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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
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シチューの温かさ

美尾が去った街と、新しく訪れた街を区別する為に、街に名前をつける事にしました。

前者は既に上伝馬町という名前がありましたが、後者を森上町としてます。

前々から名付けたかったんですけど、タイミング逃してました(汗

前回の話を改訂すると思います。

この森上町に住み始めて一週間が経ちました

短いようですが、今までで一番長く感じた一週間です。

決別した想太朗さんや美鈴さんの事を思い出し、その郷愁の想いが時間を長く感じさせるのです。


街を出る時はまだ心が晴れていて、まだ見ぬ町への期待で新鮮な気持ちだったのですが、少し時間が経った今ではもう住み慣れていた街が恋しくなり、街へ舞い戻りたい気持ちが募っていました。


中でも想太朗くんへの想いは重く、愛した人との思い出を一人思い出しては泣きたい気持ちに駆られました。

遊園地に行った事や水族館に行った事、ハワイのビーチで何時間も話した事や喫茶店「日だまり」で食事をした事までも思い出し、もう一度彼に会いたい気持ちで胸が痛むのです。


日中は大向さんとお話していれば気も紛れますが、誰とも話す事ができない夜は誰にも頼る事ができず、眠る事もできずにただ一人泣く事しかできませんでした。

寂しさによる涙ではなく、想太朗さんに会いたい一心から流れる涙で何度も枕を濡らしたのです。


その一週間で、私は何とか気を紛らわそうと、この街を散策した事がありました。

巫女の助勤が休みで暇を持て余している時、一人で部屋にこもってはいけないと思って出掛けたのです。


そうして出掛けた私は森上町の色々な光景を見て回りました。

上伝馬町とは違って森林が青々と繁るこの場所はとても静かで、木の葉が風で擦れる音や小鳥のさえずりなどが聴こえてきます。

目に写る景色も新鮮で、色付き始めた紅葉や、透き通って水底が見える川など、自然を全身で感じ取る事ができます。さらに大地から伝わる力……妖力もふつふつと感じられて、私は何となく体が清められているような気がしていました。


なのでこの街にはどこも気に入らないところはありません。

交通の便が悪かったりしますが、上伝馬町にはないものを持っていてむしろ私の好みです。

ですが、どこかこの街には足りないものがありました。

どうしても受け入れられない理由があったのです。


森上町を散策している内に、私はこんな看板を見つけました。

『当店名物 クリームシチューあります』

それはどこにでもあるごく普通の看板でした。

気に留めずに受け流しても差し支えありません。


しかし私はクリームシチューという単語に反応して足を止めました。

どこか虚ろな私の目に、少しだけ色が戻ります。


看板の店は、特に目立つものもない質素で小さな喫茶店でした。

木製の扉は傷んでいて、窓ガラスもくすみ、お世辞にもお洒落とは言えない店です。


それでも私はこの店のクリームシチューを食べてみようと思いました。

何かに導かれるように、手を引かれるように店の中に入っていきます。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


店員に導かれて、私は二人掛けのテーブルに座ります。

クリームシチューを注文して、料理を待ち始めます。


店内はとても静かでした。私以外にお客さんは誰もおらず、店内のBGMも流れていないので沈黙が私を急かします。

木製の丸いテーブルに目を移すと、やはりこのテーブルも傷んでいて、漆も何箇所か禿げていました。

このような店で本当に美味しい料理を作れるのかと問われれば、きっとそうは思えないでしょう。

どう見ても繁盛している様子は微塵も垣間見えないのです。


こんな店にどうして入ってしまったのでしょうか。

私は自らに疑問を持ちながら、鬱屈した気分で注文を待っていました。


料理は先程の店員が運んできました。

小柄で背の低い女の人です。

笑顔が可愛らしい、明るいおばあさんでした。

おばあさんは注文のシチューを置くと、すたすたと厨房に戻っていきました。

店内に再び沈黙が広がります。


クリームシチューはごく普通のものでした。

特別に何かが入っている訳でもなく、どこでも見られるシチューです。

見た目で言うべき事は、湯気が立つほど温かくて、北風で冷えた体を冷やしてくれそう。

ただそれだけです。


私はスプーンを手に取って、そのシチューのスープをすくいました。

口に運んで、お腹に送ります。

味は特に変わった事はなく、普通のクリームシチューでした。

あの看板の通り、確かに名物にするだけの美味しさはありますが、特出したものはありません。


ですが、このシチューを食べていると、私は何故だか涙が溢れそうになっていました。

一口一口、スプーンでシチューを口に運ぶ度に、胸がひりひりと鳴いているのです。

心が感情で痛んでいるのです。


遂に私の瞳から涙が溢れました。

一粒、二粒と頬に伝っていきます。


私はどうしていいのかもわからず、ただ泣きながらクリームシチューを食べ続けました。

あの「日だまり」のシチューを思い出しながら、自分が泣いている訳も分からず食べ続けていました。

この話を書いていて、千と千尋の○隠しのワンシーンを思い出しました。

千がハクにもらったおにぎりを泣きながら食べるシーンです。

今回美尾が泣きながらシチューを食べていたのは、同じ理由です。

言葉にするのは難しいですが、美尾はシチューで元気付けられたんじゃないでしょうか。

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