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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
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仮屋


街を出て私が向かった場所は、日本全国で猫叉が一番多く住んでいると言われる森上町という場所でした。

その場所には神社もあるので、今まで通り巫女の助勤もできます。

コンビニのアルバイトや、レストランの店員を勤めている猫叉もいるので、私でも働きやすい場所のようです。


都会とは少し離れているので住宅街の隣に山があり、木々が青々と茂っています。

猫叉だけでなく猫も沢山居るので、人としても猫としても暮らしていけそうです。



その場所に私は昨日到着し、一度休む為にホテルに一泊していました。

少しお金がかさんでしまいましたが、水族館に行った日ぶりに猫に戻って体と妖力を妖力を回復する事ができました。


しかし、昨夜はあまり眠れませんでした。

眠ろうと目を閉じると、色々な事を考えてしまって寝付けなかったのです。


新しい暮らし、猫として暮らすか人として暮らすか、上手くやっていけるかなど、不安に思う事は沢山ありました。

そして、やはり想太朗くん達の事を多く考えてしまい、夜遅くまで頭から離れませんでした。

街を旅立った時は平気でしたが、恋しさが段々と募ってきているのです。


なので私はあまり眠る事ができず、寝不足ぎみでした。

妖力は回復できましたが、快調ではありません。


それでも今日は、この町の神社に行って、働かせてもらうつもりでした。

新しい暮らしを始める為にも、職場を決めて働かなければ。


私は布団から出ると、外に出る支度を始めました。

妖力を使って人間の姿に変化します。


しかし、私は今日からいつもと少し容姿を変える事にしていました。

私はもう想太朗くんとは会ってはいけないので、完全に私の行方をくらませるのです。


なので私は、長かった髪を短くして、肩ほどの長さにする事にしました。

身長も少し高くして、美鈴さんのようなモデル体型をイメージします。


そのイメージを妖力で自分の体と統合させて、人の姿に変化しました。

後はいつも通りで、術式による光が収まると、私の視線は人の高さになっています。


鏡で確認すると、イメージ通り髪は短く、背も高くなっていました。

しかし鏡で自分の姿を確認すると、顔の形は変えていないので、まだ以前の私の面影が残っています。


なので、私はピンクの眼鏡を掛ける事にしました。

付け焼き刃のようなものなのであまり変わりませんが、ないよりは良いでしょう。


その姿で私はホテルを出て、話に聞いていた神社に向かいました。

ホテルから少し遠い道でしたが、歩いて向かいます。


着いてみると、神社は月見里神社よりも一回り大きな場所でした。

本殿も広く、鳥居も多く、そびえ立つ木も大きくて歴史を感じます。


私はその大木を感心しながら見ていました。

無数の木の葉と太く長い幹から生きる力強さを感じて、気付けば立ち止まっていたのです。


私は見る事ができない木の頂上を仰ぎながら、この木が何年生きているのか気になりました。

見たところ根回り10メートル、高さ20メートル以上の木ですが、これほど大きければ大層長生きなんでしょう。


「その木は千年前から生きているらしい」


私が大木に圧倒されていると、誰かが背後から教えてくれました。

親切にも教えてくれた人に、私は振り向いて御礼を言おうとします。


ところが私は、御礼を言う前に、驚愕して固まってしまいました。

振り向くとそこには小向さんが……いえ、若い小向さんである向井さんが立っていたのです。


「向井さん! どうしてここにいるんですか?!」

「向井? それは私の弟の事かな」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってください……」


私はいきなりの事に頭が混乱して、状況が上手くつかめませんでした。

頭の中を整理しつつも、向井さんの姿をしている誰かに質問をぶつけます。


「えっと、あなたは向井さんでも小向さんでもないんですか?」

「そうだ」

「それで、向井さんを弟と呼んだという事は、あなたは向井さんの兄ですか?」

「そうだ」

「えぇー……」


私は質問をしておきながら、彼の言う事を信じられませんでした。

納得できず、訝しげに彼を見つめます。


「納得いかないようだね」

「当たり前です。どこからどう見ても向井さんの姿――」


そこまで言い掛けて、私ははっとしました。

目で見えている姿は確かに向井さんのものですが、妖力のパターンは彼のものではなかったのです。


「……わかってくれたかな?」


向井さんの兄と言い張る彼はにこりと笑いました。


しかし彼が向井さんと別人だなんて、にわかには信じがたいです。

彼のその笑い方までもそっくりなのです。


「僕は本当に向井とは別人だよ。向井が弟で、僕が兄だ」

「わ、わかりました。そういう事にしておきます。……それで、名前は何と言うんですか?」

「大向と呼ばれているよ」

「紛らわしいです」


弟が向井さんで、向井さんがおじさんになった時は小向さんで、その小向さんの兄が大向さん……。


何だか頭の中で整理が付かなくてごちゃごちゃしてきました。

あまり深く考えてはいけない気がします。


「とにかく僕と君は初対面だ。それだけ理解できればいいよ」

「納得できませんが、とりあえずわかりました」

「それで、僕は初対面と言えど、君の話を弟から聞いているんだ。この街に住む事も、どうして引っ越してきたかも……」


大向さんの話を聞いて、私は押し黙りました。

街を引っ越してきた理由を思い出すと、やはり胸が苦しくなります。


こうして誰かと話している間は何とか忘れられるものの、一人になると想太朗くん達の事を考えてしまって辛くなるのです。


「辛かったろう。すぐに忘れられるものではない」

「はい、そうですね……」

「神社の空き部屋を貸そう。できるだけ私も力になる。だからゆっくり休むといい」


大向さんの優しい言葉に、私は痛みを噛み締めながら微笑みました。

彼の言葉は今の私にとってとても有り難くて、頼もしいものです。


私は大向さんの厚意に甘える事にしました。

今の私には心を休める場所が必要ですし、断る理由もありません。


ただ、私は神社で働いて恩を返す事にしました。

部屋を借りたままではやはり申し訳がつきません。


その意を伝えると、大向さんは笑顔で快諾してくれました。


宿も勤め先も決まり、森上町での暮らしが順調に始まり、少しだけ希望が見えた気がしました。



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