巫女のお仕事
猫、それは癒しの象徴。 そんな考えを持ち、猫を飼っていないのに猫バカの人間が書く、猫がテーマとなっている作品です。 猫がテーマ……というよりも、妖怪である猫又がテーマと言った方が合っているかもしれませんが、とにかく説明すると、人語を解し、妖力を持ち、人間に変化したりする猫達の話です。 始めから読む→ http://ncode.syosetu.com/n5928bj/1/
※pixivにも同じ小説をうpしています。
今回の話はこの小説のファンタジー面が大きく表れている話だと思います。前回では猫としての日常を描いたもので、猫又の特徴がまだ多くは書かれたものではありませんでした。
でも今回から人間に変化したミオが話を展開させていきます。逆に猫らしさがなくなってしまうんじゃないかと心配するほどです(・∀・;)
やっぱり、一人前の猫又になるために妖力を高めた方が良いでしょうか。私は妖力どころか扱い方も下手なのかもしれませんし、このままでは普通の猫になってしまうかもしれません。
私はそう考えながら道を歩いていました。今度はちゃんと人間の姿に変化して、服も妖力で具現化し、耳も尻尾もない状態ですが、さっきの失敗で少し落ち込んでしまいました。服は忘れていただけですが、人間化は猫又の妖術で初歩ですし、最も簡単な妖術の一つでもあります。人間で言えば、子供の頃に親に見てもらいながら覚える、自転車に乗る事と同じような事なのです。
その人間化が完璧にできないなんて猫叉失格だなぁと私は落ち込み、とぼとぼ歩きながら神社という神社に向かいました。目的は、巫女さんのバイトのお仕事(本当は巫女さんの助勤の御奉仕というらしいです)をする為です。しかし、私が向かっている神社は少し珍しい神社で、猫又が住職をやっているという神社なのです。
実は猫又逹は、この神社の近くに多く住み着いていて、人間の姿に変化して働いている猫又もいるのです。理由は、この神社の住職が猫又で働きやすいから。それに、どうしてもお腹が空いて飢えてしまった時は、この神社に来れば食事ができて生き長らえる事ができるという理由があるのです。
この理由あって、私はこの月見里神社で働くする事に決め、鳥居を潜り、境内の玄関から住職の小向さんという者を訪ねました。
「はいはい、私が小向です。おっ、君は初めて見る顔だね。それとこの妖力は……猫又だね?」
まず初めに、綺麗にハゲて、少ししか頭髪が生えていない頭が目に入ってきました。丸い輪郭と丸い目も特徴的んなのですが、やはり一番の特徴はこのハゲている頭でしょう。その小向さんの問いに私は答えます。
「はい。お金が必要になり、巫女の助勤をする為に参りました」
「わかった。では、奥の部屋で着替えてください」
私は住職に案内されて部屋に向かいます。更衣室に入ると、そこで私は20歳くらいの気が強そうな女の人に会いました。髪は癖のない、さらさらしているショートカットで、Tシャツに半ズボンという、男の人が着るような服を着ているボーイッシュな女の人です。
「坂井さん、この子に着付けをお願い」
「わかった。じゃあ君、こっちに来て」
坂井さんと呼ばれた人の元に行くと、紅白の衣服を見せられました。白の小袖と赤の袴で、巫女装束という衣服です。
「この服を着てもらうから、まずは全部服を脱いで頂戴ね」
「はい。一人で着られるので向こうで着てもいいですか?」
「あらそうなの、それならわたしは無用ね。着たら教えて頂戴」
坂井さんは笑みを浮かべて襖を開け、更衣室から出て行きました。初めて会う人でしたが、優しそうな人だったのでよかったです。
「あっ! こら小向さん! また更衣室を覗いてたね!」
「わははは!」
どうやら小向さんが覗き見していたようで、何やら襖の向こうが騒がしいです。私は覗かれていた事に少しドキリと驚きましたけど、それにしても男の人って猫叉でも女の人の裸とかに興味あるのでしょうか。
人間味を持たせる為の演技でしょうか? いやそれ以前に、お坊さんって好色はいけないとか言う決まりがなかったでしょうか?
疑問に思いながら、私は妖力で具現化していた服を消し、渡された服を着始めます。
そういえば、さっきのお姉さん……妖力を感じないので、どうやら猫叉ではなく人間のようです。先程まで服を妖力で具現化していたので、着替える時は気をつけなければいけません。いきなり服が消えたり現れたりしたら、やはり驚かれると思いますから。
「あの、終わりました」
着替えが終わって坂井さんを探すと、彼女は畳の部屋で、事務仕事をしていました。坂井さんは私の巫女姿を見て、じっくりと凝視して、頷きながら言いました。
「……うん、思った通り似合うね。可愛い。それに君、やっぱり……」
「な、なんですか…?」
今度はじろじろと私の顔を見てくるので、私は慌てて引いてしまいます。いや、それよりも、もしかしたら坂井さんは私の正体を見破っているのかもしれません。そう思いましたが――。
「やっぱり女優の美生に似てる。ねっ? よく言われるでしょ?」
「……は、はい」
私がまさかと思っていた事とは別の事を考えていたようです。少し冷々しましたが、どうやら猫又か何かの妖怪だとは思っていないようです。
「そういえば君、名前は何て言うの?」
「な、名前ですか? えっと……」
訊かれて初めて私は名前を考えておく必要があったと気付きました。慌てて自分の名乗る名前を考えますが、なかなか良い名前が思い付きません。魚屋さんから呼ばれてる白猫ちゃんではおかしいですし。
「……ミオ、です。森田 ミオです」
「へぇ、美生と同じ名前なんだ! 偶然だね、サインもらっちゃおうかな」
「あ、あははは……」
咄嗟にそんな名前を名乗ってしまいました。ミオは女優から取った名前ですが、「森田」の姓は森田想太朗さんから取ったものです。しかし、咄嗟とはいえ、森田さんの姓を勝手に使ってしまった事に申し訳なくなってしまいます。私は心の中で森田さんに謝りました。
「ふむふむ。確かに一人で服を着られるみたいね。あとは……そうね、髪を揃えましょうか。ちょっとそこに座って」
「はい……」
少し罪を感じながら、私は坂井さんに背中を向けて机の前に座りました。坂井さんは私の髪をまとめ始めます。
「そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったわね。私は坂井 のり子。悩みや考え事があったら私のところへ来てね。私は悩みの相談も含めて、人と話すのが好きだから」
「はい、わかりました坂井さん」
坂井のり子さんですか……優しくて良いお姉さんです。坂井さんもこう言っていますし、悩みがあったらこの神社に来る事にしましょう。
「はい終わったよ。鏡を見てごらん」
「えっ……」
手渡された手鏡で自分の姿を見てみると、赤いリボンが髪をうなじの近くで結んでありました。それは私が見たこと事のない美生さんの姿で、美生さんの事が好きな私にとっては嬉しい姿でした。
「すごいです……女優の美生さんはどんな髪型でも綺麗なんですね……」
「何言ってんの。この姿は森田さん自身の姿じゃない」
「そ、そうですね。私、ですよね……」
妖力で美生さんに似せただけの姿なんて言えません。そのつもりはないのですが、坂井さんを騙しているようで、私の胸の中に沸々と罪悪感が広がります。
猫叉は幼い時に、一人の人間に変化できるように練習します。人が文字を覚えるように猫叉も慣れるまで変化の練習をするのですが、この段階ではどの人間にも変化できるようになった訳ではありません。一人の人間だけ変化するのに慣れ、あたかも人間化した時の自分の姿を設定するような練習なのです。
私はこの美生の姿を練習したのですが、それは私の本当の姿ではないと思っています。人が自分の容姿をもって生まれてくるのと違って、私達は容姿を好きに選択している。その違いが私の中で罪悪感を生むのです。
この罪悪を感じる事は少なくありませんでした。私はこの罪悪感が嫌で人間化を嫌い、妖術の練習も疎かにしていたのです。
しかし今は違いました。森田さんを元気付けようと、この罪悪感を背負って贈り物を買うお金を稼ぐと決めたのです。
私は坂井さんにお礼を言い、部屋を出て外に出ました。小向さんにまずは道路を綺麗にしてくれと言われたので、竹箒を持ってきて落ち葉を掃きます。落ち葉と言っても、今の季節は春なので、神社に落ちているのは桜の花びらでした。ちょうど桜の見頃で、桜の花が満開になっているのです。ですから、私はその桜に見惚れてしまわないように神社を掃除していました。真面目に働かなくては、きっとお給料をもらえませんから。
神社の掃除の他にも、巫女の御奉仕はあります。神社の売店に立って、お札やお守りを売る御奉仕です。
私は、この御奉仕はきっと目が回るくらいに大変なものなんだろうと思っていました。以前この神社に来て、木陰の芝の上から見た売店は、いっぱいお客さんがいて忙しそうだったのです。しかしその時はきっと、縁日か何かの日だったのでしょう。今日はあまりお客さんがいなくて、忙しいどころか、ずっとイスに座っていて疲れてしまいました。
でも、それらの御奉仕が終わって、今日一日のお給料をもらえた時は、なんだか嬉しくて疲れも忘れてしまいました。巫女の仕事をした事はありましたが、実際にはこれが初めてもらうお給料だったのです。それどころか私はお金を持った事なんてなかったので、なんだか私は惚れ惚れとして、お給料袋をしばらく見つめていました。
「なんだ、君は働くのは初めてだったのか?」
お給料を渡した小向さんは訊きます。
「はい。お金を持つのも初めてです」
「そうか。それならそんな表情をするのも無理ないだろう」
小向さんはうんうんと頷きます。
「それで、明日はまた助勤しに来るのかい?」
「いえ、このお金の使い道はありますし、他に使う機会はないと思いますので」
「そうか、でも……」
小向さんがにやにやと笑っている嫌らしそうな表情をして私を見つめ――。
「短時間でいっぱい稼げるいい仕事、他にあったんだけどなぁ」
「け……結構です!」
私はその仕事がどんなものか知りませんでしたが、小向さんの表情から何か卑猥なものを感じ取ったので、私は急いでそこから逃げ出し、神社を出ていきました。
しかし遠くから小向さんを見てみると、がっはっはと笑っていて、その後から坂井さんが頭を叩いている光景には、私も笑ってしまいました。
あの二人はたぶん、実は仲が良いのではないでしょうか? 私にはあの二人が息の合う漫才コンビのように感ぜられるのです。
その二人はさておき、お給料ももらいましたし、森田さんにプレゼントするものを買いに行きましょう。魚屋さんのある、あの上伝馬商店街にはデパートがあります。そのデパートなら品揃えも豊富でしょうし、そこで買い物する事にしましょう。
しかし、森田さんには何をあげたら喜ぶでしょうか。一日のお給料だけですからあまり高価なものは買えませんが、できる限り高いものを買ってあげたいです。
私はそんな事を考えながらデパートに入り、エスカレーターで上の階へ上ります。時計やアクセサリーを見ながらデパートを回っていましたが、手が出ないものが多かったです。プレゼントに最適だと思う商品を何点か見付けましたが、それらの値段に驚愕して手を出せない事が何度もありました。
そうこうして悩んだ結果、私は猫のぬいぐるみを買う事にしました。少し恥ずかしいのですが、自分の事を思い出してもらえればと考えて、私によく似た真っ白で長毛の猫のぬいぐるみを選んだのです。
私はそれをレジに持っていって、初めてお買い物、という購買行為をしました。レジの店員さんはもちろん慣れている風に私に接客してくれましたが、私は会計をしている間、酷く緊張してしまいました。初めて接客を経験する人は大抵緊張してしまうと思うのですが、逆にお客さんの私の方が緊張してしまったのです。お金を払ってお釣をもらう際に、お金を落としてしまって慌ててしまったりしましたが、私はその緊張を乗り切って、なんとか買い物を済ませる事ができました。
無事に終わり、私はホッと胸を撫で下ろしながらデパートを出て、商店街を出ます。その頃にはもう日も暮れていて、帰り道はすっかり暗くなっていました。今日中に想太朗さんに渡す為には早く帰らないといけないので、私はその中をパタパタと早歩きで家に向かいます。
森田さんは喜んでくれるでしょうか。猫のぬいぐるみを、部屋に飾ってくれるでしょうか。そんな事を考えながら、るんるん気分で横断歩道を渡って道を歩いていると、私は余所見をしていたのか、一人の男の人にぶつかってしまいました。




