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私は白猫である。  作者: 堀河竜
私は猫又である
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猫叉ってこんな生き物


わたくしは白猫である。名前はまだありません」と、以前読んだ文献を真似して言いたいのですが、私にはいくつかの名前がありました。しかし、生まれた時の事は、文献の猫と同様に、あまり覚えてなくてただ、暗くてじめじめしたところでにゃーにゃー泣いていた事だけを覚えています。


 そのような場所で生まれたので、私は動物病院や誰かの家で生まれた飼い猫という訳ではなく、所謂野良猫でした。野良猫と飼い猫のどちらが幸福かどうか気になりますが、それはさておき、野良猫の私は、自由に暮らし、自由に育ち、比較的恵まれた環境で今までを生きてくる事ができました。気付けば親も兄弟も居なくなってしまいましたが、今は誰かの家の屋根の上で日向ぼっこをしたり、公園の水飲み場から出る水を飲んだりして、のんびりと一日一日を一人過ごしています。


しかし私には、普通の野良猫とは全く違うある一つの個性がありました。先程私は文献を読んだと言いましたが、それもこの個性があるこそで、ごく普通の猫とは一風変わった行動や習慣があるからなのです。

その個性が、猫又というものです。普通の猫と違って百年は生き、色々な動物や人の言葉を理解し、人の姿に変化して人間化する事もできる存在なのです。


しかし、私は猫又としてまだ半人前でした。人間化できる時間も六時間程度が限界で、使う事ができる妖術も多くはなく、ごく普通の猫とあまり変わらないほど妖力に関して未熟なのです


しかし私は、妖力を使った術を学ぼうとはしませんでした。居なくなる前の親に聞いた話だと、一人前の猫又になれば、ずっと人間の姿で過ごす事ができ、私の知らない妖術も使う事ができるようになるらしいのですが、ずっと人間の姿でいる必要はありませんし、妖術の魅力もまだわかりません。猫又として生きるよりも、猫らしく生きる事の方が魅力的に思えるのです。ですから、私は今までの時間を、猫として自由気ままにのんびりと過ごしてきたのでした。


 



『私は白猫である』


-私は猫又である-


 



そんな私は今日も普段通り、その森田さんの家にある庭で目覚め、木の上で時間を過ごしていました。二度寝をするのもいい加減飽きてきて、ぼんやりあくびをして背筋を伸ばすと、私は森田さんに挨拶をしようと木を下りて、家のリビングにある、一番大きな窓の前にて行きました。


森田さんは窓の向こうで朝のニュースを見ていました。私の姿に気付いた森田さんは、ミルクを注いだ皿を持ち、窓を開けて外に出てきました。サンダルを履きながら私の前でしゃがみ、ミルクを差し出します。


「おはよう。今日は良い天気だね」

 

森田さんは私の頭をわしゃわしゃと撫でました。私も挨拶の意を込めて彼の手を舐めます。尻尾をぴんと張って体を森田さんの足に撫で付けました。


「あはは、可愛いなぁ」

  

私達は毎朝このような挨拶をしていました。飽きもせずに毎日繰り返している習慣のような事ですが、私は森田さんに撫でられていると、何故だか心が落ち着くのです。雲が風に流されて晴れていくように、感動して泣いた後のように、心が洗われて温かい気持ちになれるのです。


ですから私は、いつからかこの挨拶が習慣になっていました。森田さんも同じ気持ちを感じてくれているのか、毎日挨拶してくれます。


「そろそろ学校に行くよ。またね」

 

森田さんはそう言って家へ戻っていきました。私は心の中で返事をし、彼からもらったミルクを飲み始めました。ミルクが飲み終わると、私は自分のすべき事を思い出しました。それは普通の猫がする事はきっとない、猫又の私だけがするような事です。


私は上伝馬商店街という場所に向かいました。その商店街は森田さんの家から十分ほど歩いた場所にあります。狭くて入り組んだ道を進み、公園の前を通り、突き当たりを右に曲がって真っ直ぐ歩くと信号のある大きな交差点に出ます。その交差点を渡ったところに商店街はあるのです。


私はその交差点を青信号になってから人と一緒に渡り、商店街に入りました。ほぼ毎日見る風景を眺めながら道を行きます。


私はこの商店街の様子を長年見てきていますが、昔と比べると、シャッターが下りている場所が多くなってきていて、ここを歩く人が少なくなってきたなと思います。


以前、電気屋のテレビで見たのですが、日本の商店街はどうやら少なくなってきていて、シャッター通り化という現象が起きてきているらしいです。その現象がこの商店街にも起きているのでしょう。しかし、まだまだこの商店街は廃れていません。それは、私が力を貸しているからだと密かに思っていたりします。


「おっ、白猫ちゃん! 今日も頼むよ!」

  

私が魚屋さんの前に止まって、木製の丸い椅子に跳び乗ると、魚屋さんのおじさんは言いました。私は道行く人の方を向いて、お行儀よく座ります。


私が何を頼まれているかと言うと、看板犬ならずの看板猫です。こうしてここにお行儀よく座っているだけで、魚屋さんはお客さんをより集められ、私はそのご褒美にお魚を一匹もらえるのです。


なかなか面白いでしょう? 実は私が考えて、私から初めたアルバイトのようなしすてむなのです。


最初は私がこの椅子に座った時、おじさんに注意深く睨め付けられたのですが、私がお客さんを集めている事に気付いて魚をくれるようになり、毎日そうしている内にこういうしすてむが出来たのです。


先程言った、私が商店街に力を貸しているという事ですが、それはこのように私がお客さんを集めているという事を考えて、私がしている事は商店街に貢献している事にも繋がるのではないかと思ったのです。


私は夜遅くまでその仕事をし、魚屋さんにご褒美のお魚を一匹もらって頂くと、森田さんの家に帰り始めました。行きと同じ道を通って、真っ直ぐに家に帰ります。


森田さんの家の門を通ると、私は何故だか森田さんに無性に会いたくなりました。家のリビングにある、庭に繋がる大きな窓の前に座って、じっと森田さんを待ちました。この時間なら森田さんは家に帰っているはずですし、リビングから私の姿に気付いて、会ってくれるはずです。


私はそう思って窓の前で森田さんを待っていましたが、今日は森田さんがリビングに現れる事はなく、それどころかリビングの電気が灯る事さえもありませんでした。私は森田さんに会えない事に少し落胆し、森田さんに会う事を諦めて、いつもの寝床であるつつじの葉に潜り込みました。体を丸めて寝る体勢になり、どうして森田さんがリビングに現れなかったのかを考えます。


誰かの家に泊まっていて帰っていなかった。合宿に参加していて、帰っていなかった。このような事を予想しましたが、結局私の中でも答えは出ず、そのまま眠りに落ちていき、一日を終えたのでした。しかし、次の日にその答えは明らかになったのです。


夜が明けて目が覚めると、私はすぐに森田さんに会う為にリビングの窓の前に座りました。昨夜は何処かに泊まっていると予想しましたが、その予想は当たらず、森田さんは家に帰ってきていました。リビングにて私を見付けた森田さんは、皿にミルクを注いで持ってきます。靴を履いて庭に出て、森田さんが持ってきたミルクを地面に置くと、私はにゃーにゃーと鳴きながらそれを飲み始めました。


私は魚屋さんのくれるお魚も好きなのですが、森田さんがくれるミルクは一番の好物で、森田さんの優しい眼差しの中で飲むとなんだか温かい気持ちに包まれます。


しかし、今日の森田さんは普段と違って様子が変でした。私がミルクを飲んでいる間、ずっと悲しそうな目をしていたのです。優しい微笑みの中にどこか悲しみが混じっていていたのです。


私は森田さんが心配になり、ミルクを飲むのも止めて森田さんを見上げました。悲しんでいる訳を知りたくて、黙って森田さんを見つめます。


「な、なんだよ……飲まないのかい?」

「……」

「……まいったな。もしかして気付いているのかい?」


猫の私は答えられませんが、無言で見つめる事で返事をしました。その返事が森田さんに伝わったかどうかはわかりませんが、彼は黙って私を見ていました。そして、自嘲の意味を孕んだ、苦笑を浮かべて言います。


「もしかしたら今は、君が一番僕を励ましてくれるのかもしれないね……」 


私には森田さんが言っている事を理解し切れませんでした。森田さんには、私よりもずっと励ます事に適任な人が居るはずです。彼には友人も両親もいるのです。

 そう考えていましたが、私が森田さんから次に聞いた事は、非常に驚くべき事でした。


「実は一昨日、僕の両親が飛行機事故で亡くなったんだ」 


私は血の気が引くほどに驚愕しました。森田さんの両親には勿論面識があるので、全く関係のない話ではないのです。


「昨日警察が僕の家に来て、その事を伝えてくれたんだ。航行中、突然機体に穴が空き、そのまま乗客が外に投げ出されて飛行機も海に不時着したと……」

 

私の心は絶望にも似た悲しみに包まれました。あんなに優しそうな人達が、明るくて元気だった人達が死んでしまった事を、簡単には受け入れられませんでした。しかし、森田さんは私以上に悲しんでいるのでしょう。

 

私はどうしたら森田さんの力になれるか思いつきませんでした。猫の姿である私には人と会話する事ができませんし、人のように財力はありませんし抱くことさえもできません。

 

だから私はせめて、少しでも悲しみを労おうと森田さんの足に体を寄せて甘える素振りをしました。森田さんを慰めるように、力になれるように。


「……ありがとう。少しでも力が湧いてきたよ」

 

森田さんは猫の私が労うような仕草を見せた事に驚いた表情を見せましたが、私の気持ちを感じて悲しみを帯びさせながら笑いました。そして私の頭を優しく撫でてからすっと立ち上がります。


「僕はもう行くよ、出掛ける用があるんだ。慰めてくれて有り難うね……」

 

そう言って森田さんは、悲しみを帯びた表情のまま、リビングへと戻っていきました。私は森田さんが去った後も、ミルクを飲まずにリビングを眺めながら森田さんの事を考えます。

 

私は少しでも森田さんを慰められたのかでしょうか。森田さんの両親の訃報による悲しさもありますが、今はそれだけが気掛かりです。そして、どうにか森田さんを悲しみから解放させてあげて、元気になってもらえないだろうかという悩みもありました。森田さんを励ます方法を考えていたのです。

 

そして、私はある決心をすると、ミルクも飲まずに公園へ走り出しました。森田さんを励ます方法を思い付いたのです。

 

それは森田さんに贈り物をするという事でした。商店街で森田さんが喜ぶようなものを買って贈るのです。しかし、人間ではない私が何かを買う事は簡単ではありません。買い物をする為には勿論、お金が必要で、お金を稼ぐには働かなくてはいけないのです。

 

それはごく普通の猫には不可能な事でしょう。魚一匹を稼ぐならしも、お金を稼ぐとなると猫にできる事ではありません。しかし私は猫ではなく猫又です。普通の猫ではないのです。

 

公園に到着すると私は、人間の姿に変化すべく公衆トイレに入りました。お金を稼ぐには人間の姿にならなければなりません。

 

公衆のトイレなのであまり綺麗ではなく、タイルの壁には相合傘や絵などの落書きも見られる場所ですが、人目に付かなければいいので構いません。人間化を人に見られて大事にならないように、誰もいない事を確認してから個室に入って鍵を掛けます。


そして私は、変化に一番慣れた人間の姿を想像します。幼い頃、母親に教えられて女優の美生を参考に習得した、私の人間の姿。最近はあまり人間化していませんでしたが、自分の理想の姿です。髪は肩より長くて目もパッチリ……胸は少し大きい方で、腰もくびれていて脚も綺麗な人だったはずです。

 

それと、モデルである美生さんに完全に似せてしまってはいけないので、美生さんだとわからないように、髪の色を、私の毛の色の白にしないといけないのでした。危ない危ない。

 

でもこれで準備は完了です。イメージもばっちりできましたし、人間化できます。場所にも問題はないので、落ち着いて人間化しましょう。

 

私は妖力を体に流していき、注意すべき事を踏まえて人間化を始めました。体が光り出し、その光が段々と大きくなっていき、人間の形を描いていきます。私が想像した、理想の人間の姿へと。


「よし…なんとか成功したみたい」

 

人間化は成功でした。個室から出て、洗面台の鏡で自分の姿を確かめます。目はパッチリですし、髪もサラサラですし、頭から出ている耳なんか猫っぽくて……。


「あれ? まだ耳が……いやそれよりも裸っ?!」

 

私は服の事を考慮に入れずにすっかり忘れていたので、体に衣服を何も着けていない状態でした。それどころか耳も尻尾もまだ猫のままで、裸の女の人に、猫の耳と尻尾が生えているという、かなりハレンチな姿になってしまいました。

 

私は急いでしゃがみこんで膝を抱えます。洗面台はトイレの出口の方なので、もしかしたら裸や尻尾をトイレの外の他人に見られてしまったかもしれません。私は恥ずかしい、と顔が赤くなるほど照れてしまいました。猫の状態の時は裸でも別段気にする事はないのですが、人間に変化している時とは訳が違ってきます。普段は猫でも人間の意識まで似せて変化するので、羞恥心まで有してしまうのです。

 

それにしてもどうしてこんな姿になってしまったのでしょう。やはり長い間、人間化していなかったから妖術が下手になってしまったのでしょうか。

 

とにかく今はちゃんと人間化し直して、服も妖力で生成しなければいけません。私は顔を真っ赤にして、膝を抱え込んだまま、ちょこちょことトイレの個室に帰って行きました。公園の公衆トイレは再び光るのでした。



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