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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
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イルカ




水族館までの時間は少々長いものでした。

想太朗くんと話していたので気が付かなかったのですが、時計を見れば長い針が半周するほどの時間が経っていました。

残された想太朗くんとの時間を、少しでも楽しみたいと思う気持ちが、時間を忘れさせたのでしょう。


目的地に着いてみると、水族館はとても華やかな場所でした。

入口だけ見ても、広告が沢山貼られていて、キャラクターが私達を出迎えてくれて、水族館の楽しさが伝わってきます。

華やかだというのに、青色を基調とされた建物からは、癒しを感じる事もできました。


水族館がどんな場所かは本を読んで

知っていましたが、実際に来てみて、私はこの場所を素敵な場所だと思いました。

華やかなのに落ち着きがある水族館は、私にとって不思議な場所でもあったのです。


中に入ると、水中に生きる動物やお魚のいる水槽が、目白押しに並んでいました。

水槽の中では小さくて色鮮やかなお魚がイソギンチャクと共生していたり、光るクラゲがふわふわと泳いでいたり、沢山珍しいものを見られました。

気になっていたペンギンという生き物も、実際に目にする事ができたのです。


私は次々と現れる珍しい生き物に、目を輝かさずにはいられませんでした。

子供のように水槽に手を付いて、私の目の前で泳ぐ姿を見詰めていました。


「あはは、楽しんでくれてるみたいで嬉しいよ」


その私の姿を察したのか、想太朗くんが笑いました。


「わ、わかりますか?」

「わかるよ。美尾さんはわかりやすいから」

「そうですか?」

「うん。でも、表情が豊かとも言えるから悪い事じゃないよ。何と言うか、美尾さんは物静かだけど表情が豊かで、きらきらしてて、その……」


そこまで言うと、想太朗くんは言い淀みました。

顔を赤くして目を伏せていて、何を言ったらいいのか考えています。


私もつられて紅潮してしまい、胸が高鳴ります。

二人の間に沈黙が流れ、まるで時が止まったかのような雰囲気が流れました。

緊張して張り詰めた感覚があるにも関わらず、もっと感じていたいと思う、そんな雰囲気が――。


「あはは、何言ってるんだろうね僕は。ごめん、何でもないよ」

「そ、そうですか」


想太朗くんは伝えるのを諦めて、誤魔化して言いました。

私も想太朗くんと同じように笑います。


しかし想太朗くんが何を伝えようとしたのか、気にならずにはいられませんでした。

話の脈絡から考えると、「良いよ」とか「素敵だね」とか、さらに

場合によっては「好きだ」とも言われていたかもしれません。

想太朗くんが私に好意を寄せてくれている事を、私は知ってしまっているのです。


「美尾さん。この先にイルカがいるみたいだよ、行ってみよう」


想太朗くんは話を取り繕うように言います。

私は高鳴る胸を抱えて想太朗くんに付いて行きました。



行ってみると、想太朗くんの言う通り、イルカのいる水槽がありました。

イルカのコーナーに来たようで、正面の水槽にはバンドウイルカがいて、側の水槽には白イルカやハナゴンドウが居ます。


「へぇ、イルカにも種類があるのですね」

「そうだね。でも世界にはまだ珍しいイルカがいるんだよ」

「どんなイルカですか?」

「アマゾンカワイルカと言ってね、ピンク色のイルカがいるんだ」

「ピンク色ですか! それは見てみたいですね」


私は自分の中でピンク色のイルカを想像しました。

それは空想の世界に生きる動物のようで、妖精やドラゴンのように夢がある生き物に思えました。

私はハワイでイルカに空を泳がせましたが、それ以上に不思議に思えたのです。


「そう言えば、ハワイにイルカと触れ合う場所があったんだけど、美尾さんは行ったかな」


想太朗くんが言っている場所は、スキューバダイビングで潜ってイルカと触れ合うような場所でしょう。

私はそのような場所には行っていませんが、イルカのいるあの船着場が

当てはまっているような場所だったので、このように答えました。


「行きました。とても良いところでした」

「そうなんだ。僕も行けばよかったな」

「あれ、行かなかったんですか?」

「そうなんだ。飼っている猫も連れていたからね」


飼っている猫と聞いて、私はどきりとしました。

その猫は勿論私の事であり、私の所為で想太朗くんがイルカと触れ合えなかった事になるのです。


「そうなんですか。で、でもハワイには他にも観光する場所があったでしょう?」

「そうだね。海が何より綺麗だったよ」


私は猫の話題を避けるように話を逸らしました。

しかし、私は今までの諸行を思い出し、罪悪感に包まれます。

身代わりの術を使って想太朗くんを騙すような行為を働いた事も思い出してしまったのです。


思えば私は、想太朗くんに迷惑を掛けるような事ばかりしてきました。

彼に生活の面倒を見てもらっているというのに、遅くに帰ったり、お風呂に入れてもらわないといけなくなってしまったり、沢山の迷惑を掛けてしまっているのです。


あまつさえ、今日私はその想太朗くんの想いを踏みにじろうとしているのです。

この方法が最善の策とはいえ、あまりにも想太朗くんが報われない結果となってしまいました。


こんな事になるのなら、私達は出会うべきではなかった。

出会わなければよかった。


私は涙を堪えながらそう思いました。


「想太朗くん。向こうに座る場所があるみたいなので、少し休みませんか?」

「うん、いいよ」


私は想太朗くんと一緒に、柔らかいソファに座りました。

バンドウイルカが泳ぐ水槽を眺めながら、自分の心を落ち着かせます。


しかしイルカを見ていると、さらに悲しさが増すように感じました。

どうしても船着場で会った、あのイルカの事を思い出してしまうのです。


ジャスティンさん……。

あの時、あなたは私の事を強いと言いましたが、私はそうは思えません。

もう想太朗くんに対して、してあげられる事なんてありませんし、自分を保つ事さえ辛いです。

それなのにどうしてあなたは、これほど無力で貧弱な私を強いと思ったのですか。


もう会えないというのに、私はジャスティンさんと再び会って問い詰めたい気持ちに包まれました。

ジャスティンさんが残してくれた言葉が誇りとなっていましたが、その言葉にさえ私は自信を持てなくなってしまったのです。


それから私達は、イルカの水槽を離れて水族館のショーを見ました。

アシカやセイウチなどの動物が、芸を披露してくれます。


その光景も私は見た事がなく、私にとってはとても珍しいものでしたが、ショーの中で一番印象に残ったものはやはりイルカの芸でした。

イルカが水面から飛び上がり、空中で2、3回転するのです。


その光景はまるで空を駆けるようでした。

私がしたように、イルカの飼育委員

はイルカに空を駆らせてみせたのです。


素晴らしいものでした。

イルカの楽しそうな表情が垣間見えました。

観客にも笑顔が満ち溢れていて、楽しさが滲み出ていました。

イルカとイルカの飼育委員は、沢山の人々の笑顔を作っていたのです。


「想太朗くん。少しトイレに行ってきますね」


私は笑いながら言いました。

想太朗くんは「わかった」と答えます。

一人席を立ち、観客で賑わう場所から抜け出します。


私はトイレには行きませんでした。

ただ一人になれるような場所を探し、そこで時間を過ごしました。


あの場所であのままショーを見ていたら、きっと私は平静を保つ事ができなくなっていたでしょう。

想太朗くんの前で泣いてしまっていたかもしれません。


なので私は、想太朗くんに嘘を付いてまで一人休んでいました。

心が悲しみに満たされないように休ませていました。




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