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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は観光客である
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奇跡

今回はローラさんの視点で書いております。

最初に誰視点なのか明かしておくのは好きじゃないんですが、言うべきだと思ってお伝えしています。

無事にクライマックス書けて、かなり嬉しいみたいです。




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受付の仕事を終えて、私は自宅への帰路を行っていた。


暗くて人通り少なくなってきた道を、車のヘッドライトを照らしながら進む。

安くて美味いロコモコの店や、行き付けの美容室などの、見慣れた光景が次々と流れていく。


車内のラジオからは、DJとゲストの会話が流れていた。

どうやらゲストへの質問コーナーの時間らしく、DJがリスナーからの質問を読んでいる。


「ラジオネーム、隣のモリタさんからのお便りです」


質問の内容はありがちなものだった。

昨日のラジオでも聞いた覚えがあったし、本当に何気ない質問だった。


でも、隣のモリタさんって妙なラジオネームだな。

確かモリタって日本でよく聞く名前だった気がする。

という事はこのリスナーは日本人なのかな。


興味はないけれど、私はそう思いながら何気なくラジオを聞いていた。


しかし私はモリタという名前を今朝にも聞いた覚えがある事に気が付いた。


船着き場でジャスティンと一緒にいた、モリタミオだ。

ミオもモリタという姓を持っていたんだ。


ミオは芸能人みたいに可愛くて、肌も白くて綺麗なのだけど、少し変わったところがあった。

外国人だからそう思うのかもしれないけど、どこか不思議で、どこか疑問があった。


そんなミオと今朝話した事を思い出す。

船着き場に住み着いているイルカのジャスティンの事だ。


私はジャスティンに船着き場を離れて群れに戻ってほしいと言ったんだ。

寂しいけどもそれが本来あるべき事で正しい事だから。


でもジャスティン自身はどう思っているのだろう。


ジャスティンの事を考えると、この疑問が毎回のように私の頭に浮かんでいた。

ジャスティンがどうしてあの船着き場に住み着いているのか、答えを確かめたいんだ。


ジャスティンと話がしたい。

ジャスティンと話ができれば、正しい道を歩める。


動物と話がしたいと望む人は多くいるけども、今こそ私はジャスティンと話をしたいと思っていた。



自宅に着き、私は車をガレージに停めた。

玄関へ歩きながら鞄から鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。


そこで私は扉のポストに何かが入っている事に気が付いた。

手紙のようなものが半分ポストから見えている。

手に取って見てみると、「ローラ・ロビンソンさんへ」という宛名が書かれていた。


封筒もなく、便箋に言葉が書かれているだけだけど、どうやら私宛ての手紙のようだ。


郵便で届いたものではないので、私は不審に思いながら家に入る。

リビングのソファに座って手紙を読み始めた。


「ローラ・ロビンソンさんへ

私は今夜、長らくお世話になったあの船着き場を離れて、仲間のところへ帰る事にしました。

しかしその前にどうしてもあなたに伝えたい事があります。

どうか12時を過ぎてからあの船着き場に来てください。

夜が明けるまで待っています」


最後に「ジャスティンより」という文で手紙は終わっていた。

信じられない事に、その手紙はジャスティンからの手紙だったんだ。


しかし私は抜群に怪しさを感じていた。

イルカのジャスティンが手紙を出すはずがないし、誰かがジャスティンの名前を使って手紙を出したんだろうと思った。


何の目的かわからないけど、誰かが私を呼び出そうとしているらしい。


私は手紙を机の上にに置いて、夕食の支度をする事にした。

手紙をなかったものと考えて、普段通りに家事を始めた。



しかし、あの手紙が妙に私の中で引っ掛かっていた。

夕食を食べる時も、テレビを見ている時も、シャワーを浴びている時もあの手紙の事を思い出していた。

ベッドに入って寝ようとしている時でさえ、手紙の事が気になっていたんだ。


その内私は、遠くから船着き場の様子を眺めるだけなら平気なんじゃないかと考えるようになった。

犯罪の被害に遭いそうで避けていたけど、約束の場所に行ってみたいと思うようになっていた。


それは興味半分で正しくない事かもしれない。

約束の為にあの船着き場に行ったって、私に何の得もない。


その事をわかっているはずなのに私は行ってみたくなり、夜も眠れず、遂には家を出て車で出掛けてしまった。


馬鹿な事をしていると自分でも思う。

引き返さなければいけないともわかっている。


しかし私は向かい続けた。

何かに引っ張られるみたいに船着き場に向かった。


着いた船着き場は、日中の様子とはまた違った顔を持っていた。

人が誰も通らず静まり返っていて、波の音だけが聞こえてくる。

停められているヨットや船も、波に従って静かに揺れていた。


私は車を停めて、ジャスティンがいつも居る場所を車内から見てみた。

誰かが襲ってくる事も想定して、周囲にも注意を払いながら垣間見る。


するとそのジャスティンが居る場所に、きらきらと光っているものを見付けた。

空中に浮きながら七色に光り輝いているものだ。


私はその超自然的な光景に瞠目した。

UFOか何かが居ると思った。


そして私はその不思議で珍しいものを一目見たいと思い、車から降りる事にする。


騙されているの可能性もあったけど、どうも私はそんな気がしない。

もしかしたらあの手紙は本物で、本当にジャスティンが私に送ってきたんじゃないかとさえ考えたんだ。



その考えを胸に、私は光り輝いているものに近付く。

未知のものを前にして、胸を高鳴らせながら歩いていった。


するとその場所にはジャスティンがいた。

なんと光り輝いていたものはイルカのジャスティンで、船着き場の空に浮かんでいたんだ。


「ローラ、待っていたよ」


私の耳には、確かにそう聞こえた。

ジャスティンがそう言ったように聞こえた。


「ジャスティン、どうしちゃったの?」


私はこの不思議な出来事に動揺を隠せず、上擦った声で尋ねる。


「ローラ、その質問はナンセンスだよ。こういう時はこう聞くんだ、夢でも見ているのかってね」


落ち着いた声でジャスティンは言った。

どうしても不思議に思わずにはいられないけど、どうやら本当に私とジャスティンは会話ができるみたいだ。


「それよりローラ、あの手紙を読んでくれたかな?」


あの手紙とは、家に帰った時にポストに入っていた手紙の事だろう。


「読んだわ」


緊張して、少し私の声が震える。


「それなら、君をこの場所に呼んだ目的はわかるだろう? 僕は最後に君に伝えたい事があるんだ」


最後という言葉を聞いて、私は手紙の内容を思い出しました。

ジャスティンがこの船着き場を離れると書かれてあったのです。


「本当にこの場所を離れるの?」

「うん、このまま住み続けるべきではないからね。それに、ローラにも心配掛けるだろう」


「……うん、そうね」


確かに、私はジャスティンがこのまま一人で生きていけなくならないか心配していた。


だからジャスティンがこの船着き場から居なくなる事は安心するべき事なのだけれど、いざ彼との別れを目の前にすると、寂しさが心に残った。


私は優しいから毎朝魚をあげていたんじゃない。

ジャスティンが好きで魚をあげていたんだ。


「寂しくなるわね……」

「そう言ってくれると嬉しい……僕はローラの事が好きでこの船着き場に住み着いていたから」


そう言われて、私は納得した。

ジャスティンがここに居た理由も、群れから離れた理由も、パズルのピースが合うみたいに辻褄が合った。


予想しておきながら飲み込もうとしない自分を、やっと納得させる事ができたんだ。


「それが私に伝えたかった事?」

「そう。僕が別れる前にどうしても伝えたかった事だ」


ジャスティンの声は震えていた。

涙を堪えているのか、気持ちを伝えようとしているのかわからなかったけど、感極まって震えていた。


その声で、ジャスティンはさらに言葉を紡ぐ。


「本当に好きだったんだ。ワイヤーに絡まった時、君から助けてもらってから、ずっと君の事が好きだったんだ」


震えた声で告げられる言葉。

胸の内に抑えきれない気持ち。


それらを、私は受け止める。

空に浮かぶジャスティンに歩み寄る。


「わかってる、わかってるわ……」


ジャスティンの頭を撫でる。

気持ちを受け止めるように、優しく、優しく撫でる。


ジャスティンの気持ちのままに、何度も何度も頭を撫でてあげた。


「有り難う、ローラ。もう大丈夫だよ」


彼は私から離れ、落ち着いた声で言った。

後悔も未練もないような、清々しい表情を浮かべている。


「本当に平気なの?」

「平気さ。これでもう一人で生きていける」


その力強い言葉で、私は確かに彼が野生で生きていけると納得した。


別れの悲しみを乗り越えた彼なら、どんな事も乗り越えられるだろうと思ったんだ。


「それじゃあ、もう行くよ。本当に有り難う」

「有り難う。元気でね」

「うん。さようなら」


ジャスティンは私に背を向け、空を泳いで去り始めた。

暗く先の見えない道を進んでいく。


私はその光景を見ながら、やはり寂しいと感じていた。

この船着き場に居続けてほしいとさえ思っていた。


それでも私はジャスティンの為に正しい事をしていると思った。

ジャスティンがこの道を選んだのなら、私はそれに従うべきなんだ。


だから、今私ができる事は、ジャスティンを見送る事だ。

後悔が残らないように彼の背中を覚えておく事なんだ。


そう思って、私はジャスティンの光が見えなくなるまで彼を見送った。

彼が幸せになる事を願いながらこの夜の海を記憶に焼き付けていた。





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