第7話 ハートレスな病
「どう? 可愛いかったでしょ、いちごちゃん」
病室を抜けると、待ち構えていたかのように栄子さんが声を掛けてきた。
「はい、それよりも――」
「やっぱりロリコンか……」
「違います」
少し前の出来事を繰り返し、病室からすぐそばにあるちょっとした休憩スペースに足を向ける。
背もたれ付きの椅子がそれぞれ四つに、その中心に円形の机があり、その一つには栄子さんが座っている。
「集めてくれるのね?」
手近な椅子に腰を降ろすと、栄子さんの目付きが変わった。
「当たり前じゃないですか。一度約束したことを簡単に破るほど、俺は腐ってませんよ」
ヒョロヒョロの二の腕をまくり上げ、ここぞとばかりアピールするが、栄子さんの眼中に入っているようには見えない。
「あの子がどんな病気を抱えていようとも、集めてくれるの? 拾人君にはその覚悟がある?」
迫るように言い放ってくる栄子さんの気迫に、少しだけ押されそうになる。
「いや……そもそもどんな病気なのかも俺には……」
「ハートレス病」
「はーとれす?」
えらくファンタジックな病名に、つい拍子ぬけした返事をしてしまう。
「大したことない病気だと思った?」
「そりゃ、ハートレスだなんて言われてもファンタジーな想像しかできませんよ」
「それなら……『心臓欠落病』の方がシックリくる?」
心臓欠落……気の抜けるような病名が突然変異したのか、えらく重苦しい雰囲気をかもし出す病名に、背筋が冷たくなった。
「なんですか……それ?」
青ざめたであろう顔を隠そうともせずに聞くが、栄子さんは勿体ぶるように髪をかき上げるだけだった。
「教えてください!」
ロリコンであるとおちょくられた時とは比べ物にならないほどの怒声を浴びせると、驚いた様子一つ見せずに、栄子さんは口を開いた。
「心臓に、ある寄生虫が入り込む病気のことよ。その寄生虫に入りこまれた最後、心臓を食い尽くされるまで奴らは止まらない」
「そんな……」
それほど恐ろしい寄生虫があの子の身体に浸食していく光景が脳裏を過り、酷い吐き気が襲ってきた。
「何年も前から存在を確認されていながら、有効な治療法が何一つとして見つかっていなかった難病。その病気にかかってからあの子は、ずっと寄生虫の活動を抑制する薬を投与し続けた。長時間立つことすら困難になっても、女の子の命である髪の毛が真っ白になっても……あの子は待った」
舐めるような瞳でこちらを見つめ、栄子さんは呟く。
「そして、叶った」
「有効な治療法がですか!?」
背もたれの付いた椅子を蹴り飛ばすように立ち上がると、栄子さんは眉間に指を当て、狂うような笑いを堪えた。
「栄子さん?」
「ゴメンゴメン。そうね、結果としてその寄生虫をどうにかするには手術しかないってことになったし、いちごちゃんを手術する日程も最近決まったわ」
「何日ですか!?」
他人事とは思えないほどはしゃぎ、問いかけてしまう。
「二十日よ。七月の二十日」
その日は言わずも知れた夏休みの初日であることに、俺はすぐに気付いた。
「何時から!」
つい礼儀の欠けた問いかけをしてしまったが、栄子さんはそんなこと気にすることなく口を開いた。
「夕方ぐらいになるって聞いたわ。なんでも手術してくれるお医者さんがとっても有名で、夕方以外は時間が取れないらしいのよ」
自分から聞いておきながら、なんだかそんなちっぽけなことをジッとしながら聞くよりも、今は町中を練り歩き、ピースを集めることに専念したくなってきた。
「よし……それじゃあ、俺の目標は後(大体)二週間の間に残りのピースを集めることだな」
高らかに宣言と共にその場を離れようとしたが、一つ重大なことに気付いてしまった。
「や、やべ……」
「なになに? どうしたの?」
どう見ても心配そうな表情をしていない栄子さんがわざとらしく聞いてくる。
正直、小馬鹿にされるのは目に見えていたが、これもイチゴちゃんの為と思い、思いきって尋ねてみた。
「ピースって……全部で何枚ぐらいかわかります?」
「三十ピース。縦五に横六のね」
意外にも真面目な受け答えをしてくれる栄子さん。
「そんだけ……?」
「そんだけ」
つい喉の中からも漏れ出た感想にも、栄子さんは気さくに繰り返してくれた。
「一日二枚! これが俺の目標だ」
「ふふ、『二週間の間にピースを集めきる』から、『一日二枚、ピースを集める』に目標が変わったみたいね」
ズドンと心臓を貫かれる衝撃を喰らいながら、俺は振り絞るように声を発した。
「い……『一日二枚のペースで、二週間以内にピースを集めきる』が俺の目標です」
目を丸くした後に爆笑してくる栄子さん。
「アハハ――」
「そ……それじゃ!」
そんな空気に耐えきれなくなった俺は、逃げだすようにその場を後にした。
「――……お願いね、君だからお願いしたのよ……」