表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
48/63

ノスタルジア





小向さんの家にあるチャイムを鳴らすと、彼はすぐに玄関から出てきてくれました。

彼はいつもの装束衣装を着て、いつものように微笑みを浮かべています。


これから私が街を去る事を告げると、彼はどんな表情を見せるのでしょうか。

坂井さんと美鈴さんは何となく予想が付いていましたが、小向さんだけは想像できません。

正体さえもよくわかっていませんし、何を考えているのかわからない、ミステリアスな人ですから。


「どうもこんにちわ、小向さん」

「こんにちわ美尾さん。 今朝は冷えるね」


確かに今日の朝は、外に出たくないほどに冷えていました。


しかし季節は秋ですから、これからさらに寒くなっていくと思います。

一人旅立つには寒すぎる季節です。


「外にいても冷えるし、家の中で話さないかい? 丁度お湯を沸かしたところなんだ。すぐに温かいお茶を飲めるよ」

「えっ、それはちょっと……」


確かに外は寒いので、暖房器具のある家で話していた方が温まりますが、お邪魔する訳にはいけませんでした。

今日は急を要しますから。


「この前珍しいお菓子を見つけたんだ。食べてみたらなかなかに美味しかったんだが、一緒に食べないかい?」

「えぇっ? それは気になりますが……」


お菓子という言葉に私の心は少し揺らぎましたが、やはり長居してはいけません。

この面は断らなければ。


「あ、あの小向さん……!」


私は意を決して彼の名前を呼びました。

小向さんは微笑みを浮かべたまま口をつぐみます。


しかし、いざ別れを告げるとなると、伝えづらくて言い出せなくなってしまいました。

先程美鈴さん達に打ち明ける時もそうだったのですが、小向さんには更に伝えられません。

小向さんには私と同じ叶わぬ恋をしている背景もあり、自分だけ逃げるように感じたからです。


私は押し黙ってしまいました。

その場に沈黙が広がり、冷たい風が枯れ葉を散らす音が聞こえてきます。


しかし、私は自分の意思を明確に告げなければなりませんでした。

何でもないと彼に言って、別れを告げずに街を出る事は、もっと卑怯な事だと思っていたのです。


なので、私は心を整えて、別れを告げる備えをしていました。

黙って立っている小向さんの前で、拳をわなわなと震わせていました。


「……この街を去るんだろう? 美尾さん」


ところが、小向さんが私を察してくれて、先に言い出してくれました。

目を丸くして顔を上げると、小向さんは相変わらずにこにこと笑っています。


「私の事は気にする事はない。君が街を出ていったからと言って、私が君を恨む事はないし、今まで通り坂井さんともやっていける。だから自分がそうと決めたのなら、その通りにすればいいんだ」


小向さんは私が気にしていた事を全て察していました。

小向さんに恨まれるかもしれないと思っていた事も、この先坂井さんと平穏無事に接していけるのかと不安に思っていた事も、彼にはわかっていたのです。


「さすが小向さんですね。何でもお見通しです」


敵わないなと思うと、自然と口元から笑みが溢れます。


「妖術を使ったんですか? それとも小向さんが鋭いのですか?」


この質問はミステリアスな小向さんの核心をつく質問でした。

いつもなら尋ねてもはぐらかされて

しまう質問だと思いますが、この最後の機会ならどうでしょう。

なかなか秘密を教えてくれない小向さんでも、もしかしたら答えてくれ るかもしれません。


しかし、なかなか秘密を明かしてくれない小向さんは、案外あっさりと回答してくれました。


「どっちでもないよ。ただ、きっぷがいいだけさ」


笑みを浮かべて清々しいほどに答えてくれて、私は少しばかり拍子抜けしてしまいました。


しかし、不思議と納得できました。

少し誤魔化されたような気がしますが、答えに不満はなかったのです。


「なるほど、納得しました」

「そうか、それは良かった」

「私もその点は見習わなきゃいけませんね」

「見習うのはこの点だけなのか」


私はくすりと笑います。

勿論小向さんには他にも見習う事はありますが、彼のツッコミが面白かったので否定はしませんでした。


「まぁ、向こうでも頑張ってくれ 。君なら一人でも何とかやっていけるだろう。私が教えた妖術もあるしな」

「そうですね。小向さんの妖術があれば平気ですね」


私は小向さんとの思い出を頭に浮かべながら、彼を見つめました。

妖術の修行を監督してくれた事、沢山の笑いをくれた事、他にも坂井さんと追いかけっこをしていた事や、着替えを覗かれた事も思い出しました。

良い事も悪い事もありましたが、今では良い思い出です。


「小向さん、今まで有り難う御座いました」

「こちらこそ、今まで有り難う」


そう言って、私は小向さんとの関係も終わりにしました。

彼とも美鈴さん達とも別れ、神社を後にします。


これで終わりかと思うとやはり悲しいですが、今は不思議と清々しい気分もありました。

ちゃんと別れを告げる事ができたので、その点に満足できたからだと思います。


街を去った後から悲しくなるかもしれませんし、増してや想太朗くんに会いたくて仕方なくなってしまうかもしれませんが、今の気分はとても爽やかだったのです。






なので私は、あまり悲しみや不安なく、街を旅立つ事ができました。

綺麗な心持ちで新幹線に乗り込み、今こうして客席で落ち着けています。

車窓から見える景色を素直な気持ちで眺められるのは、納得のいく別れがあったからです。


しかし、去った街での事を思い出す事は、もうできるだけするべきではないのかもしれません。

ノスタルジーを覚える事は、きっとホームシックに繋がってしまうのです。


なので私は、想太朗くんとの思い出も、美鈴さんと坂井さんとの思い出も、小向さんとの思い出もハワイでの思い出さえも、心の奥底に仕舞っておく事にしました。

私自身の半分程に相当するものを、大切な場所に仕舞って鍵を掛けてしまったのです。


私は少し自分が軽く感じました。

爽やかな感覚はあるものの、どこか空虚なのです。


私はそれがわからないまま、車窓の景色を眺めていました。

目的の場所に到着するまで、どんどん移り変わっていく景色に感傷していました。





前回もノスタルジーで、今回もノスタルジアがサブタイトルなんですが、一話にまとめられる程テーマが同じなので、似たタイトルになってます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ