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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は観光客である
20/63

もしかして慰安旅行

今回から一話のボリュームを減らして投稿しようと思います。

読む方も書く方も、もう少し短くまとめた方が上手くいくのではと思ったのです。

読みやすいし、編集しやすいし。


そして今回は全体的に言うと、少し明るく、前向きなストーリーにしました。

でもどこか悲しんでいる雰囲気も持たせて書いています。


「美尾。ほら朝ごはんだぞ」


朝起きて、部屋からリビングに下りると、想太朗さんは私に皿を差し出してくれました。

皿には湯気が立ち上る温かいキャットフードが乗っています。


しかし正直に言うと私は食欲がありませんでした。

ご飯に文句がある訳ではなく、お腹も空いているはずなのに、食べようという気分にはならないのです。


それでも私は想太朗さんに心配掛けまいと思って、無理してキャットフードを食べ始めました。


おいしいです。

キャットフードは薄味ですが猫の舌には向いています。


しかしやはり今の私は食べ物を受け付けようとはしませんでした。

なかなか喉を通らず、意識してごくりと飲み込まなければ食べる事ができません。


その様子は想太朗さんから見られれば、不審がられるものでした。

幸い、想太朗さんはソファに座って何かを読み始めたので様子を見られる事はありませんでしたが、ご飯を残したら気付かれると思います。


だから私は急いでご飯を胃に押し込みました。

喉は相変わらず通りませんが、吐いてしまいそうになるよりマシです。


「美尾、これ見てくれないか?」


想太朗さんがそう話しかけてきたのは、何とか私がご飯を食べ終えた後でした。

想太朗さんは私を抱えてソファに座り直し、机の上にパンフレットを見せます。


それは昨日、私が想太朗さんの部屋の机で見付けた、ハワイ旅行のパンフレットでした。


「今度この場所に行こうと思うんだ。心配しなくてもいい。美尾も一緒に連れていくつもりだよ。海もあるけど、泳がない予定だから」


ハワイに行くのにどうして泳がないんでしょうかと疑問に思いましたが、猫の私は尋ねられません。

海では海水浴以外にも楽しむ方法はありますし、平和が好きな想太朗さんの事ですから、のんびりと過ごしたいのでしょう。


どうして旅行に行こうと思ったのかという切っ掛けも気になりましたが、今はまだわかりませんでした。


「おっと、もうこんな時間だ。じゃあ美尾、大学に行ってくるよ」


私を膝から下ろし、玄関に向かう想太朗さん。

私は普段通り、玄関まで想太朗さんに付いていきます。


「行ってくるよ、美尾」


笑って手を振りながら出ていく想太朗さん。

私は玄関の扉が閉まるまで彼を見送りました。


リゾートですか……。


これから私がどうすると決めるのは、その場所で改めてゆっくり決めようかなと思います。

冷静になって考えるには良い場所だと思いますから。


さて、今日も月見里神社に助勤しに行きましょう。

今日は昨日と比べて気持ちが楽です。


まだ想太朗さんの事を想うと胸は痛みますが、美鈴さんと坂井さんに迷惑を掛ける訳にはいきません。

旅行に行く予定もありますし、神社に働きに行きましょう。


私はキッチンの小窓から庭に出て、家を出掛けました。

いつもの通り公園の公衆トイレで姿を変え、月見里神社の更衣室に行くと、美鈴さんと坂井さんの二人が居ました。


二人は私の顔を見て、不安を混じえた笑顔で話しかけてきました。


「美尾、調子はどうだ?」

「随分楽になりました。昨日は迷惑を掛けてごめんなさい」



笑顔を浮かべて謝ると、二人は安心したのか、少し表情が明るくなった気がしました。


「そうか、それは良かった」

「また気分が悪くなったら遠慮なく言ってね」

「はい、有り難うございます」


私は気遣ってくれる二人に感謝しました。

良い知人を持ったと思うと同時に、この二人に迷惑を掛けてしまった事が罪深く思えました。


大切に思える二人だからこそそう感じるのです。


「それで今度の話ですが……」


伝えにくい事ですが、私は言葉を詰まらせながら切り出しました。


「今度、ハワイに旅行に行く事になりました。その日だけ休みを取りたいのです」

「えっ?!」

「ハワイ?!」


「は、はい……ハワイです」


二人はいきなりの単語に驚いたまま黙っていました。

まさかこれほどまでに驚かれてしまうとは思わなかったので、私はなんと声を掛ければいいかわからなくなってしまいました。


そして三人に静かな時間が流れた後、坂井さんが心配そうに尋ねました。


「帰ってくるよね……?」

「か、帰ってきます……!_ちゃんと帰ってきますから……!」


どうやら二人は私が慰安旅行に行くと勘違いしていて、最悪の場合私が日本を離れてハワイに引っ越してしまうのではないかと思ったようです。


しかしこの旅行は慰安旅行ではなく(私の中では慰安する目的もありますが……)、想太朗さんに付いていく事だけで、特に目的はないのです。


「あ、あの二人も……この旅行は慰安旅行じゃありません。安心してください……」

「な、なんだ……慰安旅行じゃないのか……」

「慰安旅行……じゃないんだよね……?」


否定しているのに、坂井さんはまだ疑っているようです。

どうやら私が無理していると悟り切っているようです。


確かに私は無理している事は当たっていると思いますが。


「あ、安心してくださいよ坂井さん……慰安旅行でもなければ、ましてや引っ越しする事もありません……」

「そう……それならよかった」


表情が引き釣りながらも私は少し笑ってみせると、坂井さんは安心したようで胸を撫で下ろしました。


しかし坂井さんの鋭さは相変わらずです。

抜け目が全くない性格を持っています。


その性格から感じられる坂井さんの優しさに、私は頼りたくなってしまいますが、自分はそれを許しませんでした。

やはり人に迷惑を掛けたくないという気持ちが私の中にあるのです。


「それじゃあ、私は着替えてきますね」

「うん、お願いね……」


私は自分のロッカーを開けて、服を脱ぎ始めました。

下着姿になって、ロッカーから袴を取り出します。


ふと自分の顔が気になって、ロッカーの鏡を見てみると、やはり私の表情は暗い雰囲気を孕んでいました。


時間を取って、悲しみを紛らわしても、まだ完全には忘れる事ができないようです。


……想太朗さんと行く旅行は、一体どんなものになるのでしょうか。

答えは出ませんが、不安に思わずにはいられません。


この旅行で、想太朗さんへの想いを忘れ切れたらいいのに。


そう思いながら、私は巫女装束に着替えるのでした。



このストーリーを書いている時、何度か書き直す事がありました。

この回だけでハッピーエンドに持っていこうと書いてしまう事が多かったのです。

つまり、明るくさせすぎてしまう事が多かったんです。

まだ旅行にも行ってませんし、章の序盤ですからそれはちょっとまずいと思って、せっかく書いたストーリーを消して、悲しみを背景に秘めさせたストーリーに書き直していました。

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