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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は観光客である
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恋とは



「それなら、誰にも嫉妬せずにローラさんを想っていられるのかを聞かせて下さい」


ジャスティンさんはできる限りの頼みを聞くと言ってくれたので、私はワンピースの端を絞りながら言いました。


しかしジャスティンさんは疑問に思った事があるようです。


「それは構わないのだが、何故美尾はそんな事を頼むのだ?」


この質問は、きっと尋ねられると予想していました。

だから、羞恥心はあるものの、話す覚悟は決めてきています。


「私もジャスティンさんと同じだからです。私も想太朗さんという人が好きなのです」


堂々と言うと、ジャスティンさんは感心したようで、少しだけ彼の表情が変わりました。

「ほう」という言葉と共に話を続けます。


「それで美尾は、同じ立場にある俺と話をしたいと思った訳か」

「そうです。具体的には、妬みも怒りもなく、純粋に相手の事を想う方法を聞きたかったのです」


私の話を聞くジャスティンさんの表情は、意外なほど真剣でした。

いつものおちゃらけた表情とは全く別で、瞳は奥深く、口元は頑なです。


私はジャスティンさんがこれほど真剣ならば、期待通りの話を聞けるかもしれないと思いました。

長く求めていた答えにようやく辿り着こうとしているのです。


しかし、ジャスティンさんが出した答えは、私を深淵に落とすような予想外の答えでした。


「美尾……残念だが、そんな方法などないのだよ」

「えっ……」

「恋は幸福に満ちていて、甘く温かいものだが、同時にとても残酷で非情なものなんだよ。だからそんな都合の良い方法はない」


ジャスティンさんは落ち着いて冷静に話していましたが、声は今までのどの時よりも低く、残酷に聞こえるものでした。


私は彼が言う事を認めたくありませんでしたが、心のどこかで納得していました。

認めようとしないだけで、実は私もその事実に気付いていたのかもしれません。


「そんな……でもジャスティンさんはローラさんの側で眺めているだけでいいと言っていたじゃないですか……」

「それはしばらくの話だ……いや、俺が強がっていただけだったのかもしれないな、すまない……」


謝られて、急に弱さを見せられて、私は驚くと共に慌てました。


認めようとせずにずっと避けてきた答えを、ジャスティンさんに悟られそうになっている状況は、焦燥感を煽るには充分でした。


私はまだ事実を受け入れられませんでしたが、その焦燥感を拭おうと、助けを求めるようにジャスティンさんに問います。


「それなら、一体私はどうすればいいのですか……?」


ジャスティンさんは間を取って考えた後、答えます。


「別れるしかない。二度と会わないように土地を離れて、時間と一緒に想いを忘れていくのだ」


まるで絶望の淵に落とされるようでした。

言葉では表せ切れない感情が心を埋め尽くし、手足が小刻みに震えました。


しかしそれは私だけではなく、ジャスティンさんも同じだったのでしょう。

今の私のように、この事を認めるまでに沢山の苦痛があったのでしょう。


「俺も自分の意志が決まったら、この場所離れて、元居たイルカの群れに帰るつもりだったんだ。それで今回、美尾のような者が現れて都合がいい。この機会にここを離れる事にするよ」

「ジャスティンさん……」


私は気が付くと、涙を流していました。

ジャスティンさんの意志に感動したからか、悲しい事実を受け入れられなかったからか、ぽろぽろと涙が溢れてきます。


「俺は今日離れると決めたが、美尾は自分で決めるんだ。こればかりは、強制できない事だと思うからな。だが、推奨はしよう。さらに辛い悲劇が美尾に起こらないように、願っているよ」


その言葉は、正しい道に導いてくれて、かつ、優しく背中を押してくれる素晴らしいものでした。

そんな言葉を、ジャスティンさんは自分も辛いはずなのに、優しく言ってくれたのです。


私はジャスティンさんを見習わなくてはいけないと思いました。

そして強くならなければいけないと思いました。


そうして私は、ジャスティンさんのように、少しでも前を向いて歩く事に決めたのです。



----------------------------------------------------------



一人で静かに考え事をするには、海が一番適していました。


定期的なリズムで押し寄せ、安らぎの音を奏でる波。

太陽が反射してきらきらと輝く海面。

火照った体を冷ましてくれる、塩辛い海水。


それらを求めて、私は水着に着替えて海に浮かんでいました。

泳ぐ訳でもなく、遊ぶ訳でもなく、ただその身を海に任せ、空を見上げながらぷかぷかと波に揺られているだけです。


たったそれだけの事ですが、海は私の心を包み、癒してくれました。

まるで、痛む傷に優しく薬を塗ってもらうようです。


それでもやはり、想太朗さんへの想いが叶わない悲しみは、長い年月が経たないと消えそうにありませんでした。


だとしたら、私は一体どうするべきなのか。

それはジャスティンさんに選択肢を与えられていました。


想太朗さんと一緒に暮らして、嫉妬などの色々な辛い想いをして生きていくか。

想太朗さんと離れて、辛い想いをしながら生きていくのか。

その二択です。


どちらを選んでも自分が辛いのですが、この二択しか私の目の前にはないのです。

ジャスティンさんもこの二択から選び、ローラさんから離れて生きると決めたのです。


ですが、本当に選択肢はこの二択しかないのでしょうか。

私達は物事を後ろ向きにしか考えていませんでしたが、前向きに考えると、別の選択肢も残されているのではないでしょうか。


他に選択肢がなくても、辛さを少しでも和らげる事ぐらい残されているはずだと思い、この海に揺られながら考えていました。


できればジャスティンさんがあの船着き場から居なくなってしまう前までに思い付きたいです。


ジャスティンさんは今日の夜にローラさんと別れると言っていました。

それまでにその方法を考えて、ジャスティンさんを少しでも楽にしてあげたいのです。


しかし、そんな都合のいい方法をすぐに見付けられるはずはありませんでした。

試行錯誤してみますが、一向に思い付く事はありません。


海に浮かぶ事も疲れてしまい、私は浜辺に戻る事にしました。

鬱屈した気持ちで重い足を抱えながら歩いていると、向こうの方からこちらに歩いてくる人影が見えました。


しかし私はあまり人が訪れない場所を選んで、この海に来ていました。

他人さえも会う事は、きっとないと思って、海に浮かんでいたのですが、どうしてこの場所に人がいるのでしょう。


私は疑問に思いましたが、それでもその人影と面識を持たなければ問題ないと思い、あまり気にしないでおこうと思いました。


しかし、その人影は私がよく知る人物でした。

忘れるはずもなく、私が想いを寄せている人物の、森田想太朗さんだったのです。



想太朗って、もしかしたらかなりすごい人かもしれないですね。

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