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第4話 口癖 『まあ、アレ』

 はち切れんばかりのゴミ袋(大)を抱えた俺は、父さん、愛奈と共に銀掘公民館に戻っていた。

 小さな疑問を抱えたせいで頭部のコブを二段アイスクリームにされた俺は優しく頭部を撫でつつ、ポケットの中身を確認する。

 ピース数は三つ。

 あのゲンコツから、体感ではあるが一時間ほどゴミを拾い続けたことによって、ピースの数は着実に増えている。最初は見かけたら拾うぐらいの感覚だったが、最初の一枚を手に入れてからは、ピースを集めることが使命かなにかと錯覚するほどに俺はピース集めに没頭していた。

 まあ、そのせいで頭のコブが二段アイスクリームになってしまったんだが……。


「よう拾人……兄」


「お! えらいじゃないか翔」


 ピースの確認をしていると、俺たちよりも少し遅くに帰ってきた徳さん親子が声を掛けてきた。


「お帰りさん。どうだった徳ちゃん?」


 えらく泥だらけな格好をした徳さん親子に、父さんはピースについてではなく、単純にゴミの収穫量をうかがった。


「もう大量っすよ。ちょっと張り切り過ぎて泥だらけになっちゃいましたけど。それでも広見さんとこには敵いませんよ」


「いやいや、俺んとこなんて息子がサボってばっかで、半分も拾えなかったからな」


 互いに謙遜し、これこそ日本人と言えるような光景を見せつけてくる中年オヤジたち。そんな中、なぜか翔は口を尖らせながら徳さんから遠ざかって行く。


「ご機嫌斜めだな、翔」


「だってよ、父ちゃんの奴、俺にばっか取りにくいゴミを取らせようとするんだぞ。それなのに自分がとったみたいに皆に自慢して……」


 えらく子供らしい不満を口にする翔。

 あ……そういやガキだったな。


「なんだ、そんなことで剥れてたのか」


「そんなことってなんだよ!」


「そんなことだからそんなことって言ったんだよ。お前は本当に徳さんが自分を自画自賛してると思ってるのか?」


「思ってる」


「ガキンチョだな……」


「なんだと!」


「ハハ、悪い悪い」


 とりあえず謝っといたが、なんて言えばこの子供を納得させられるか……。


「まあ、アレだよ……」


「アレ?」


 いけね、ついに口癖が出ちまった。なんとかここから良い感じにまとめられる言葉はないもんか……。

 人差し指で何度も額を小突き、結局しょうもないセリフだけが浮き上がってしまった。


「……誰が拾ったとか、どれだけ拾ったとかじゃなくて、ゴミ拾いに参加するってこと事態に意味があるんじゃないのか? 銀掘町の方々の為にやってると思えば、そんな悩みもなくなるはずだ」


「キモくさ~……」


 あ……あんのド畜生……羞恥心をさらけ出して言ってやったのに……。

 怒りのあまり、つい握りしめた拳を空高くに掲げてしまう。

 だが、そんな込み上げる墳怒も、一呼吸すれば細波さざなみの様に引いていく。

 もう一呼吸する頃には、早起きのせいで込み上げてくるあくびに、両腕を空に伸ばして屈伸していた。

 悲しいことに、俺にとって怒りを抑えることは習慣になっているようだ。

「ん?」

 気がつくと目の前にいたはずの翔がいない。

 どうやら身の危険を感じてどこか安全な場所に身を潜めたようだ。


「あ……」


 ピースの拾ったかどうか、翔に聞いてない……。

 いちいち翔を探さないといけないと思い、脱力のため息を漏らしてしまう。

 それでも栄子さんのお願いを無視するわけにもいかない。

 面倒だが、翔を探すか。




 公民館の入口横に小さなテラスがある。

 テラスと言っても、俺には理解できない奇妙な凹凸を描いた丸テーブルに丸イスが数個置いてあるだけだ。

 そんなテラスには、おっさんを始めとする爺さんや婆さんがゴミ拾い後の雑談タイムに花を咲かせている。

 そして雑談に欠かせないであろうお茶入りの紙コップは、凹凸のある丸テーブルの上に置かれており、奇跡的に体制を整えている。

 少しでも手を加えればコテンと倒れそうだ。

 口にされていない紙コップを一つ掴み、グイッと飲み込んでから、最高の感情表現である「プハァ!」を繰り広げる。

 ゴミ拾い後の緑茶はうまい!

 一時の感動に浸ってから、すぐにこんなことしてる場合じゃねえ! と悟ってしまった。

 テラスになら翔がいるはず。と思い来たのだが、ここにいるのはおっさんに年寄り、ついでに愛奈ぐらいだ。

 ゴミ拾い後の雑談はいつもいつも長くまで続く。以前ならチビチビと緑茶をすすりながら時間が経つのを待っていたが、今日は違う。

 翔を探す。と言う実にショボイ問題を抱えている俺はくるりと方向転換を行い、公民館の裏手でも探すことにした。


「ヒロちゃんや、ちょいとお待ちね」


 裏手に回るのを狙ったかのように後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこには俺の親友の祖母『木場きば 文子ふみこ』さんが穏やかな笑顔で手招きしている。


「あ、はい」


 呼ばれるがままに、ばあちゃんの傍まで駆け寄る。

 幼少のころからアイツと一緒に文子さんの家に遊びに行っていたため、いつの間にか俺は本当の祖母ではない文子さんのことを『ばあちゃん』と呼ぶようになっていた。


「どうしたの、ばあちゃん?」


「ん~……なんだったかね?」


「おーい! ボケるにはまだ早いぞー」


 両掌を口元でメガホンのようにラッパ状に曲げ、ばあちゃんの耳元で声をできるだけ強く発する。

 ばあちゃんの耳はまだまだ現役であるが、どうしてもお年寄りにはこの喋り方をしてしまう。

 いずれ必要になるのだから、別に気にしなくてもいいのだが、元気なお年寄りにこれをするのは少し失礼ではないかと、それをした後に若干心配になる。


「安心しなさい、ボケるのはヒロちゃんたちが一人前になってからって決めてるからね」


 さすがばあちゃん。アイツもちゃんと含んでるとこが一味違うな。


「それはそうと、これをヒロちゃんにプレゼントしようと思ってね、呼んだんだよ」


 そう言うとばあちゃんはポケットの中から巾着袋を取りだし、シワだらけの手で丁寧に紐を解き始めた。


「なになに?」


 興味ありげに巾着袋に顔を近付ける。

 中身の予想は安易だが、ここでその答えを口にするほど俺は愚かでない。

 ただ静かに、行儀よくばあちゃんが巾着袋の紐を解き終わるのを、なにかな。なにかな。と急かすように待つ。


「はいよ」


 巾着袋から取り出されたのは、予想通り、例のピースだった。それも二枚。

 良い意味で予想を超えている数を受け取り、つい小躍りを繰り広げそうになる自分をなんとか抑え、ばあちゃんに深々と頭を下げる。


「一つはあたしが拾ってね、もう一つはゴミの分別をしてたら出てきたんだ。何に使うかはわからないけど、頑張って集めるんだよ」


 元気の良い返事で返すことが一番の方法だが、高校生にもなって元気満点の返事と言うものに若干の羞恥心を感じてくる年頃であったため、代わりに満面の笑みで返事を返した。


「そいじゃあ、ばあちゃんはもう帰ろうかの。孫がお家で腹を空かしているかもしれん」


 杖も使わずに腰を真横に曲げながら歩くばあちゃんの姿に、毎回のように冷や冷やさせられるが、腰に両手を当てているばあちゃんの歩き方は驚くほどにブレがなく、軽やかだった。

 と、よく周りを見回してみると、ばあちゃんだけではなく、他の人たちも順に帰り支度を行っていた。


「帰るぞ、拾人」


 不意に、ワシャワシャと俺の髪を掻き乱すような誰かの手を感じた。

 その手を押しのけるようになんとか振り向くと、父さんと愛奈が小腹を空かした様子で待っていた。


「もう帰るのか?」


「もう? やっと帰るのか。の間違えでしょ」


 愛奈がなぜこれほど苦痛に満ちた表情で訴えかけてきたのか、それを確かめようとポケットに腕を突っ込む。


「ん?」


 だが、お目当て物はそこになく、代わりにあったのは五枚のピース。


「もう八時よ」


 俺の心を読み取ったのか、愛奈はタッチで操作できる最新式携帯を取りだし、時間を教えてくれた。


「そーかそーか、拾人はもっとゴミを拾いたいんだな。そういうことならそうと――」


「違います」


 父さんのボケにも機械的にツッコミを入れつつ、うっかり取り出したピースを見つめる。


「俺は……一回病院に寄ってから帰るよ」


 俺と栄子さんのやりとりを知らない二人は、若干驚いたような顔を見せたが、すぐに頷いた。


「もうそんなシーズンか……」


「違うって」


 父さんの悟りを開いたかのようなボケ――いや、恐らく本当の勘違いにもうひとつツッコミを入れてから、病院を目指した。

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