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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は猫又である
3/63

白い猫のぬいぐるみ

猫、それは癒しの象徴。 そんな考えを持ち、猫を飼っていないのに猫バカの人間が書く、猫がテーマとなっている作品です。 猫がテーマ……というよりも、妖怪である猫又がテーマと言った方が合っているかもしれませんが、とにかく説明すると、人語を解し、妖力を持ち、人間に変化したりする猫達の話です。


※pixivにも同じ小説をうpしています。



私はそれによってアスファルトの地面に転び、男の人は、鞄の中身を地面にばらまいてしまいました。


「いたた……」

「ご、ごめん。君、大丈夫かい?」

「い、いえ、私が余所見を……あっ、森田さん……」

 

私に手を差し出してきた人を見てみましたが、その人はなんと、プレゼントの送り主である森田さんだったのです。

 

そういえば森田さんの帰宅時間は大体この時間でしたし森田さんがこの道を歩いていても不思議ではないでしょう。しかしどうして寄りにもよって森田さんにぶつかってしまったのでしょう。単純に私の運の問題なのでしょうか? 良いか悪いかの問題を抜きに考えても、なかなか偶然では片付けられないと思います。

 

答えの出ない疑問を感じつつ、私は森田さんの手を取って立ち上がります。その時、私は立ち上がりながら森田さんの名前を呼んでしまった事に気づきました。森田さんからしてみれば、どうして私が自分の名前を知っているのだろうという疑問を持つはずです。


「えっ……君、どうして僕の名前を……?」

「そ、それは……」

 

森田さんに動揺しながら訊かれ、私は少し慌てて言い訳を考えます。するとちょうど、言い訳になるような都合の良いものが目に飛び込んできました。


「えと……そ、その筆箱に書いてある名前を見たんです……」

「……あぁ、そうか。なるほどね」

 

森田さんは納得したのか、地面にばらまいてしまった荷物を拾い始めました。私も悪い気がして、一緒に拾います。

 

それしても、猫の姿では何度も会っていたのに、この姿で森田さんと会うと何故だか照れてしまいます。人間の姿で会う事は初めてなのですが、そうとは言え、直視できないほどまでに照れてしまう理由が自分でもわかりません。


「すいませんでした。私、余所見をしていたようで……」

 

荷物を拾い終わった後、私は目を逸らしながら言いました。拾っている途中も何度か目を逸らしてしまいましたし、森田さんは私を不思議に思っているかもしれません。


「いえいえ……。それにしても君、かなり女優の美生に似てるけど、もしかして本物かな?」

「い、いえ! 違います! 美生さんよりも不細工ですし、髪の色も白ですし……」

「あはは、そんな慌てて否定しなくても……」

 

森田さんは頬を持ち上げて楽しそうに笑います。しかし私には、その表情の内に悲哀の感情を孕んでいるのが見えました。目を逸らしていても、いつも森田さんの事を見ている私にはわかります。楽しそうに笑っていますが、心の奥ではでは両親の死を悲しんでいる……そんな心が見えたのです。


「拾ってくれてありがとう。じゃあね」

「はい、さようなら」

 

私は森田さんと別れ、再び道を歩き始めます。しかし先程の心持ちとは逆に、私の心には悲哀と焦燥感が広がっていました。

 

やはり、森田さんは深く傷付いています。私の妖力もそろそろ限界が来そうですし、早く森田さんの家に帰って元気付けてあげなければなりません。そう考えて、私は近道する事に決めました。猫の姿の時に見付けた帰り道を通るのです。

 

しかし、この道は暗くて人通りが少なく、風俗店などのいかがわしい店が並んでいるので、私は本当は恐くて不気味で、通りたくないのです。

 

それでも私は近道すると決めたのです。例の道を裏道から入り、足を急がせながら道を行きます。

 

道を歩いていると、気の所為か、周りの雰囲気が変わったように感じました。暗くてじめじめとしたような雰囲気があり、何故か背中に冷たい氷を入れられたみたいにぞくぞくと焦燥感まであります。

 

やはりこの道を恐いです。先程まで通ってきた道とは、すれ違う人達の風貌が違うのです。腕の刺青が目立つ人やピアスを付けた強面の男の人など、あまり関わりたくないと思う外見の人と何度もすれ違うのです。

 

そして更に、気付くと私の背後からひそひそと話し声が聞こえる事に気付きました。いつから付いてきたのかわかりませんが、何人かの足音が段々と近付いてきています。私は更に恐くなって、足も早めますが、その足音も段々と早くなってきて近付いてくるのです。

 

私は徐々に迫り来る闇の影に、心臓の鼓動を荒らして恐怖しました。恐怖から目を背けようとして、振り向き背後を確認する事さえできません。

 

私は走って逃れたかったのですが、走る選択をする事ができません。今はじりじりと距離を詰められているだけですが、走り始めるときっと背後に迫る影も本気になって追ってくると思うのです。

 

しかし、その事に私は更に恐怖し、焦燥感がぴりぴりと自分を駆り立てていました。迫る影に恐れ戦き、堪らず走り出してしまいそうです。そして遂に話し声は私の真後ろまで迫ってきました。そこまで来ると私は堪えられなくなり、遂に走って逃げ始めました。しかし、やはり背後の人も「逃げたぞ! 追え!」という声と共に追い掛けてきます。

 

私は必死に逃げましたが、慣れない人間の足で追手を撒く事ができず、後から肩を掴まれてしまいました。そこから力任せに体を抱かれ、追手に捕まってしまいます。


「止めてください! 手を離してください!」

「まぁまぁ」

 

追ってきた人はやはり男の人達でした。日に焼いて小麦色の肌をしていたり、髪を金髪にしていたり、所謂チンピラのような風貌をしている人が三人います。

 

私はその人達に強引に引っ張られ、更に人通りが少なく狭い場所に連れ込まれてしまいます。よく見るとそこはゴミ捨て場で、黒いビニール袋に包まれたゴミが積まれていました。そのゴミの上に私は転ばせられます。


「お前、可愛いなぁ。もっとよく見せろよ」

「服、脱いでみようか」

「いや! やめて!」

 

強引に次々と脱がされていく私の服。妖術を使えばこの危機を打開できるかもしれません。しかし猫又の存在を知られる訳にはいきません。それ以前に、そろそろ私の妖力も限界が近付いてきていますし、人間化が解けてしまう時間なのです。

 

何より、顔も名前も知らない人に肌を見られるという事が我慢なりません。あまつさえこのまま襲われてしまうなんて……。

嫌だ……こんな事、絶対に嫌です……誰か、誰か助けてください!


「おい君達、やめなよ。嫌がっているじゃないか」

 

私の心の中で助けを求めた時、そんな声が聞こえました。涙が滲んでいる目で三人の男の人達の背後を見てみると、そこにはなんと、森田さんが立っています。

 

どうしてここにいるのでしょうか。どうしてこの裏道を通っていたのでしょうか。私は疑問に思いましたが、パニックに陥っている私の頭では答えを見つけられませんでした。

 

しかし、理由はどうであれ私は助けが来た事を嬉しく感じました。このままでは私はこの男の人達に襲われていましたし、人間化が解けてしまって猫又の責任を取らざる得ない事になっていました。ですから、私は目に涙を浮かべて森田さんが助けに来た事を喜んでいました。


「あぁっ?! なんだよてめぇ、邪魔すんな!」

「だから、その子が嫌がってるじゃないか……! 大体、そんなことして心は痛まないのか?!」

「なんだと、てめぇ……!」

 

三人の男の人達は、私から離れて森田さんに歩いて行きます。服を乱され、はだけてしまった私は小さく縮こまって肌を隠しますが、森田さんが心配でジッと見ていました。私は助かりましたが、今度は森田さんが危険です。

 

男の人達はじりじりと森田さんに歩いていくと、いきなり拳を振り上げました。私は森田さんが殴られると思いましたが、森田さんはそれを避けて抜け、更にもう二人も強行突破して私の隣まで走ってきました。ですが、抜ける時に目をつぶっていましたし、運良く拳を避けて抜けてきた様子です。


「ぬ、抜けれた……! 行くよ、君!」

「くそ……逃がすかよ!」

 

森田さんに手を引っ張られ、私達は夜の道を走り出しましたぬいぐるみの袋を持ち、私が連れ込まれた道を出て、ホテル街を走って行きました。もちろん三人の男の人逹も着いてきていて、何かを叫びながら追ってきます。

 

走って逃げ出せたまではよかったのですが、私達はまた段々と三人に距離を詰められていました。積まれているゴミや物を倒したりして、どうにか三人から逃れようとしますが、叫び声はどんどん迫ってきます。


「ま、まずいな、このままじゃ捕まる……」

「すいません……私の足が遅い所為で……」

 

本来の猫の姿なら足に自信はありますが、やはりあまり人間に変化していかった私は早く走れません。足の遅い私と一緒に逃げている森田さんの足まで引っ張っていました。

 

私は懸命に走りながら、森田さんに申し訳がなくなって来ました。助けてもらい、さらに足を引っ張ってしまっている自分が情けなく思えてきました。何か私にできる事がないのかと考えます。

 

そして私は、今なら猫又と知られずに使う事ができる妖術がある事に気が付きました。変化し続けていて、妖力はもうほとんど残っていませんが、この妖術なら妖力の消費も抑えられます。

 

私は妖術を使うと決めて、ホテル街を抜けた道を走っていると、行く先にワンちゃんを散歩させている人を見掛けました。連れているワンちゃんは、ゴールデンレトリーバーの大型犬です。私はそのワンちゃんに妖力を使って、恐い人逹に追われていると説明し、引き付けて抑えてほしいとお願いしました。するとワンちゃんは快諾してくれて、飼い主さんを引っ張りながらも三人の前に立ちはだかり、ワンワンと勢いよく吠え出しました。牙を剥き出しにして、噛みつきそうな勢いです。

 

さすがに男の人逹は、そのワンちゃんを恐れて立ち止まりました。私達とどんどん離れていき、道の角を曲がると、見えなくなってしまいました。

 

そうして、見つからないと安心できる距離まで走ると、私達は膝を抑えて息を整えました。後を見ても三人の姿は影も見えませんし、どうやら無事に撒けたみたいです。


「なんだか知らないけど、あの犬には助けられたな……」

「そ、そうですね……あのワンちゃんのお陰ですね……」

 

私は息を整えながらあのワンちゃんと飼い主さんの安否を心配しましたが、あのワンちゃんなら大丈夫でしょう。体も大きかったですし、ワンちゃんが飼い主さんを守ってくれるでしょう。


「あと、私が助かったのは、森田さんのお蔭ですね……でも、どうしてあの道を通っていたんですか? 私と逆方向に歩いて行きましたよね?」

「いや僕はあの道に入った君を心配して付いてきただけだよ。あの道は危ないと噂になっていたからね」

 

私はそれを聞いて、だから私が襲われている事に気が付いたのかと、納得しました。しかし、心配して私に付いてきてくれるなんて……やっぱり森田さんは優しい人なのですね。

 

そう思った瞬間、私は視界が揺らぎ、足元が少しふらつきました。貧血を起こしてしまった時と同じような症状です。しかしこれはきっと貧血ではないでしょう。妖力を使い過ぎてしまったようで、人間化の限界がきてしまったようなのです。

 

私は慌てました。私の正体がバレてしまわない内に早く退散しなければいけません。しかし、もっと森田さんとお話したかったのに!


「あ……あぁっ! 忘れてました! 私、急ぎの用があったんでした! す、すいません……私はこれで!」

「えっ? あ、ちょっと……!」

 

私は名残惜しいですが、一目散にその場を去り、再び走り出しました。

 

森田さんに礼儀知らずな人だと思われてしまうかもしれないですが、とにかく今は人目の付かない場所に行かないといけません。朝に公衆トイレで人間化したように、早く一番近くの公園に行きましょう。

 

そうして私は森田さんと離れていき、妖力の限界で倒れそうになりながら、公園に走っていきました。森田さんへの申し訳なさに悄然としながら、慌ただしく駆けていきました。



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 あの髪の白い綺麗な女の子が走り去った後、僕はどうしてあの子が慌てて帰ってしまったのか、考えながら家に帰っていた。あの子は忘れていた用事があると言っていたけど、本当にそうなのだろうか。本当は男に襲われそうになって、男が恐くなってしまって逃げてしまったのではないだろうかと心配する。

 

しかし心配しても仕方がないのであまり考えない事にした。またいつかあの娘に会えた時、ゆっくりこの話ができたらいいなと記憶の隅に追いやる。

 

家に帰って玄関を閉めると、沈黙と空虚に満ちた世界が広がっていた。電気を付けてみても、暗闇がどこかに残っている静寂の部屋。本当なら父さんと母さんがリビングのソファに座っていて、今日の学校はどうだったと、話し掛けてくれるはずだっただろう。

 

しかし、そこで僕は気付いた。やはり今の自分は何に対しても消極的になっていると。両親が居た時も同じ状況はあったというのに、この暗いリビングにさえ、自分は悲観的に捉えてしまっていると。

 

続けて僕は、先程の髪の白い子と話した時の事を考える。笑顔を上手く作れていたのか、悲しみを周りに振りまいていなかったか、と。

 

しかし僕はすぐにできていなかったと思い当たる。僕は初めて会ったあの娘にさえ、悲しみを振りまいていたのだ。愚かな事をしていたと猛省しながらリビングのソファに腰掛けると、僕はふと窓の外に何かが置いてある事に気付いた。あれは、猫のぬいぐるみ……?

 

窓を開けてそれを手に取ってみると、やはりそれは白い猫の、可愛らしいぬいぐるみだった。だが、どうしてぬいぐるみが置いてあるか、検討も付かない。

 

庭をぐるりと見回すと、僕は、今朝にあの猫にあげたミルクを見付けた。飲まれていないのか、ミルクはほとんど減っていない。

 

僕は、どうしてぬいぐるみが置いてあったのか、何度も考えてみたが、答えが出る事はなかった。このぬいぐるみが誰のものなのかさえもわからない。気がつけば、あの白猫が僕に贈ってくれたものではないかと考え始めていた。

 

しかしそんな訳がない。ぬいぐるみの形は新品みたいに綺麗で、どこかで拾ってきたものではない。店から持ってきたとは考えがたいし、あの白猫が持ってきたとは到底考えられないだろう。

 

それでも、僕は何故だか喜んでいた。理屈では違うとわかっているのだが、あの白猫が僕に贈ってくれたもののような気がして、僕の心の中の悲しみが少しだけ晴れていくような気がしたのだ。明ける事のなかった夜に、水平線から顔を出した太陽が光をもたらすように、一時的とはいえ晴れやかな気分になれたのだ。

 

僕はこのぬいぐるみをもらう事にした。持ち主を探して返す事とか、警察に届ける事とか考えたのだけど、なんとなくその必要はない気がしたのだ。

 

だから、僕は家のテレビの横に飾り、いつでも見られて元気をくれるような場所に置いた。そして、心の中で白猫に感謝して、僕は一日を終えた。




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