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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は猫又である
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妖術の力



私は喫茶店を出て、小向さんのいる神社に向かっていきました。高揚した気持ちの駆るままに早歩きで道を急ぎます。

  

私の思い付いた方法は、妖力を使って森田さんのお母さんに変化し、森田さんに会う事でした。この方法なら、疑似的でも森田さんにお母さんと会わせる事ができます。しかし、この方法が正しいかどうかはわかりませんでした。この方法は森田さんを騙すという事かもしれないですし、森田さんが私のやろうとしている事を知ったなら、止めてくれと言うかもしれません。事が終わった後、森田さんに私の仕業だと知られたら、私を恨むかもしれません。

  

でも私は、森田さんの元気を取り戻せるなら、自らその罪を背負おうと思いました。森田さんに恨まれてしまっても、その時はその時に考えようと思ったのです。

  

とにかく私は、今は神社に向かって走るだけでした。例の危ない裏道だけはさすがに迂回しましたが、私は早く早くと道を急ぎました。

  

神社に着くと、私は夜だというのを省みず、境内の隣にある小向さんの家のチャイムを押しました。パジャマに着替えている小向さんがのそのそと出てきます。


「なんだこんな時間に……おぉ、君か」

  

小向さんは枕を抱え、水色のパジャマの上に水色の帽子という定番の格好をしていました。住職なのだから、股引きに腹巻きといったオヤジ姿で出てくると思ったので、私は少し意外でした。


「どうしたんだい? 私の朝は早いのだから、夜を更かししてはいけないのだぞ。だが……ナニかを教えてほしいのなら、話は別だが……」

  

小向さんはニヤニヤと笑い、手をわきわきと動かしながら言いました。後から考えれば、それは卑猥な事を意味していたのでしょう。しかし一つの事に夢中になっていた私は、それに気付かずにこう答えました。


「はい、私は小向さんに教えてもらう為にここに来たんです」

「えっ……?」

  

小向さんはピタリと動きを止めて、少し呆気に取られます。


「お願いです。私を一人前にしてください!」


----------------------------------------------------------


「……なるほどな」

  

私がこれまでのを話し終えると、小向さんは納得して言いました。座布団の上に座っている小向さんは、顔を赤くしています。

  

一方私は、まだ自分の言った事がどういう事かをわからずに、涼しい顔をしていました。


「つまり君は、さっき自分の言った事がどういう事かわかっていないという事か……」

「いえ、わかっています。確かに一人前の"猫叉"になるには、日々の努力が必要で……」

「いや、やっぱり君はわかっていないようだ……」

「えっ……どうしてです?」

  

全くわからない私は、首を傾げるばかりでした。


「まったく、純情すぎるのも問題だな……。まぁいい。つまり君は、森田さんという人の母親に変化して、森田さんを励ましたいという事だな」

「はい」

「それなら簡単だ。変身は猫叉になる為の第一歩だから、一人前の猫叉にならなくても大丈夫だ。自分の基本となる人間の姿に変化するように、妖力を使って対象の人に変身するだけだからな」

「本当ですか?」

「本当だ。明日私が練習を見てあげよう。一日ほどでできるようになるぞ」

  

何か意味深な発言がありましたけど、どうやら小向さんは私に訓練をして下さるようです。よかったです。一日しか掛からないのなら、明日には私の考えた事が実行できます。


「しかし……いいのだな? 君のしようとしている事は、その森田さんを騙す事なんだぞ」

  

小向さんは、真剣な顔をして訊いて来ました。私は少し考えましたけど、答えはもう出ています。


「……はい。それで森田さんが喜ぶのなら、私はその罪を背負います」

「……そうか。それなら私が止める理由はない。とりあえず今日は帰りなさい。充分に寝て妖力を高めておくといい」

「はい」

  

そうして訓練を見るという約束を取り付け、私は小向さんの家を出ました。昨日と同じように、トイレの個室で変化を解き、猫の姿で森田さんの家に帰ります。

  

小向さんの言う通り、今日は早めに寝て妖力を溜めておこうと思っていましたが、少しだけ森田さんの様子を見たいと思い付きました。少しだけなら明日の訓練に支障は出ないでしょう。

  

そう思ってリビングの窓を覗いてみましたが、森田さんは部屋にいるのか、リビングは真っ暗になっていました。私は残念に思いましたけど、テレビの隣に、私があげたぬいぐるみが置いてあるのを見つけました。森田さんがぬいぐるみを手にとって、微笑んでいる光景が浮かび上がります。

  

そう考えると私は嬉しく思い、温かい気持ちで床に着く事ができました。明日は森田さんのお母さんに変身できるようになれますし、きっと私が計画した事も上手くいって、森田さんを元気付ける事ができるでしょう。

  

森田さん、元気になってくれるといいな。そんな気持ちを心に持ち、私はいつもの寝床、椿の茂みで眠りに就きました。

  

  

そして次の日。起きて家の玄関で待っていると、森田さんは喪服姿で出てきました。すぐに私を見つけて、駆け寄って頭を撫でます。


「やぁ白猫。また会ったね」

  

私は喉をゴロゴロ鳴らして撫でられます。手を舐めたりすると、森田さんは「可愛いやつだなぁ」とまた体を撫でてくれました。

  

しかし私は、森田さんが喪服を着ている事に気になっていました。


「君には教えたと思うけど、覚えてるかな?」 


森田さんはきっと「猫は三年の恩を三日で忘れる」ということわざを思い出しながら話していたのでしょう。しかし、私は森田さんの話なら私はずっと覚えていられる自信がありました。

  

返事はできませんでしたが、じっと耳を傾けて森田さんの話を聞きます。


「実は、今日が両親の葬式なんだ。死んだ両親を弔う日なんだよ」

  

私は、やはり葬式だったのかと思いました。喪服を着ているという事は、誰かの葬式に出席するという事ですから予想はついていました。 喪服を着ていた事に対する疑問の答えは出ましたが、まだ他にも気になる事がありました。一番に気になっていて、不安に思っていた事は、森田さんが死を悲しんだ後、その悲しみから帰ってこられるのかという事です。つまり私は森田さんが死別の悲しみから立ち直れるか不安なのです。

  

不安に思う私の頭を優しく撫でると、森田さんは弱々しく立ち上がりました。


「ミルクを上げたいところだけど、悪いけど今は時間がないんだ。また今度上げるから、今日は我慢してくれ」

  

私がニャーと一鳴きしたのを聞いて、森田さんは挨拶をして門から葬式に出掛けて行きました。

  

私はやはり森田さんが悲しみから帰ってこれるか心配に思っていました。その悲しみから帰ってこさせるのが私の役目で、その為の特訓なのですが、今日が葬式の当日と聞いて、元気付けられるかどうかの自信がなくなってきてしまったのです。

  

しかしこのまま家の庭に立ちすくんでいる訳にはいきません。私はさらに意気込んで気持ちを持ち直し、急いで公園で人間化して神社に向かいました。


「来たな、森田 ミオ」

  

私が神社に着くと、小向さんは言いました。格好つけて言いましたけど、相変わらずハゲた頭が光っています。


「約束通り、変化の特訓を看てください」

「うむ。じゃあこちらに来なさい。人前でする訳にはいかないという事は、わかっているだろう?」

  

私はコクリと頷き、小向さんに付いて、家の一番奥にある部屋に行きました。

  

その部屋は倉庫のようで、日の光があまり入らず、空気がじめじめと湿っていました。環境以外の事を考えると、この部屋は普段使われる事がないので、妖術の特訓をするには向いていますが、この家には坂井さんも入ってくると思うので、少し心許無いです。

  

しかし小向さんは、部屋の真ん中に座り込み、何やら床を手で擦り始めました。一体何をしているのでしょう。


「君はここに来るのは始めてだね」

「ここですか? 小向さんの家なら二度ほどお邪魔しましたが」

「いや違う。この地下だよ」

  

小向さんがそう言うと、いきなり床が光り始めました。人一人を囲めるほどの大きさで四角形に光り、部屋を青白く照らし上げます。光は思わず手で覆ってしまうほどに強く、暗く気味の悪かった部屋が青白い光で満たされました。

  

そして3秒ほど床が光った後、光は消えてその部分の床は消えてなくなっていました。その代わりに階段が現れて、地下への入口が姿を現していました。


「これは……妖力ですか?」

「そうだよ」

  

そう言った小向さんは、驚く事にもうハゲた中年のおじさんの姿ではありませんでした。髪も生えていてシワもない、二十歳くらいの姿……顔のパーツが整っていて、格好良いと思える美しい姿に変わっていました。

  

これも妖力の力なのでしょうか?妖力を使えば、おじさんの姿から格好良い、所謂イケメンの姿に変身する事もできるのでしょうか? いや、もしかしたらおじさんの姿の方が――。


「さぁ、行こう。森田 ミオさん」

  

小向さんは先に地下に下りて、言いました。私は妖力の力を見せられ、そしてその力に魅せられて、ワクワクしながら階段を下りていきました。

  

下りていく階段は少し長めでした。暗くて、石に囲まれた狭い階段を下りるのに、一分以上も掛かっていました。私は、それほど深い場所に一体何があるのか想像がつきません。地上の神社の下にまた神社があるかもしれませんし、 妖力の修行の為の訓練場が広がっているのかもしれません。今まで全く見た事がないものを目撃しようとしているのでしょう。

  

しかし恐れはありませんでした。もちろん小向さんの妖力には驚きましたが、同じ猫叉ですし、警戒はしていませんでした。むしろ先程述べたように、私の心はわくわくしていました。小向さんが妖力を使ったように、私も上手く妖力を使えるようになれると思っていたのです。

  

そうして胸を高鳴らせながら地下へ下りていくと、ようやく階段の終わりが見えてきました。トントン、と軽やかな靴音と共に最後の一段を下ります。



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