなんだろう」


真剣な眼差しで言う大向さんは続けます。


「できるだけ君の力になろう。巫女の助勤も続ける必要はないし、心配しなくていい。だから君も辛い事を抱えずに言ってくれ」


そう言ってくれる大向さんは、私にとってとても有り難い存在でした。

この場所に住み始めて短く、あまり顔も知られていない私に、何故そこまで尽くしてくれるのかわからない程です。


瑠璃色の石も頂きましたし、感謝の思いが沸き起こるばかりです。


「わかりました。そう言ってくれて有り難いです。本当に辛くなったら言いますね」


そう言って私は大向さんと別れて神社を出ました。

想太朗くんと鉢合わせにならないように、早めに出発します。

太陽が上り始めたばかりなので出会う事はないと思いますが、念の為に歩を早めて移動しました。


しかし、私はどこにも行くあてがありませんでした。

こうして外出した訳ですが、行きたい場所も向かうべき場所もないのです。


その私が自然と向かっていた場所は、例の喫茶店でした。

あのクリームシチューを作っている、質素で古ぼけた店です。


何故この時にあの店に向かっているかは私自身もわかりません。

あのシチューが食べたいのか、何がしたいのか、自分でもわからずに足を進めていました。


まるで自分の居場所を探しているようでした。

心を休める事ができて、生き甲斐を感じられる場所を求めているみたいでした。


その安息の場所があの喫茶店かどうかはわかりません。

あの店に着いたとしても、得られるものはないかもしれません。

いえ、きっとないでしょう。


それでも、私は何かを探して、あの古ぼけた喫茶店に向かって歩いていました。

想太朗くんの影を探して、目から涙を溢しそうになりながら、足を進めていました。




----------------




美尾さんのいる神社に向かっていても、僕の心は不安で満ちてい た。

美尾さんが僕と会ってくれるかどうかを気にせずにはいられず、 焦燥感が胸焼けしたみたいにひりひりと心を痛めつけていた。


無理もない。

神社で待っていてほしいと伝言を残してきたけれど、美尾さんが 待っていてくれる保証はどこにもないんだ。

上伝馬町を出る覚悟で僕の前からいなくなったのだから、むしろ会ってくれない可能性が高いんだ。


僕は呼吸を荒くして前へと進む。

痛む胸を抱えながら、震える手で拳を作りながら、歩を進める。

大怪我を負った戦士のように、痛々しく歩んでいた。


神社に着くと、僕は昨日言伝てを頼んだ神主を訪ねた。

神主にしては若く、顔立ちが整っている人だ。


「昨日伝言を頼んだ者です。森田美尾さんはいますか?」


ところが神主は何も話さず、しばらく神妙な表情で僕を見つめた。

同情の念も込められているようで、どこか物憂げな表情だった。


そして、ゆっくりと首を横に振る。


「美尾さんは君とは会わないと言っていた。朝早くにここを出てどこかに外出したよ」


その言葉で、僕は絶望したように打ち拉がれた。

彼女から拒絶されて雷に打たれたような衝撃を受け、とてつもな い無力感に襲われる。

自分の未来を失くしてしまったように、生き甲斐をなくしてしまったかのように、僕は力なく立ち尽くした。


神主が続けて告げる。


「残念だが、これは美尾さんが君の事を思って決めた事でもある。美尾さんもとても辛い思いをして決めた事なんだ。だから君も諦めて帰った方がいい。美尾さんの覚悟は本物だよ」


そうして神主は背を向ける。

絶望する僕を残して、どこかに去っていった。


その神主を見て、僕はまるで置き去りにされたような感覚を受けた。

助からないと見限られ、一人戦地に取り残される負傷兵みたいだった。


どうしようもならない悲しみを受け、僕は一人立ち尽くす。

境内の植えられた木の葉がやけに大きな音を立てて響いた。


しかし、本当にもう諦めるしかないのだろうか。

美尾さんと僕は、別れるしかないのだろうか。


いや、違う……。

僕にはまだ彼女に伝えていない事がある。

たった一つだけだけど、やり残している事があるんだ。


僕は先程の神主を追った。

最後の希望にすがる気持ちで足を走らせ駆けた。

彼女の覚悟が本物なら、僕の覚悟だって本物なんだ。


「待ってください!」


呼び止めると、神主は驚いて振り向いた。

その神主に向かって僕は叫ぶ。


「ここで夜まで待たせてください! その間美尾さんに手紙を書くので、書けたら預かってください!」


告げると、神主は目を細めて笑った。

その姿は、僕の言葉を待っていたかのように思えた。


「構わないよ」


その一言だけ残すと、神主は再び背を向けた。

僕を残して去っていくけれど、先程のような悲しみはもうなかった。

まだ不安や焦りは残っているけど、今は少しの希望を感じる。


僕は境内の入口まで歩いて戻った。

そびえ立っている大木の側にある岩に腰を下ろし、荷物の中からノートとペンケースを取り出す。

本当は便箋を使って手紙を書きたかったけれど、持ち合わせていないのでノートで代用する。


しかし、ペンを片手にノートを広げたはいいが、僕は一抹の不安を感じていた。

こんな事をしても、返って美尾さんを苦しめてしまうかもしれない。

それどころか美尾さんは僕の手紙を読まずに捨ててしまうかもしれない。


それでも僕は手紙に言葉を紡ぎ始めた。

最後の希望にすがるように、藁にもすがるような気持ちで、美尾さんへの想いを記し始めた。







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