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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は黒猫である
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遊園地



「そういえば美尾さん、今日の服、可愛いね」

「えっ?!」


改札を通り、ホームで電車を待っていると不意にそんな事を言われました。


「いつもの服の感じとは違うし、お洒落してきてくれたの?」


更にそんな事を訊かれ、私は真っ赤になって俯いてしまいました。

答える事も頷く事もできないほど照れてしまっています。


「ありがとう。嬉しいよ」


そう言われて、私はやっとの事で想太朗さんに言葉を返す事ができました。

照れている事を今更ながら隠そうとしながら。


「そ、それなら良かったです……想太朗さんが喜んでくれて……」


言葉はまともでした。

言葉は素直に自分の気持ちを伝えていると思います。


しかし、目を合わせないようにして照れを隠そうとしているので、少しつっけんどんな言い方になってしまいました。


今の照れてしまっている私にはそんな答え方しかできませんでしたが、もう少し増しな答え方ができなかったのでしょうか。

さっきみたいにからかった訳ではなく、想太朗さんは喜ばせようと言ってくれたのですよ?


あっ……でもよく考えたら想太朗さんも今日はいつもと服装が違うみたいです。

先程普段とは違った格好良さがあるよなぁと思っていたところでした。

恥ずかしくて言いにくいですけど、私も想太朗さんを喜んでもらいたいです。


「そ、想太朗さんも今日の服、格好良いですね。お洒落してきてくれたんですか?」

「うん。だって美尾さんに会うんだし」


想太朗さんは動揺した様子なく、にこにこ微笑みながら答えました。

私にはとてもできない、素直な表情です。


どうしてそんな風に素直に答えられるのでしょうか。

逆に私の方が嬉しさと恥ずかしさで照れてしまっています。


「それは私も……嬉しいです……」

「そうか、良かった」


精一杯の勇気を出して、やっと素直な言葉を言うことができました。

目を合わせられず、俯いて顔を見られないようにしながらですが。


でも想太朗さんは今どんな表情をしているでしょうか。

「良かった」と言ってくれましたが、顔を見られないようにしているから、こちらも想太朗さんの顔を見る事ができません。


少し気になってきてしまって、そろそろ顔の火照りも引いてきただろうと思うので、振り返って想太朗さんのお顔を拝見しました。


そうすると驚いた事に、想太朗さんは中腰になって大接近し、私の顔を覗いていたのです。


「きゃ、きゃあ! そ、想太朗さん何してるんですか!」

「いやぁ、可愛いなと思って」


か、可愛いですか……?!

想太朗さんがそんな事を言ってくれるなんて……!


しかし私は、この身は女優の美生さんの姿をコピーして作った事を思い出しました。

最初に変化して、何度もその姿に変化して慣れた自分の姿。


そう、人間化と言っても変化を続けて、慣れて自分が変化しやすい姿に成っているだけなのです。

幼い頃に、母親や小向さんなどの猫叉が、他の子供と被らないように教えているとは言え、人間化の姿は自分の好みなのです。


だから私は、人間化は人を騙しているように感じるのです。

「可愛い」や「綺麗」と褒められると、罪悪感に駆られるのです。


しかしそれを想太朗さんだけでなく人に見せてはダメです。

私は想太朗さんの言葉に動じるも、"いつもの手はずで"誤魔化して笑って見せました。


「ありがとうございます。でもそんなに近付かれると恥ずかしいですよ」

「え……あっ、そうだね」


想太朗さんはからかうのを止めて、接近していた私から離れました。

一瞬だけ意外そうな表情をしましたが、それは私が恥ずかしがっている事に気付いたからでしょう。


わかってくれてありがたいです。少し惜しい気もしますが。

それから私達は電車に乗り、遊園地の入口に着きました。

何やらファンタジーで非現実的な場所です。


「うわぁー、何だか不思議な場所ですねー」


私はその光景を見るのは初めてで、目を光らせて辺りを見渡しました。

想太朗さんはそんな私を少し可笑しそうに笑っています。


遊園地の敷地内に入ると更にファンタジーな光景は広がっていました。

大きな花壇と噴水があり、その周りをくまのキャラクターの着ぐるみが歩いていたのです。

その大きくてもこもこ着ぐるみも目にするのは初めてで、私は感激してそのくまさんの着ぐるみを触りに行きました。


頭を撫でようとして腕を伸ばしましたが、身長が足らなくて手が届きません。


「美尾さん、何してるの?」


背伸びしながら腕を伸ばしている私を見て、想太朗さんは笑いながら訊きました。


「頭を撫でたいんですが……手が……」


それを聞いて想太朗さんはまた笑いました。

くすくすと可笑しそうに。


そして笑った後、手で私の腰を押さえて私を持ち上げました。

お陰で私の手がくまさんの頭に届き、頭を撫でる事ができました。満面の笑みで、ゆっくり頭を撫でます。


「ありがとうございます想太朗さん。もう下ろして大丈夫ですよ」

「そうかい」


想太朗さんは笑いながら私を下ろしました。

どうしてそんなに笑っているのでしょう。

不思議です。


「あっ、そうだ。想太朗さんも頭を撫でたいですか? 私が頑張って想太朗さんを持ち上げますよ」

「えっ……いや僕はいいよ」


また想太朗さんは私を笑います。

何度も笑われて、私は頬を膨らませたくなりました。


「でも二人で着ぐるみと写真を撮りたいな」

「あっ、いいですねー写真」

「ちょっと写真撮ってくれる人探してくるよ」


そう言って想太朗さんは人を探しに行きました。


でも写真ですかー。

私と想太朗さんとくまさんで撮る写真ですが、気付けばこれが私と想太朗さんと一緒に写る、初めての写真です。


その事を意識すると、何だか少し緊張してきました。

ツーショットという訳でもないのに。


「じゃあ撮りますよー」


想太朗さんが撮ってくれる人を見付けて戻ってきて、私と想太朗さんはくまさんと並びました。

カメラに向かってポーズを取ります。


「はい、チーズ」


フラッシュが焚かれ、私達は一瞬照らされます。


「あっ、私今、目を瞑ったかもしれません」

「ホントに? じゃあもう一枚撮ろうか。あのすいません……」


通りすがりのカメラマンさんは快く承諾してくれて、もう一枚写真を撮ってくれました。

もう一度フラッシュが焚かれ、写真が撮られます。


「どうもありがとうございました」


想太朗さんはカメラマンさんにお礼を言ってカメラを取りに行きました。

でも私はまた目を瞑ってしまったみたいです。

一瞬視界が全くなくなってしまって何も見えなくなる感覚があったのです。


どうもこのフラッシュというのは苦手です。

まだ空は明るいというのに、フラッシュは焚かないといけないのでしょうか。


と思いながら撮った写真を見てみると、瞑っていたのは私ではなく想太朗さんでした。


「えぇっ! 目瞑ってる!」

「ホントだ……目を瞑っていますね……」


胸元でピースを作って笑っている私の隣で想太朗さんは目を瞑っていました。


それも完全に目を閉じている訳ではなく、半分閉じて半分開いている状態……そう、いわゆる半目になっていたのです。


「ふふ……」

「あー、美尾さんに笑われたー」

「いやごめんなさい、面白くて」

「そんな面白くないよ。ただちょっと半目になっちゃっただけで……ぷっ!」

「ほら、想太朗さんも笑ったじゃないですか」

「いやこれは半目に笑った訳じゃなくて」

「いや絶対に半目の方に笑いましたよ」

「いやいや」


想太朗さんは違うと言い張ってますが、笑みが溢れていました。

にこにこと楽しそうにしている笑顔。

私も自然と笑みが溢れ、私達は気が付けば笑い合っていました。


そして、私の手にある二枚の写真(半目ではない方の)の私達も、くまさんと一緒に笑っていました。

ピースを作って笑っている私の隣で、想太朗さんは笑っているのでした。


「そういえば美尾さんはジェットコースターに乗った事はある?」

「ありませんけど、テレビでは見た事がありますよ」


猛スピードで動く乗り物に乗って、叫び声を出すものですよね。

どうして叫び声をあげているのかはわかりませんでしたが。


「ほら、あれがジェットコースターだよ」


想太朗さんが指を指していました。

その方を見ると、ガタガタと音を響かせながら見た事のある乗り物がレールで上方に運ばれていました。


そして坂の上に運ばれた後、乗り物は坂を下りながら加速していきました。

乗り物は私の真上を走るレールを轟音を立てて行き、その先のとぐろを巻いていたり一回転しているレールを走っていきます。

勿論乗り物に乗るお客さん達は大声をあげていて、ドップラー効果のように段々と小さくなっていきました。


私にはその声が悲鳴に感じられました。

そして、やっと叫び声の意味がやっとわかりました。

叫び声をあげているのではなく、恐怖と不安で叫び声をあげさせられているのですね。


曲がりくねったレールを走る乗り物に乗り、激しく動き回るそれに身を任せ、まるで拷問にも似た異端非道のアトラクション。

それがジェットコースターなのですね。


「恐ろしいアトラクションなのですね……ジェットコースターって……」

「そんなに恐くないよ。美尾さん、あれに乗らない?」

「い、いやいいです! 私は恐くて乗れません!」

「そんな、大袈裟だって。楽しいよ?」

「いやです!」


顔を青くして断固拒否していると、想太朗さんは笑いながら仕方なしに諦めてくれました。

でもどうしてあのアトラクションが楽しいと思えるのでしょうか。


まさか想太朗さんは、苛められるのが好きな体質なのでしょうか。

坂井さんがそういう趣味を持つ人もいるという事を言っていました。


「じゃあ美尾さん、あのコーヒーカップなら乗れるかな?」

「コーヒーカップですか?」


想太朗さんが指指す方向を見ると、人が乗れる程大きなコーヒーカップが数を成してぐるぐると回っていました。

ジェットコースターとは違い、ファンシーで愉快なアトラクションです。


「あれは楽しそうですね。想太朗さんは乗りたいですか?」

「そうだね。美尾さんが乗りたいなら乗ろうか」


そう言って想太朗さんはコーヒーカップの方へ歩いていきました。


私は乗りたいとはまだ言っていないというのに。

まぁ、乗りたいかどうかと言ったら乗りたいのですけど……。


コーヒーカップは行列が少なく、少しの待ち時間で乗る事ができました。

1つのコーヒーカップに二人で乗ります。


ベルが鳴ってアナウンスがかかると何やらコーヒーカップの管理室の用な場所の窓から派手な衣装のおじさんが出てきました。

どこかで聞いたような音楽が流れておじさんがヘイヘイ言い始めると、コーヒーカップが回り始めます。


緩やかな速度でぐるぐると回り、そのままコーヒーカップは移動を始めます。


「平和なアトラクションですね」

「そうだね」

「でもあれ? あのコーヒーカップは何だかすごいスピードで回ってますね」

「あぁ、あれはね」


心なしか、想太朗さんがにやりと笑った気がしました。


「実はコーヒーカップはこの真ん中のハンドルで速さをコントロールできるようになってるんだ。あの人達はもっとコーヒーカップを速く回したいんだろうね」

「へぇ~」


穏やかに回る私達のコーヒーカップとは打って変わって、一台だけ猛回転するコーヒーカップは異質の様でした。

阿修羅のような勢いで回り続けるコーヒーカップは、私の目からは恐ろしく見えます。


しかし、乗っている人の表情をよく見てみると、全員笑って楽しそうにしているのです。

恐がって乗っている人はいないのです。


「楽しいんですかね、あれ……」

「そうだね。自分で速くしてる訳だから」

「へぇ……」

「……美尾さん、速くしたいの?」

「気になりますね。あれだけ楽しそうに笑っているのですから」

「わかった。僕がコーヒーカップを速くしてあげるよ」


想太朗さんは待ってましたと言わんばかりにハンドルを握り、笑みを浮かべながらコーヒーカップを回転させていきました。

徐々にコーヒーカップの回転速度は上がっていき、私達は遠心力を意識するようになります。

段々と遠心力が強くなり、私は何かに掴まっていないといられなくなりました。


「想太朗さん、こんなに速く回して大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫」


確かに楽しいですけど、さすがに心配になりました。

これほど回っていて私達が投げ出されないかどうか心配になりました。


コーヒーカップはさらに加速を続け、先程の恐ろしい速度で回っていたコーヒーカップと同じくらいの速さになりました。


遠心力もさらに強くなり、風がごうごうと体に当たってきます。

でも私は恐いとは思わず、楽しい、と感じました。

吹き飛ばされるかもしれないという心配もあったのですが、笑ってしまうほど楽しかったのです。


そのアトラクションも終わり、コーヒーカップは減速を始めました。

ブレーキが掛り、コーヒーカップはゆっくりと停止します。


確かにコーヒーカップは安全で楽しかったです。

普段ではできない体験ができたのですが、私はぐるぐると目を回してしまいました。


「美尾さん、どうだった?」

「楽しかったですけど、目が回りました……」

「あっ、ごめん……少しやり過ぎたみたい」

「いえいえ、楽しかったからいいんです。でも、ちょっと手を貸してくれませんか?」

「うん。ごめんね」


想太朗さんは私の手を取って謝りました。

悪い事はしていないというのに、謝られてちょっと気掛かりです。

想太朗さん、気にしていないでしょうか。


そう私が気にしながらコーヒーカップを後にしましたが、気付けば私達はまるでカップルのように手を繋いでいました。


私が手を貸してほしいと頼んだのですが、ちゃんと一人で立てるようになっても切っ掛けがなく、私達は手を離さないのです。


その事を意識し始めると、私の胸は段々と高鳴り始めました。

私の手が触れている想太朗さんの手が心地よく、私はそれからも彼の手を握っていました。


「じゃあ美尾さん、今度は大人しいアトラクションにしようか」


想太朗さんはコーヒーカップの一件を気にしていたのか、控えめにそう言いました。


「えっ、いや気を使わなくても大丈夫ですよ、想太朗さん」

「でも美尾さんは苦手なんでしょ? ならちゃんと荒っぽいのは避けなきゃ」

「いやコーヒーカップは本当に楽しかったですよ。だからジェットコースターだって乗ってみれば好きになるかもしれません」


コーヒーカップで目は回ってしまいましたけどね……。


「でもメリーゴーランドとか観覧車とか、乗りたくない?」

「それは後にしましょう。私、あれに入ってみたいです」


私は笑いながら1つの建物を指差しました。

おどろおどろしくて不気味な建物で、看板には「発狂! 呪われた恐怖の舘」と書かれています。


「お化け屋敷か……でもいいの? 美尾さん」

「はい。大丈夫ですよ」


私は平気な顔して笑って見せました。

それならと、想太朗さんも了承してお化け屋敷に入る事にしました。

お化け屋敷の列の最後尾に並びます。


「でもお化け屋敷なんて久しぶりだなぁ。緊張してきたかも」

「そうですか、私も久しぶりです」


まぁ、お化け屋敷の妖怪と言っても偽物ですし、私はあまり恐くはないのですけどね。

私自体、猫叉な訳ですし。


しかし、何だかこのお化け屋敷……不可解なものを感じます。

人間や人工物などにはない、ただならぬ禍々しい力……そう、妖力を感じるのです。


何故でしょう……このお化け屋敷は人が作った建物のはずです。

中から妖力を感じる事など有り得ないのですが……。


「どうかしたの? 美尾さん」

「いえ、ちょっと私も緊張してきてしまいまして……」

「えぇ、美尾さんが入ろうって言ったのに」

「大丈夫ですよ。緊張してるだけですから」


そう、緊張してるだけです。

妖力の正体が何なのか、私達を待ち受けているのは何なのかと。

安全かどうかの不安はありますが、やはりここは正体を突き止めなければなりません。

その為にもお化け屋敷に入らなければ……。


「美尾さん、緊張というか武者震いしてるみたいだね」

「そうですね、それもあると思います」

「珍しい一面だね」

「あはは」


想太朗さんの言葉に少し照れましたが、とにかく今はお化け屋敷に入りましょう。

お金を払って中に入ると、屋敷の中は一軒家を思わせる作りになっていました。

勿論お化け屋敷ですから、薄暗く不気味な雰囲気です。


「結構凝ってるんだね、ちょっと恐いかも……」

「私もです。だから手を握っててくださいね?」


そう言うと想太朗さんは、今まで軽く握っていた手をぎゅっと締めてきました。

想太朗さんの温かさが腕を伝わってきます。

肩も私と触れあっていてなんだか胸がドキドキして……なんて考えながら道を進むとオバケが出てきました。


「うぼぁあー!」

「わぁ!」

「ビックリしたー」


突然角から飛び出し驚かしてきたオバケは、皮膚が腐敗し目玉が飛び出してリアルな作りでした。

このお化け屋敷と同じで、本当に凝ったオバケです。


しかし本物のお化けと決定的に違う点が、視覚以外にありました。

先程も述べた妖力です。

このオバケから妖力を全く感じる事はできないのです。


例の妖力を感じるお化けはと言うと、どうやらこの先のようです。

最近妖術を修行し始め、以前より妖力に敏感になってきた私にはそう捉えられました。


そのお化けに向かって私達は歩を進めていきます。

オバケは次々に私達の前に現れ驚かしていきましたが、私にとってはこの先の本物のお化けが心配であまり気にはなりませんでした。

想太朗さんに怪しまれないように驚く反応はするのですが、あまり恐くないです。

想太朗さんの方が恐がっているくらいです。


「み、美尾さんはこういうの、結構平気なんだね……」

「そんな事ありませんよ。我慢してるだけです」


そう言いつつ、怯える振りをして見せました。

まぁ、実際この先のお化けを恐れていたのですが。


そしていよいよそのお化けが近付いてきました。

私が感じ取った妖力は、どうやらこの先の角を曲がった場所にいるようです。


私は想太朗さんの手をぎゅっと握りました。

さすがに、自分の敵か味方かもわからない正体不明のお化けが先にいると思うと、恐ろしく思います。

手をぎゅっと握り、体を想太朗さんに寄せます。


「美尾さん、どうしたの?」

「すいません、今頃恐くなってきてしました。ほら、お化け屋敷って最後の方に取って置きのお化けや仕掛けを用意してるものだと思いませんか?」

「確かに……僕もちょっと恐くなってきた」


私達は身を寄せ合い、この先のお化けに備えます。

私達はゆっくりと足を進め、順路と掛かれた標識に従って角を曲がりました。


でもなんでしょう……この妖力、以前にも感じた事が……。


「えっ?」


想太朗さんが驚いて声を出しました。

私も意外なものが見えて驚きます。

順路に従って道を曲がったのですが、その道は行き止まりになっていて、先でお化けが待っていたのです。


しかもそのお化けには妖力が纏っていて、このお化け屋敷の妖力の正体でした。

視覚的にも、角が生えた魔物の姿をしていて、とても恐ろしいお化けです。


そのお化けが、一歩足を進めました。

一歩、二歩とゆっくりと歩を進め、そして足を早めて走って私達に迫ってきました。


「うがぁああー!!」

「キャァアアー!!」

「うわぁああー!!」


私達はどうすればいいのかわからず、とりあえずそのお化けが逃げようと後を振り向きました。

すると後に出口という標識が見えました。


確かにお化け屋敷の順路としてはお化けのいるこの道なのですが、出口はこちらだったようです。

私達はその出口にお化けから逃げるようにかけ込みました。

私も想太朗さんもパニックになっていて、何も考えられずにただ手を繋ぎながら足を走らせていました。


そして暗く不気味なお化け屋敷を抜け出し、青空広がる外に走り出ると、私達は立ち止まって肩で息をします。

このお化け屋敷の入口に並んでいるお客さんが目を丸くして私達を見ていましたが、私達は構わず外の空気を吸い込みました。

私達は宣伝もバッチリですね。


「なんか、他のお化けとは訳が違ったよね……オーラが見えたというか……」

「そうですね……あのお化けは普通じゃありません……」


でもあのお化けの妖力は何故か知っている妖力でした。

声も色っぽい低めの声で、聞き覚えがあるものでした。

これらの情報と私の直感から考えると、たぶんあのお化けの正体は……。


「美鈴……さん……?」

「えっ?」

「いや、もしかしたらあのお化けは私の知っている人かもしれないと思いまして……」

「へぇ……すごい知り合いがいるんだね」


想太朗さんは段々と息が整ってきたようで、汗を拭いながら苦笑しました。

私はまだ少し呼吸が足りずキツいですが。


「あれ、想太朗さん。膝から血が出てますよ!」

「えっ」


想太朗さんのズボンの膝に当たる部分から、血が滲んでいます。

それほど大きな怪我ではなさそうですが、とても痛そうです。


「あぁ、これね。ちょっとさっき引っ掛けたみたい」

「ちょっと待ってください。とりあえずまずベンチに座りましょう」


私は想太朗さんの手を引き、想太朗さんの怪我を労りながらベンチを探しに行きました。

想太朗さんは私の様子に少し慌てていましたけど、早く手当てしてあげないと……。


私は想太朗さんをベンチに座らせると、持ってきていたバッグ(坂井さんの借り物)から絆創膏と消毒液を取り出しました。

もしもの為に持参していた応急セットです。


「傷、出してください」

「あっ、うん」


ズボンは膝の高さまで上げられ、傷は出されます。

よかった。

予想はしていましたけど傷はそれほど大きくないですね。


「染みますけど我慢してくださいね」


私は消毒液を傷口に吹き付け、ティッシュで拭き取って絆創膏を貼り付けました。

汚れも拭き取りましたし、化膿する可能性も少ないでしょう。


「よし、これでオッケーです」

「ありがとう……」


手当てを終えた私は想太朗さんの隣に座りました。

想太朗さんはと言うと呆気に取られたように、ポカンとして手当てされた傷を見ていました。

まじまじと手当てされた傷を見た後、隣の私を見てこう言います。


「美尾さんって、女子力高いね……」

「え……?」

「バッグに絆創膏と消毒液を入れてるなんて、やっぱり女の子だ」

「そうなんでしょうか」

「そうだよ。男はこのぐらいの傷なら放っておくよ」


えぇ、それだと痕が残っちゃうかもしれないじゃないですか。

痛々しいですよ。


それにしても、さっきの女子力とはなんでしょうか?

聞いたことがない言葉です。


「でもありがとう。優しいんだね」

「いえいえ」

「それで美尾さん、次は何に乗りたい?」

「そうですね……」


私は想太朗さんの怪我を気にしましたが、想太朗さんは平気だと言っていますし、遠慮せずに言いました。


「想太朗さんの乗りたいものならなんでも」

「うん……わかった」


想太朗さんは微笑んで答えました。私の手を握り、立ちあがります。


「まだ時間あるし、色んなアトラクションに乗ろうね」

「はい」


それから私達は陽が暮れる時間まで色々なアトラクションに乗りました。

メリーゴーランドに空中ブランコ、休憩がてらにソフトクリームを食べ、遂には私が恐がっていたジェットコースターまで乗りました。


私が挑戦すると言い出し、恐る恐る乗ってみたのですが、終わってみると楽しくて面白いアトラクションでした。

ジェットコースターだけでなく、どのアトラクションも面白かったです。

どのアトラクションも私にとっては初めてのものばかりで、楽しかったのです。


そして何より私は、想太朗さんと居る今この時が、嬉しくて幸せな時間でした。

想いを寄せる愛する人と共に時間を過ごす事は、まるで夢でも見ているかのように幸せだったのです。



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