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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は美尾である
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天気雨



これで最後にするつもりでした。


どうしても直前に迫った約束を断る事ができず、待ち合わせ場所の駅前に来てしまった私は、そう思っていました。

本来はこうして想太朗くんと会う事も許されず、ましてや一日を過ごす事などもっての外だったのです。


それでも断らなかった私は、きっとどこかで想太朗くんを求めていたのでしょう。

勿論、前日に約束を断る事にも抵抗がありましたが、別れる前に会いたいと思う気持ちが強すぎたのです。


なので私は、想太朗くんを待っている間、罪悪感に襲われていました。

笑う事もできずに、ずっと引きつった表情でいました。


しかし、どんなに悲しくても想太朗くんが来たら笑顔を浮かべなければならないでしょう。

せっかく誘ってくれたのに、つまらない思いをさせてしまっては、失礼な事に値します。

だから私は、想太朗くんが現れたらすぐに笑顔を作ろうと考えていました。

うっかりこの表情を見せないように、周囲に注意を払って想太朗くんを探していました。


「だーれだ」


ところが急に視界が真っ黒になりました。

背後から目を覆われているようです。


しかし私は背後に誰が立っているのかわかりました。

聞こえてきた声が、私のよく知っている声だったからです。


「想太朗くん、以前も同じ事をしてましたよね」

「そうだね。二回目だね」


振り向くとやはりそこには想太朗くんがいました。

屈託のない笑みを浮かべ、温かさも感じる表情をしています。


その笑顔を見て、もう彼とは会ってはいけないというのに、私の心臓は大きく脈打ってしまいました。

思わず目を逸らしてしまい、頬も赤くなってしまいます。


「そ、想太朗くんの声はもう覚えました。そんな事をしてもすぐわかりますよ」


照れてしまった事を悟られないように強がって見せましたが、私の目線は泳いでいました。

よく私の目線を見ていればすぐに悟られてしまうでしょう。


想太朗くんは私のその心に気付いたのか気付いていないのか、相変わらずにこにこと笑っていました。

そして、微笑みながら言います。


「そうなんだ。でも美尾さんに覚えてもらえたのなら、光栄だよ」


再び私の胸は大きく脈打ちました。

嫌でも胸がどきどきしてしまう私は、体を向けている事さえも恥ずかしくなり、想太朗くんに背中を向けて歩き始めてしまいました。


「それはいいですから、先に行きましょうよ。時間がなくなっちゃいますよ」

「そうだね。行こうか」


想太朗くんも私に付いて歩き始め、

彼とのデートが始まりました。

かなりつっけんどんな始まりになってしまいましたが、幸福とも不幸とも言えない時間が始まりました。


しかし私は、先導を歩いていて疑問に思う事が一つありました。

思い返せば想太朗くんに行き先を任せたままで、行き先がわからない私は駅の切符売り場で止まってしまいました。


「想太朗くん、そういえば今日はどこに出掛けるんですか?」

「そろそろ聞かれると思っていたよ」


今頃行き先を尋ねる私に、想太朗くんはからかうように笑いました。

またも失敗してしまった私は、何も言えなくなってしまいました。


「今日は水族館に行こうと思うんだけど、いいかな?」

「水族館ですか、いいですね」


私は失敗を誤魔化すように苦笑しました。


「それと、今日は僕が君を誘ったから僕がエスコートするよ。君は気を使わなくていいんだよ」

「わかりました。お願いしますね」


失敗した私はいいえと言う事もできず、想太朗くんの後を付いていかざるをえませんでした。

想太朗くんの前で失敗をしてしまったと思うと、何故だか増して恥ずかしく感じました。


想太朗くんに付いて駅のホームに行き、話をしながら電車を待ちます。


想太朗くんとの会話はいつものように取り留めのないものでしたが、それでも楽しいと思いました。

雑談は文字通り雑なもので、取り留めがないのも当たり前だと思うのですが、私にとっては大事なもののように感じました。


それも、いずれ別れが来る人との話だと思うと頷けました。

恋した人との話だからだと思う事もできましたが、私はその理由を認めてはいけないと思いました。

こうしている今も、私は猫叉の掟に縛られているのです。


そして気付けば、私は想太朗くんに敬語を使っていました。

以前、想太朗くんに敬語を使わないでほしいと言われてそのように話したのですが、今は何故だか敬語を使わずに話す事ができません。


もしかしたら私は、想太朗くんに対してまだ心を開けないのかもしれません。

ハワイではそのように話せたものの、言われたから話せただけで、心まで開いてはいないのかもしれません。


こうして話している想太朗くんも、もうその事に気付いているでしょう。

気付いていながら言わないのです。

気にしながらもこうして笑って話しているのです。


私は感慨深く空を仰ぎました。

空には燦々と照る太陽があり、青いスクリーンが広がっていました。


しかし私は、天気雨が降るような気がしました。

これほど天気が良いと言うのに、雨が降るように思えたのです。


「あっ、電車が来たみたいだよ」


想太朗くんの声で、電車が来る方向を見てみると、確かに電車がホームに入ってきていました。


今日は一体どんな事が起きるのか。


私はそう思いながら電車に乗りました。



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