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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は観光客である
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想太朗くん




「あれ、まさかと思ったけどやっぱりミオさんだ」

「そ、想太朗さん?」


私は酷く狼狽しました。

まさに猫の子も居ないような場所を選んだと言うのに、どうして寄りにもよって想太朗さんと出会ってしまうのか、皆目見当が付きません。


確かに私は想太朗さんが今日どこに行くかなんて聞いていなかったので、出会さない算段は上手く立てられませんでした。


かと言って、このような偶然があるのでしょうか。

地元の人さえも来ないというのに、どうして想太朗さんがその場所に来たのでしょうか。


ちらと想太朗さんが持っているケージの中を見ると、今朝私が作って置いてきた、身代わりの猫が慌てた様子でこちらを見ています。


完璧です。

今の私の気持ちを完璧に表現できています。


身代わりとして完璧に機能しているのです。


「ど、どうしてここに?」


動揺を隠せずに上擦った声で言いました。


「旅行で来てたんだよ」


確かにそれは答えになっていますが、私の質問が悪かった所為か、求めた答えとは違いました。


「ミオさんも旅行で来てたの?」

「そ、そうなんですが……この場所は観光客どころか地元の人さえも来ない場所なんですよ。それなのにどうしてここに?」


この質問で求めた答えがわかるはずです。

依然私は慌てていますが、じっと想太朗さんの答えを待ちます。


しかし彼は、冷静に凛とした笑顔を浮かべながら、何かを考えていました。

私を焦らすように、すぐには答えてくれないのです。


「そうだなあ」


そう言うと、想太朗さんはようやく話し始めました。


「確かにこの場所はほとんど人が来ない場所だよね。でもそこが良かったんだ。僕は一人でのんびりできる場所に行きたかったんだよ」


そう言われて、私はこの旅行の目的を思い出して納得しました。


今、想太朗さんには気になっている人がいて、その人の事が本当に好きなのかを悩んでいます。

想太朗さんは答えを出す事に必死で、その悩みの為に旅行する事を決めたのです。


ですから、このような誰もいない浜辺に来る事は納得できます。

俄には信じがたいですが、もしかしたら本当に偶然の事だったのかもしれません。


そして、私は想太朗さんが一人でのんびりと過ごしたいと思っている事を考えます。

私は気を効かせてここを去るべきなのかもしれません。


「なるほど……それなら私は遠慮した方がいいですね」

「いや、一人で居たいって言ったけど、ミオさんが居たなら話は別だ。君に会えて良かったよ」


想太朗さんがそう言ってくれたので、私は嬉しくて笑いながら「そうですか」と答えました。


「それなら少し話でもしましょうか」

「そうだね。それにしてもミオさん……」


想太朗さんは目線を私から反らします。


「水着、似合ってるね」

「えっ?」


私は意識していませんでしたが、今ようやく自分が水着の姿である事に気が付きました。


途端、私は想太朗さんにこの姿を見られている事を恥じました。

顔がとても熱くて、照っている事が自分でもわかります。


そして、私は妙に自分の今の姿が気になってきました。


白色のビキニと、腰にパレオを巻いていますが、変なところはありませんよね?

透けていたりなんかいませんよね?


「あっ、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。ちゃんと綺麗だから」


挙動不審な私の様子に察したのか、想太朗さんは動揺しながら言いました。


「そ、そうですか……良かったです」



お礼を言いましたが、私は少々気まずくなってしまいました。

想太朗さんも動揺しているのか、雰囲気が固くなって沈黙が広がります。


私はなんとか話題を作らなければと思って考えていましたが、その沈黙を破ったのが想太朗さんでした。


「そういえば、遊園地に言った時に、僕の猫を撫でてほしいって言ったよね」

「そうでしたね」


当時は私が、猫の姿である私に触れられる術を知りませんでした。

遊園地の観覧車でこの話をして、返答に困ってしまった事が、今ではもう懐かしくて仕方ありません。


あのデートから随分と沢山の事があったように思えるのです。


だから私は、感慨深くケージに向かってしゃがみ、中にいる偽物の私に向かって話し掛けました。


「こんにちは。元気ですか?」


偽物の私は不安そうな表情をしています。

こちらの様子を窺うように、弱々しく見詰めてきました。


やはり自分に似ている所為か、とても親近感が湧きます。

自分の偽物に親近感を持つなんて、珍妙な話ですが。


「元気そうじゃなさそうですね。昨日はちゃんと寝ましたか?」


あまり眠れなかった自分を皮肉して、自嘲するように言うと、想太朗さんが噴き出して笑いました。


「ど、どうしたんですか?」


動揺しながら尋ねます。


「猫に対しても敬語なんだなと思って」


想太朗さんが笑いを堪えて言うので、私は恥ずかしくて照れてしまいました。

確かに私は今までずっと敬語を使ってきましたが、改めて指摘されて笑われると恥ずかしいです。


「でも、ちょっと残念だなあ。ミオさんが敬語を使わないところを見てみたかったから」

「そ、そんなところを見ても何の得にもなりませんよ」

「僕にとっては得にはなるのさ」

「もう、想太朗さんったら変な人」


私には想太朗さんの考えている事がわかりませんでした。

私が敬語を使う事を止める事にどんな意味があるのでしょうか。


それだけでもわからなかったのに、想太朗さんは更にわからない事を言い始めました。


「だからミオさん、お願いがある」

「何ですか?」

「試しに、僕に敬語を使わないで話をしてくれないか」


私は想太朗さんが冗談か何かを言っているのかと思いました。

私には想太朗さんがそのような事をお願いする理由が全く理解できなかったのです。


しかし想太朗さんは本気であり、冗談を言うような表情ではなく、真剣な表情を浮かべていたのです。


「ど、どうして何ですか?」

「1つは単純で、ただ気になるからなんだけど、二つ目は単純じゃない」


想太朗さんはそう前置きます。


「僕はね、ミオさん。敬語は人を敬う為の言葉だけど、同時に相手と距離を置く為の言葉だと思うんだ」

「確かに……言われてみるとそう思いますね」

「だから僕は君との若干の距離を感じるんだ。君と仲良くしたいと思っているのに、君から距離を置かれているような気がして、友達としても心を開く事ができないんだよ」


ガーン、と頭の中で鳴り響くほどに、私は衝撃を受けました。


意外にも深い、敬語の本当の意味に驚き、知らず知らずの内に想太朗さんを傷付けていた事に驚き慌てたのです。

想太朗さんが顔を隠し、涙を拭うように目元を擦る様子に、更に慌ててしまったのです。


だから私は、想太朗さんの頼み事の真意を理解し、受け入れて敬語を使わないで話をしようと思いました。


「想太朗さん……よ、よくわかったよ……」


私がそう言った途端、想太朗さんがばっと顔を上げました。


「これから想太朗さんだけに、こうやって話すね……だから、ごめんね……」


慣れない口調に四苦八苦しながら言う私を、想太朗さんはまじまじと見詰めています。


その所為か、口調の所為か、私は恥ずかしくて俯いてしまいました。


「いや、いいんだ。気にする事ないよ。それより、君がこうして話してくれてちょっと嬉しいかな……」

「どうして?」

「……ひ、秘密だ」


想太朗さんは顔を背けて教えてくれませんでした。

とても気になりますが、秘密とまで言われてしまったら、追求し難いです。


「呼び方も変えた方がいい?」

「お、お好きに……」

「じゃあ、想太朗くんって呼ぶね」


想太朗くんがぴくりと動いて動揺した気がしましたが、やはり顔を背けているので表情が見えません。


しかしそのような反応をされると、私は彼の表情が気になって仕方がなくなってきます。

秘密と言われても、今の話し方を嫌がられていたらと思ってしまい、不安に思ってしまうのです。


だから私は居た堪れなくなってしまい、背けている想太朗くんの表情を覗いてみました。


「うわっ!」

「想太朗くん、どうしたの?」

「み、見ないでくれ!」


想太朗くんにしては珍しく慌てていて、そのまま背を向けて表情を隠してしまいます。


しかし、覗き込んで一瞬見えた表情は、とても赤く照っていました。

何故だか想太朗くんは紅潮するほど恥ずかしがっているのです。


「も、もしかして嫌だったの? 嫌だったんですか?」


敬語に言い換えながら私が言うと、想太朗さんはまた慌てながら教えてくれました。


「嫌じゃない。ミオさんが可愛くて照れているだけだ」


本当に想太朗さんしては珍しいですが、そう話す声が上擦っていて、私でも彼が動揺している事がはっきりとわかる様子でした。


そんなに動揺されながら言われてしまうと、先程のように敬語を使わず話をせざるを得ないです。


「そ、そうなんだ……それは嬉しいかな」

「うん……だからこれからも頼む」

「わかったよ。これからもよろしくね」


紅潮した顔を互いに向けて、私達はそう言いながら礼をしました。


細かい事だけで大きな事は変わっていませんが、私達は新しい関係を持つ事ができたのかもしれません。


それが果たして本当に良かった事なのか。

当時の私は会話に夢中で、それを考える事どころか気付く事すらできなかったのです。




せっかくハワイに来たのだから、ミオを海で泳がせたいと考えて、この海でのシーンを考えました。

そして、敬語を使わないミオを書いてみたいと考えて、この会話のシーンを書きました。


という訳で、今回は欲望のままに書いた小説です。

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