第8話 それでも友
ピンポーン。
引き戸式に扉の前に立ち、傍に設置された押し込んでください。と言わんばかりに出っ張ったインターホンを押しこむ。
「誰ですか……」
扉の向こうから男の声が聞こえる。
「俺だよ。俺」
「オレオレ詐欺なら間に合ってるぞ。拾人」
ガララと勢いよく引き戸が開かれ、俺の親友であり、ゴミ拾いで二枚のピースをくれたばあちゃんの本当の孫でもある男、『木場 辰巳』が出てきた。
「ってか、なんでこんな朝っぱらから家に押し寄せてくんだよ」
寝起きなのか、黒と緑の縞模様の寝巻き姿で、髪の毛が目元まで垂れ下がっている辰巳。
「なに言ってんだよ、もう八時ぐらいにはなってるはずだぞ?」
「それが朝っぱらだよ!」
俺と辰巳の起床時間の差では、どうやらこの問題は永久に解決しないだろう。辰巳もそれに気づいたらしく、ため息交じりに話題を変えてきた。
「もういい、ところでなんの用だ」
「ああ、ちょいとゴミ拾いでもしようと思ってるんだが、辰巳もどうだ?」
「……おい、今なんて言った」
ボサッとした髪の奥から目をギラリと光らせる辰巳。
「だから、ゴミ拾いだよゴミ拾い。地域への貢献だと思えば苦なんてないはずだぞ?」
クックック、と辰巳は口元に歪んだシワを作りながら肩を震わせている。
「なあ拾人、俺たちは高三だったよな?」
「おう! 青春を謳歌し損ね、今は将来のことを考えなければならなくなった高校三年生だ」
「そんな勉強と言う名のホルマリンに浸された人間を前に、ゴミ拾いをしろ。とお前は言ってるんだな?」
「俺はAO入試とか言うのに受かったからな」
満面の笑みでこれから卒業するまで暇人宣言をかますが、辰巳の表情はみるみる怒の感情を表すものに変わっていき――。
「俺は暇人じゃねーんだよ!」
と怒鳴られ、耳に響くような音を立てながら戸を閉めた。
「今日は銀掘公園を掃除すっからさ、ヒマがあったら来てくれよ!」
それだけ言い残し、俺は木場家を後にした。
ささっと朝飯を平らげ、太陽も良い感じに熱を放ち始めた午前、俺は再度銀掘公園の地面と向き合っていた。
目標は一日二枚!
初日にしてすでに五枚のピースを獲得してるわけで、目標に沿って集めるのであれば今日と明日はもうゴミを拾わなくともいいのだが……それじゃあ面白くない。
と言うのは建前であり、本当はただ暇なだけだ。
なにかをすれば暇を潰せる。だが俺はそのなにかを探すのがとても下手で、やっとこさ見出したのが『ゴミ拾い』であった。それだけだ。
「うし! やるか」
目の前のゴミたちに気遅れしないよう、自己暗示のように気合いを入れ、目の前の風景を直視する。西側の広場からやるか、東側の遊具からやるか……。
西側はフェンスに近づくほど草が生い茂っており、ゴミ拾いたちにとって、雑草が多いことはゴミが潜んでいる確率が高すぎることを意味していたりする。
しかし、遊具も遊具で、隙間だったりその下だったりにゴミが隠されているのももはや常識。脳みそを捻り上げ、とりあえず早朝に手を付けていない東側、遊具側をすることにした。
ブランコや滑り台などの近くはさすがに綺麗だが、バネ付きのグネグネする乗り物の、螺旋状になったバネの中に目をやると、見事にプルタブが入り込んでいる。
ジャングルジムも一見してキレイに見えるが、奥へ奥へと進んでいけば、そこがゴミたちの巣窟であると嫌でも知ることになる。
細い身体はジャングルジムの内部へ侵入するのに適してはいるが、片方の腕にトング、更にもう片方の腕にごみ袋を手にしているため、どうしてもうまくいかず、引っかかる。
なんとかタバコの吸い殻を袋の中に押しこむが、それは四角形に囲まれたエリアのほんの一部でしかない。
他のエリアを見るたび、止め処ないため息が漏れ出る。
太陽が真上を陣取り始めたころ。
公園のすぐそばにある自販機から炭酸飲料を買い、公園西側に設置されているベンチで休息を取った。
「もう昼頃か……」と、照り付ける日光に半ばダウン気味に呟き、午前の成果に目をやった。
西側のベンチから見る東側はぴしゃりと境界線でも張っているかのようにゴミがあるかないかで別れている。
東側の地面は早朝に愛奈と父さんがあらかたキレイにしてくれたが、中央から突起している土俵――それの上に敷かれたブルーシートをひっくり返すなんてことをしたのは、俺ぐらいだろう。
土の下まで掘り返す勢いで清掃した東側から、残念ながらピースは一つたりともなかったが、ここからが本番だ。
早朝、光髪の――イチゴちゃんのことばかり考えていたため、まともに西側のゴミ拾いができなかったが、今は違う。それに時間も腐るほどある。
手にした炭酸飲料を一気飲みし、そのままごみ袋の中へ放る。
「よし! やるぞ」
ここに来た時と酷似した気合い入れをし、立ち上がり様に降り注ぐ太陽をその身に感じた。
首が痛くなるほど空を見上げ、目も開けられないほど眩しい太陽を見ようとした。
光か不幸、それを遮るように横から割り込んできた積乱雲のおかげで網膜に光の後を残さすことなくまぶたを開けられたが、その先に飛び込んできたのは高く聳え立つ銀掘病院だった。
首の角度を間違え、目にした先から得た情報は、光髪のあの子。
歪む視界の中、俺は必死にあの子の病室を探したが、その前に天と地が逆転したような感覚に陥った。
「おい」
不意に聞こえてくる声。
夢の世界にでも飛んで行こうとしていた俺の意識はハッキリと戻り、慌てて振り帰る。
「暇そうだな?」
ずいぶんと抵抗のこもった言葉に、俺はニンマリとする頬を止められなかった。
「お前こそ」