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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は黒猫である
15/63

悪魔の囁き

この話から新しいキャラが登場します。脇役ですが、話の展開のキーとなる人物です。しかし正直この小説とは合わないんじゃないかとも心配でした。だって変態だし下衆だし…(笑



森田 美尾は、森田 想太朗という飼い主に恋している。

1ヶ月ほど昔、美尾と共に喫茶店「ひなた」でクリームシチューを食べながら雑談した後、美尾からそういう告白をされた。


当時はやはり驚き、意外に思い、納得しながらも叶わない恋だと思っていた。

なぜなら私達猫叉が人間に正体を明かす事は禁じられていて、自らを人間だと偽って添い遂げる事は不可能だと考えるからだ。


猫叉が人間を演じて日々人間と暮らす事が可能であると仮定しても、いずれは時の波によって偽りの姿が

剥がれ落ちてしまう。

正体を明かすという禁忌を犯し、猫叉と共存できる人間が居たと仮定しても、人間から見れば私達は怪異。

麗人の姿を纏っていたとしても私達は化物であり、恋が叶う事は可能性としては低いのだ。


だから、私、小鳥遊 美鈴は森田 美尾の恋が叶うとは思えなかった。

例え、私を助けてくれているかけがえのない友人として幸せを願っていても、そう思う事はできなかった。


その叶わね恋の相手とのデート。

それを昨日、約束していたらしい。


そんな約束をするなど、自分が辛いだけだ。

一時の幸福を欲して代わりに痛みを負うなんて、私にはあまり理解し難い。


しかし、そのデートに行くなと助言するかどうかを悩むと、私は明確に美尾に言う事はできなかった。

美尾の口から聞いた時、何も助言する事ができず、その挙げ句に「楽しんでおいで」と言ってしまったのだ。


なぜならそれは、美尾の幸福を否定する事でもあったのだ。

この事を話してくれた時、美尾はニコニコと楽しそうに笑っていて、隠していたつもりだろうが、私の目からは隠しきれず見えてしまっていた。


つまり、助言すると美尾を悲しませる事になるのである。

更に美尾の辛さを上増しさせ悲しませる事になるのだが、止めるように助言する汚れ役を引き受ける事は、当時の私にはできなかったのである。


そして美尾は宣言通りデートに行き、昨日の今日は神社の助勤(アルバイト)を休んでいた。

小向の方に連絡が入り、張りのない元気のない声で「休みます」と伝えたのだそうだ。


この状況は私にも察する事ができる。

想太朗との時間を作り、幸福に浸っていた美尾がそれを離す事に辛くなったのだ。

私の恐れていた事が起こってしまったのだ。


これは、私の甘さが招いた結果だろうか……。

私が止めるように助言していれば、美尾の辛さはまだ軽減できたのだろうか……。


私は月見里神社の石段を箒で掃きながらしみじみと考えていた。

しかし、今は起きてしまった事象をどう変える事もできない。

自体を軽減するか良い方向に向ける事しかできないのだ。

 

だから私は、神社の助勤の後、美尾が住むと聞いている森田 想太朗の家を尋ねた。

チャイムを"指"で押し、相手の応答を待つ。


「はい森田です。どちら様ですか?」

「小鳥遊 美鈴という者だ。そちらに森田 美尾という者は健在だろうか?」

「えっ、美尾ですか?!」

「そうだ」

「家の飼い猫ですけど、何かの間違いじゃないですか?」

「いいや合っている。私は森田 美尾と話がしたいのだ」


その後、森田 想太朗と思われる声の主は、私の伝えたい事を上手く理解してくれなかったが、辛抱強く説明していると何とか理解してくれた。

門を開けてもらい、広い庭を通って玄関へと向かう。


そこでドアをノックすると、想太朗が美尾を腕に抱えて玄関から出てきた。

不審そうな表情で私を見つめ、何を企んでいるのかを探るように私の顔を見つめている。


想太朗の腕に抱えられている美尾に目を移すと、美尾は冷や汗をだらだらと溢し、酷く慌てている様子であった。

なんだ、思っていたよりも元気そうではないか。


「美尾に、何の用ですか?」

「先程伝えた通りだ。私は純粋に、美尾との話し合いを所望している。怪しい者ではない」

「話ってどうするつもりですか? あなたは猫と話ができるとでも言うのですか?」

「そうだ。私は貴方の猫と話が……」

「ニャァー!」


私の話を遮って美尾が腕から私に飛びかかってきた。

顔を覆うようにして飛び付き、私の視界が真っ暗に変わる。


「うわああ! 美尾、何をするのだ!」

「ニャァー!」


私は真っ暗な視界の中で、微かに見える景色を頼りに門の方へと戻っていった。

想太朗の視線を背中に感じながら、走っていく。


先程の様子だと、きっと口を開けた唖然とした様子で私達を見ているのだろう。

その理由は理解する事ができないが、とにかく私は走った。

腕をばたばた振りながら、叫び声を上げながら、門へと走っていった。




----------------------------------------------------------




「もう、なんで人間の姿のまま家に来るんですか!」


私は公園の公衆トイレで人間化を済ませるなり美鈴さんを責めました。

それでも美鈴さんはきょとんとした涼しい顔で立っています。


「どうしてこの姿で家に行ってはいけないのだ?」

「想太朗さんに猫叉だと知られてしまうじゃないですか!」


そう言うと、美鈴さんは「なるほど!」と手をぽんと打ちました。

でも気のせいか、なんだかその行為がわざとらしく思えます。


「でも意外と元気そうではないか。落ち込んでいると思ったぞ」

「うっ……」


私は痛い場所を突かれて何も言えなくなってしまいます。

想太朗さんの家で寝ていた時の、胸の痛みがひしひしと振り返してきます。


「私は美尾を労いに来たのだが、その必要はなかったみたいだな」


そう言われても、私は何も言い返せません。

さっきは声を大にして美鈴さんに怒っていましたが、本当は誰かの胸を借りたいほど悲しいのです。

美鈴さんに抱きついて泣きたいほど辛いのです。


「そこは……素直に感謝します。美鈴さんは私を助けに来てくれたのですから……」

「うむ。意外と元気そうで安心したぞ」


でも強くならなくてはいけないのですね……。

私も幼い子供のままではいけません。大人になって、一人で生きていく力を持たなくては……。


「大丈夫です。人の姿で会う事はできませんが、私は想太朗さんの飼い猫ですから。大好きな人のペットですから」

「言われてみればそうだな。ある意味、共に暮らせているのだな」

「そうですね。だから大丈夫ですから、私は帰りますね」

「うむ。了解した」

「明日は休まずにちゃんと助勤しにいきます。それでは」


私は猫の姿へと戻り、美鈴さんに礼をして別れました。

美鈴さんも安心したようで、微笑みを浮かべています。


しかし、私は背中を向けて歩きながら、悲しみを噛み締めていました。

溢れそうな涙を指で拭い、平気な振りをして歩いていきました。

想太朗さんが居る家へと、帰ったのでした。






----------------------------------------------------------






美尾は次の日からまた、神社の助勤に来始めた。

彼女の様子を詳しく言及すると、普段通り、普通、つまり自然体であった。

話し掛けると明るい笑顔を浮かべて答えてくれるし、色々な話を語ってくれる。

私は美尾が落ち込んだ様子で働きに来るのではないかと心配していたが、私が見た限りではそれは無用だったようである。


だから私もまた普段と同じように接し、二人で語らっている。


「琢磨さんの絵の件だが、今日は公民館に絵を展示させてもらえるように交渉しに行こうと思う。公民館で展示会を開き、玄関や廊下にも絵を置いてもらおうと思うのだ」


私は神社の境内を箒で掃きながら言った。ささくれが目立つ木の上を、巫女服の袴と袖を揺らしながら掃く美尾が答える。


「それは良いですね、あの公民館を利用する人は多いんですよ。あの場所に飾れば琢磨さんの絵は今よりもっと人目に付きます」

「うむ。私もそれが狙いだ」


私は、琢磨さんの絵が博物館のもののように、大勢の人に興味深く見られている光景を想像すると、気分が高揚した。

風が私の髪をなびかせて流れていく。


「私は琢磨さんの絵が素晴らしいものに違いないと思っている。岩に隠れているダイヤの原石ってあるだろう? 琢磨さんの絵はそれだと思っている。ただ見つけてもらえないだけで、本当は貴重で価値が高いものなんだと」

「私もそう思いますよ。私に芸術はわかりませんけど、琢磨さんが昔から培ってきた絵のスキルは確かなもののはずです」


美尾は微笑みを浮かべてそう言ってくれた。

私も「自信になる、ありがとう」と感謝する。

素直に嬉しくて、私は自然と口元が綻んでいた。


やはり、美尾は私の良き友人だ。

私と同じような境遇で気も合うし、私を気遣ってくれて真剣に話を聞いてくれる。

私には勿体無いくらいの友人なのだ。

私はこんな友人を持って本当に良かったとしみじみ思う。

 

そんな友人と一緒に巫女の仕事を終わらせ、私は美尾を連れて公民館に向かった。

月見里神社を抜け、商店街を抜け、住み慣れた町を出る。

あまり訪れた事のない隣町まで歩き、市民会館に歩を進めた。


訪れた事はそれほどないが、あまり遠い場所ではなかった。

駅を使って距離を表せば、大体2駅ほど離れた場所である。


そんな場所に公民館はあった。

公民館は二階建てであり、汚くもなく綺麗でもなく、どこにでもあるようなホールであった。


下調べした情報によると、展示会や会議の場としてよく貸し出しているらしい。

美尾も言っていたが、この場所に琢磨さんの絵を展示できれば有名になれるはずなのだ。

だから頑張って交渉しよう。どんな形になっても絵を置いてもらおうと、私は意気込んでいた。


私達は鉄とガラスでできた扉を引き、レンガで囲まれた玄関に入る。

受付のところまで歩き、受付に座っていたお婆さんを呼んでカウンターとガラス越しに言い放った。

どんな形でもいいから展示させて欲しい、と。





----------------------------------------------------------




私達は公民館の館長と会う事になりました。

美鈴さんが受付のお婆さんと話した後、絵の展示会の為に公民館を貸してくれるという話になりましたが、絵を廊下や玄関に飾らせてもらう事にはまだ決めてもらえませんでした。

お婆さんの一存では決めれないので館長に直談判してほしい、と言われたのです。


そして今、私と美鈴さんは待合室に案内され、部屋のソファに座って館長を待っているのです。

どう頼めば絵を飾ってもらえるのかと考えながら。


しかしこの部屋、雰囲気が重苦しいです。

漆塗りの木材でできており、窓は小さいものが1つしかなく、昼でも電灯が必要なほどの暗さです。

電灯を付けているので問題ないのですが、黒いソファで漆のテーブルを挟んだ配置の部屋は、私を緊張させていました。


そんな部屋にどんな人が来るのかと待っていると、その待ち人すぐに現れました。

ドアを開け、ゆっくり歩いてきます。


「おぉこれはこれは、大層な美人達が訪ねてきたものだ」


その人はそう言いながら、私達と対のソファに座りました。

いきなり誉められ不意を突かれ、私は照れました。

美鈴さんには特に変わった様子なく冷静でしたが。


「私はここの館長を務めてる指原ゆびはらすすむだ。よろしくお願いします」

「私は小鳥遊美鈴だ。よろしくお願いする」


指原さんはおじさんと呼ぶに相応しい風貌でした。

頭髪はボリュームが少なく七三分けで、体型は小太り。黄色のネクタイ、白いシャツの上に着ている鈍色のスーツは、ボタンを留めずに開けていました。

年齢は察するに、三十代後半と言ったところでしょうか。


「それで用件は確か、この公民館に絵を展示させてほしい、だったかな」

「はい」

「どれ、その展示させてほしい絵を見せてくれ」

「了解した」


美鈴さんは風呂敷に包んでいた絵を取り出しました。

テーブルの上に出し、指原さんに見せます。


指原さんに見せた絵はフリージアの花の水彩画でした。

花壇に咲く花々の中に、濃い色で描かれ目立っているフリージアの花。

燦々と照る太陽の光に向かって咲いていて、潔白で爽やかな絵です。


「へぇ、なかなか風情のある絵だ。タッチも独特なものがある」

「有り難い。描いた人も喜ぶだろう」

「描いた人とは?」

「小鳥遊琢磨という人だ。この人は何年にも渡り絵を描いてきて、画家になる事を夢見て努力してきた人だ」

「へぇ、洗練されている訳だ」


指原さんはしばらくこのフリージアの絵を眺めていました。

じっとこの水彩画を眺め、何かを考えるかのように顎を擦っています。

予想ですが、この絵を公民館に飾っても大丈夫かどうかを考えているのでしょう。


「指原さん、どうだろう。公民館に絵を飾らせてもらえぬか?」

「ふむ……」


指原さんは美鈴さんにそう頼まれても決断はしてくれませんでした。

私達は琢磨さんの絵では飾らせてもらえないのかと、心を動かす魅力がないのかと心配になります。


しかし指原さんは思い出したように言いました。

わざとらしく、何かの含みがあるような言い方で。


「そうだ、ある条件と引き換えにこの絵を飾ろう。この条件さえ受け入れてくれれば展示会にも最大限の手を貸そう」

「本当ですか。しかし条件とはどんなものですか?」


ニヤリ、と指原さんが笑った気がしました。

ゾクリと鳥肌が立つような、不気味な笑い方です。


「こんな事を頼むのはなかなか憚れるものだが、君達のような美人を前にしてはそうせざるには居られない。これは君達にしかできないような事なんだ」

「……? はぁ……」


美鈴さんは状況を掴めていませんが、そう相槌を打ちました。


「私もそれをするのは久しぶりでね。自信はないのだが」

「はぁ……つまり私達はどんな事をすれば良いのか?」


指原さんは再びニヤリと笑いました。私もゾクリとまた寒気が走ります。


「私の夜伽に付き合って欲しい。一晩で良い、いや今からで良い。私が満足いくまで付き合って欲しいのだ」


私達は目を丸くし、指原さんの不気味な笑みの意味を知りました。

指原さんは最初からそんな目で私達を見ていたのです。


「どうか夜伽をしてくれないだろうか? そうすれば展覧会は十分に優遇しよう。玄関にも喜んでその絵を飾ろうではないか」


私は包み隠さず正直に言うと、この館長さんの要求を拒否すべきだと思います。

なぜならこの取引に応じてしまったら自分を売る事になるのです。

決定する権利は美鈴さんにあるのですが、間違いなく取引すべきではありません。


「美鈴さん。せっかくの御誘いですが、辞めておきましょう。自分を売ってはいけません」

「待ってくれ美尾。考えさせてほしい」

「?!」


私は自らの聴覚を疑いました。

私には考えさせてほしいと聞こえたのです。

美鈴さんがこの取引に関して真剣に考えているように聞こえたのです。


「美鈴さん。もしかしてこの取引の事、真剣に考えているのですか」

「肯定だ。私は主人の琢磨さんの幸せの為なら、自らをも売る覚悟なのだ。だから取引は真剣に考えている」


私は目を丸くして驚愕しました。

まさか美鈴さんがそこまで琢磨さんを思い、琢磨さんの幸せを願っているとは私は思っていなかったからです。


しかし、それはやり過ぎです。

自己犠牲も多少必要だとは感じていましたが、美鈴さんの価値を売るに等しい取引をするなんて。


「しかしこの取引に関して、こちらの美尾を除外させてほしい。美尾は私を手伝ってくれているだけでこの取引にまで関与する理由はないと思うからだ」

「それは美鈴さんも同じですよ!」


私は、真っ直ぐに指原さんを見つめて要求する美鈴さんに向かって必死に抗議しました。

冷静で居る事ができず、私にしては珍しく大きな声を出して言いました。


「美尾、温厚な君らしくないぞ。君は一輪の花のように、凛とした立ち振舞いが魅力的だというのに」

「美鈴さんの事を思っているからこんなに必死になっているのです。美鈴さんは私にとって、もう掛け替えのない人となっているのですから!」


私のその言葉を聞いて、美鈴さんは驚いていました。

よくよく考えてみると、私が言った事は愛の告白と捉えられて驚かれても無理はないのですから。


「はははは! 君達には良い友情ドラマを見せてもらったよ。いいだろう美鈴さん。残念なところだが、この美尾さんに免じて要求を受けよう」

「有り難い……」

「それで結局、君はこの取引を受けるのかね?」

「……応じれば、絵を飾ってもらえるのだな? この絵を描いた琢磨さんも、有名になるのだな?」

「あぁ飾ろう。その琢磨さんという人も、公民館が全力を尽くせば有名になるはず。画家として売れるようになるだろう」


指原さんは笑って言いましたが、私の考えはそれでも変わりません。

他にも道はあると思うのです。

あえてこの道を通る必要はない。

美鈴さんには自分を売らなくても済む道を行ってほしいのです。


「ダメです美鈴さん、自分を売ってはいけません」


私はじっと見つめ、必死に美鈴さんに訴え掛けました。

やむを得ない場合は、妖力を使ってでも美鈴さんを止めようとまで考えていました。

それほど私は美鈴さんの事を思い、後悔するような道を行ってほしくないのです。


その私に向かって、美鈴さんはこんな事を語り始めました。


「美尾……君は私の立場に立った時、この取引に応じるのではないか?」

「えっ……」

「森田想太朗を助けられるなら、自分さえも売るのではないか? 君はそういう性格ではないか?」

「……」

「済まない美尾……私も一緒なんだ」


私は言葉を失いました。

何も話せなくなってしまいました。

美鈴さんの言葉に胸を打たれ、頭がその言葉で一杯になってしまったようなのです。


「指原さん、お願いします。貴方と取引します」

「賢明だな。よろしく頼むよ美鈴さん」


私は黙って美鈴さんを見ていました。

先程までの意志の強さはなく、私が美鈴さんを止める為に動く事はありませんでした。

ただじっと二人のやり取りを聞いているだけです。


「それじゃあ美鈴さん、館長室に場所を移そうか」

「わかりました」


二人はソファから立ち、ゆっくりとこの部屋の出口に歩いていきました。

その時に美鈴さんは私の目の前を通ったのですが、私は美鈴さんの手を掴む事もなく、声を掛ける事もしなかったのです。


そして二人は私を一人残して部屋を出ていきました。

扉が閉まる音が私の頭の中でやけに大きく響き、部屋の静寂が私を何重にも包み込みました。


何故私が美鈴さんを止めなかったと言うと、やはり美鈴さんに言われたあの言葉が理由でした。

美鈴さんが言った通りであり、図星だったのです。


私は想太朗さんの為なら命だって差し出します。

美鈴さんの為にだって、先程激しく抗議したように、助ける為なら必死になります。

なぜなら私は大切な人が傷付く事が、まるで自分が傷付いた時のように感じる性格だからです。


だから同じ性格だと言う美鈴さんの気持ちがわかるのです。

大切な人の為にしている事を止められたくないという気持ちが私にもあるのです。

その時の美鈴さんを、どうして私が止められるのでしょうか?

 

私は自分の無力さを実感し、涙を溢していました。

自然と目に涙が溜まってきて、ぽろぽろと頬を伝っていきます。

痛いほどに静かな待合室に、鼻をすする音と私の嗚咽が響き、次第には子供のような泣き声が響き渡りました。

自分では美鈴さんを止められなかった悔しさと無力さに加え、大切な美鈴さんを助けられない大きな悲しみが私を襲っていました。


しかし私はまだ諦めてはいませんでした。

私では美鈴さんを止められませんでしたが、琢磨さんなら止められると思っていました。


そう思い、泣きながら妖力で琢磨さんに連絡したのです。

美鈴さんも、きっと琢磨さんが止めてほしいと言えば止めるはずです。

琢磨さんの為にしている事ですから、その人が止めれば続ける理由はありません。


それでも私では美鈴さんを止められなかった悲しみは解ける事はなく、私は泣き止む事ができませんでした。

誰もいない待合室に、私の慟哭がひっそりと響き続けているのでした。




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