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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は観光客である
21/63

妖術、そして旅行

この話は前半で妖術パート、後半で旅行パートとなっております。

いい具合に一対一の割合のボリュームで、しかも猫らしいシーンと猫又らしいシーンが相反しているので、前半後半で切って二話にしたかったのです。

量が少なくなってしまうので諦めましたが。


それにしても僕はどうしても話を明るい方向に持っていきたいようです。

美尾の悲しみを裏に描きながら話を進めていかないといけないのですが、どうしても笑ったり、話が盛り上がったりしてやんややんやしてしまうのです。

そんな事もありながら、なんとか悲しみを交えながら話を書き上げています。

本当にありがとうございました(何が


小向さん宅の地下に下りる為の階段……普段は妖術を使ってその存在を隠している階段を私は下りていました。


ハゲたおじさんの姿から、髪がふさふさで"イケメン"に姿を変えた小向さんも一緒です。


階段は長くて急で、初めて使った時は恐いと思った階段なのですが、もう何度か行き来して慣れていました。

それは自分の妖術が上達してきた事を示していました。


まだまだ未熟ですが、妖力を使ってできる事が少しは増えてきたと自分でも感じます。

それでも最近は休みがちでしたから、今日こそは妖術を練習しなければ。


「そう言えば、美尾さんは今度ハワイに旅行するらしいね」


先頭を行く小向さんが言いました。


「はい。想太朗さんがハワイに行くので、私も付いていくのです」

「へぇ、飼い猫の特権だねぇ。楽しんでくるといいよ」

「……そうしようと思います」


私は目を伏せてそう答えました。

果たして心から楽しめるのかと考えていましたが、悲しみを隠す為にはそう答えるしかありませんでした。


「旅行に行くなら、旅行で役立つ妖術を教えようかな」


階段を下り終えて地下に着くなり、小向さんは言いました。


「どんな妖術ですか?」

「名付けて身代りの術、ってところかな。ものを使う妖術なんだけど、例えばここにグラスがあるとすれば……」


小向さんはポケットから透明なグラスを取り出しました。

ポケットは少しも膨らんでいなかったというのに、そのポケットからグラスを取り出したというだけで不思議です。


そしてそのグラスを小向さんが右手で持ち、もう一方の手でグラスをかざすと……なんとグラスは真っ黒な猫へと姿が変わりました。


手でかざされて、見えなくなった一瞬で変身してしまったのです。


「ええっ、どうやったんですか?!」


私は小向さんに、先程までグラスだった猫を抱えさせてもらいました。


私は少なくとも、猫が置物か何かだろうと思ったのですが、本物のです……。

猫は目を瞑りますし、頭を撫でると心地よさそうに目を細めます。


黒い毛も青色の瞳もリアルですし、猫は本物だったのです。


あっ……でも胸に手を当ててみると、心臓の鼓動を感じません。

体温も感じませんし、本当に生きている訳ではないようです。


「小向さん、この猫は……?」

「まぁ、グラスを妖力で限界まで猫に似せただけだからね、生き物じゃないよ」


その言葉を聞いて私は安堵しました。


この猫が生きていたら、無機物に命を与えて生き物を生み出している事になります。

そんな奇跡的な事を妖術でできてしまったら、本当に驚くべき事です。


しかし、それでもこの妖術は凄いです。

毛の手触りも仕草も本物の猫のようです。


「この妖術は、例えば君が一人で行動したい時に応用できる。自分の姿を妖術で作って飼い主に連れさせていれば、自分は一人で行動できるだろう?」


なるほど……と思いましたけど、それって想太朗さんを騙しているじゃないですか。

一人で行動したい訳でもありませんし、今度の旅行で使う機会はなさそうです。


しかし他の機会で役立つかもしれないので、勉強する事にしました。


「じゃあ今日はこの妖術を練習しようか。今日中に習得できなくてもいいから頑張ってみよう」

「わかりました」


小向さんに指導してもらって、私は身代りの術を練習し始めました。

少し難しいですが、旅行までに習得する事をノルマにしましょう。

旅行中に使う機会はないと思いますが、区切りよく妖術を習得していきたいのです。


しかしこの後、私が身代りの術に悪戦苦闘した事は言わずもがな。

失敗を何度も繰り返してしまうのでした。






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ハワイ旅行までの月日は、私の中では長く感ぜられました。

月見里神社で働く事だけであり、普段と変わらない日常を送っていたのですが、やはり自らの心が悲しんでいる所為で長く感じたのです。


別段ハワイ旅行を楽しみに待っている訳でもありませんでした。


旅行と言えば、楽しんだり心を癒す為に遠出するものであり、旅行までの時間はわくわくと心が踊ってしまう事が普通なのだと思います。


しかし私はそうではありませんでした。

私にとって今、ハワイ旅行はただの予定の一つにしか過ぎなかったのです。


心にあった事と言えば、巫女の仕事をしている時に、美鈴さんと坂井さんに心を悟られないように気を付ける事だけでした。


そしてその心と言うのは、やはり想太朗さんの事で悲しんでいる事です。


時間を経て辛さは軽くなったのですが、未だ心は想太朗さんへの想いが叶わない事を悲しんでいるのです。


その心を隠しながら私は旅行までの月日を過ごし、一人悲しみに堪えていたのでした。



そして遂にハワイ旅行に出発する日がやってきました。

想太朗さんは前日までに一週間の荷物をキャリーバックにまとめ、準備を終えています。


「狭いだろうけど、美尾はこのケージに入っててね。おそらく向こうに着くまでは出られないだろうけど、できる限り出してあげるから」


私はプラスチック製のケージに入ります。

確かに少し窮屈ですが、構いません。


「じゃあ出発するよ」


想太朗さんは荷物と私が入っているケージを持ち、家を出ました。玄関を閉めて鍵を締めます。


想太朗さんは家の前に呼んでいたタクシーのトランクに荷物を積めます。

その間、ケージは座席に置かれていたので、私はそこから家を眺めていました。


なんとなくですが、私はこの旅行が長くなるような気がしていました。

妙にこの家が名残惜しく、この家を離れがたいのです。


ですから旅行中にこの家が恋しくならないように、目に焼き付けておこうと思ったのです。


想太朗さんが荷物をトランクに積め終えて座席に乗ると、タクシーはすぐに出発しました。


移動中、私のケージは想太朗さんの膝に乗せられていたので、私は彼の表情を見ていました。


しかし何故でしょう。

その間、想太朗さんはあまり浮かない表情のままずっと惚けていました。

私がずっと見つめていると言うのに、それに気付かず、考え事をしていたのです。


タクシーが目的地に着いて空港に下りると、私のケージは空港の職員に預けられました。

飛行機にある、荷物とは別の貨物室に載せられると、そこには沢山の動物達のケージが集まっていました。


ケージの中まではよく見えませんが、鳴き声から考えて、犬と猫が居るようです。


それにしても、このケージで長い時間を過ごすには、少し我慢が要りますね。

ハワイまでの飛行時間は7時間。その時間をこのケージで過ごさなければいけないのです。


しかし予想していたよりも居心地は悪くありませんでした。

貨物室には空調もよく効いていたので、のんびりと過ごす事ができそうです。


そういえば、想太朗さんのお母さんの記憶に干渉して、飛行機に乗る夢を見た事がありましたね。


夢ではなく、今回は初めて飛行機に乗る事を経験するのですが、私は心が弾まず、あまり関心を持つ事はありませんでした。


やはり心に悲しみを孕んでいるからでしょうか。

悲しみを忘れてくれる事が起きないと、私の心は弾まなくなってしまったようです。

何もかも、"つまらない"と思ってしまうのです。


関心がなかった私は、飛行の間、眠って過ごす事にしました。

体を丸めて、眠る体勢に入ります。


眠りに入る間、私の心にあった事は、タクシーでの想太朗さんの表情でした。

あの何かに惚けていた表情が気になっていたのです。


もしかしたら想太朗さんは、私がこの前に見た、想太朗さんの隣を歩いていた女の人の事を考えていたのかもしれません。

あの女の人が愛しくて、彼女を思い出して惚けていたのかもしれません。


そう自分の中で考えていたのですが、結局自分の中でも答えが出る前に眠りに付いてしまいました。

その後、私は飛行機が離陸しても覚める事なく眠り続け、ハワイに到着するまでずっと眠っていました。


想太朗さんの夢を見ながら眠っていました。


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